福島県沖地震 相馬で文化財級の民家が全壊「貴重な遺産、生かしたい」

寺島英弥(ローカルジャーナリスト)】先月16日に起きた福島県沖地震。最大震度6強を記録し、多くの家屋が被災した相馬市で、築89年になる文化財級の木造民家が全壊した。数寄屋造りとモダンな洋風が溶け合う昭和初期の風格ある様式で、城下町の風格を伝えたが、旧相馬中村藩当主を迎えたという瓦ぶきの大玄関が倒壊し、1階部分が大きく傾いた。11年前の東日本大震災にも耐えた家で、持主は解体するほかない運命を残念がるが、「使われた部材や建築技法は貴重。解体前に詳しく調べ、相馬の文化を伝える、新しい代の家づくりに受け継ぎたい」と話す。

和洋折衷様式の「昭和モダン」

3月16日の地震で分厚い門柱も崩れ落ちた=2022年4月9日

この家は同市中村字北町の鈴木家。相馬野馬追で知られる旧中村藩城下の武家屋敷が並んだ一角で、元の持ち主の馬場家から、縁戚となった同じ藩士出身の故鈴木千葉夫雄が庭を併せ400坪(約1300平方メートル)の屋敷を継ぎ、1933(昭和8)年、今に残る家を新築した。孫で家主の日本画家、鈴木龍郎さん(70)=東京在住=の母親らが暮らしてきた。

龍郎さんによると、家は約60坪(約200平方メートル)の木造2階建で12部屋ある。銀瓦が載った瀟洒な数寄屋造りで、最高級の四方柾(しほうまさ・四面とも柾目)の柱が和室にふんだんに使われ、天井にケヤキの一枚板が並び、床の間には紫檀、黒檀も。子ども部屋だった一室は明るいベージュの壁、茶色のイタリア瓦の洋風建築。「昭和初めに東京などで流行したモダンな和洋折衷の様式。木材は秋田から運んだそうで、費用は想像がつかない」

文化財として保存を訴えた矢先 

取材に訪れてショックを覚えたのは、家の正面に崩れ落ちた大玄関の光景。大きな武家屋敷などで客人を迎える際に使われる、屋敷から張り出した屋根付きの玄関のこと。鈴木家の大玄関は、間口が二軒(3・6メートル)ほどあり、瓦屋根を4本の柱と杉材の塀で支えていた。それが、揺れに耐えかねて前のめりに倒壊し、銀色の瓦が無残に散乱している。

大玄関が崩れ落ちるなど全壊した鈴木さん宅と龍郎さん=2022年4月9日

「大玄関があったのは、昔の主家だった相馬家の当主を迎えたから。祖父は当主と親しく、東京から来てカモ猟や海釣りをする折などに同行する仲で、この家で休んでもらった。その名残です」と龍郎さん。

広間などの四方柾の柱はどれも同じ方向に傾き、障子戸はねじれて折れ、縁側の木枠のガラス戸の多くが外に吹っ飛んで壊れた。2階部分が落ちてもおかしくないような状態だ。

「この家は東日本大震災の揺れにも耐えて、それから10年は健在だった。だが、昨年2月11日にあった福島県沖地震の際、多くの柱に縦に亀裂が入った。貴重な家屋を末永く保存していくには本格的な修復と耐震の工事が必要で、そのための文化財への登録と支援を、市や芸術関係の仲間、母校の相馬高校のOBらに働きかけていた矢先だった。それが残念」

傾いた家屋。昭和初期のガラス、丸い木の垂木など貴重な文化を伝える=2022年4月9日

これからに生かす知恵を集める

被災した家の南には武家屋敷そのままの庭が広がり、松やシダレザクラ、ツバキをはじめ多彩で樹齢を重ねた木々が濃い緑陰をつくる。江戸時代から生き続ける樹木もあるという。今は水の抜けた「心の字」の池の縁に腰を掛け、龍郎さんはこれからに思いを巡らせた。

「家は解体せざるを得ないが、その前に、さまざまな専門知識がある仲間に協力をもらい、これから調査をしたい。母校の東京芸術大出身の友人らも見に来てくれている。今となっては希少な部材や建築技法が使われており、相馬の文化の遺産としてデータを残し、利用できる部材は新たな形を生かしていきたい」

「相馬の文化を伝承し、人が集う新しい家を」と、庭の池の縁で語る龍郎さん=2022年4月9日

龍郎さんが例を挙げたのは、表面にゆがみのある板ガラス。今は国内で作られていないという。鈴木家には大きなサイズのガラスが使われており、「保存したい」という。また技法として珍しいのは屋根を支える垂木(たるき)で、通常の角材でなく丸木が軒下に並ぶ。

「それらを活用しながら文化を継承し、地震にも強い新しい家づくりを考えたゐ。池を復元し、茶室を設け、市民や観光客、外国の人も立ち寄って、それぞれに夢を見て憩える家になれば。私自身のアトリエも造り、大きな作品を描く活動の足場をもっと相馬に置きたい」 

龍郎さんは東日本大震災が起きた2011年から、同窓の仲間らに呼び掛けて「相馬高校OBとその仲間芸術家達の東日本大震災支援展」を東京でほぼ毎年催しており、相馬市などに寄付を続けてきた。「私と古里を結び直してくれた契機が大震災だった。新たな地震で私の生家が被災したことも、地元の文化を考える人が集い、輪が広がるきっかけになればいい」

【鈴木龍郎さんが近況を発信しています。https://www.facebook.com/profile.php?id=100014692308540

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