映画評論家・字幕翻訳家の齋藤敦子さんによる、2019年の第32回東京国際映画祭レポート。齋藤さんが「アジアの未来部門」石坂健治ディレクターに、今年のアジア映画の印象についてインタビューしました。
国のバランスより作品重視「アジアの未来」部門
――まずは、今年のプサン国際映画祭ですが、いかがでしたか?
石坂:いろいろ揺れているだろうけど、ぶれてはいないです。アジアの新人部門のニュー・カレンツは、今までは12本くらいでしたが、14本に増えていました。グランプリを2本出すんですが、今年はベトナムとイラクでした。
――イラク映画とは珍しいですね。
石坂:これは、うちでも取りたかった作品で、クリント・イーストウッドの『アメリカン・スナイパー』の逆で、要するに“イラク・スナイパー”。ベトナムの方は、ストリートチルドレンというか、穴の中で暮らしている貧しい少年の話で、これまでなかなかこういう映画がベトナムから出てこなかった。ニュー・カレンツの受賞作2本は見事でしたね。
――今年の東京国際映画祭<アジアの未来>のラインアップですが、全部で8本ですね。
石坂:8本です。去年から少し減っています。
――去年10本から8本に減って、今年は去年と同じ8本。
石坂:もう少し欲しいところですが、今年は国のバランスよりも、作品重視ということをはっきりと打ち出しました。結果として、韓国2本、香港2本、イラン2本と、歴史と伝統のある国のものが8分の6、あとはフィリピン1本、中国1本です。
――中国の若手はどうですか?
石坂:やっぱりいいし、いい人が多いです。
――石坂さんがいいって言う映画は、がっかりすることが多いですね、私は(笑)。
石坂:去年はウィグルの『はじめての別れ』が受賞しましたよ。
――ウィグルはよかったです。最近見た中で一番いい映画だなと思いました。監督は中国人の女性ですが、映画を見ると、とても問題提起しているんですが、後で監督の話を聞いてみたら、“あれ?”っていうか。彼女がウィグル問題をどこまで自覚して撮っているかは疑問に思いましたけど。
――今年はどうでしょう?
石坂:今年はある意味、バラエティに富んでいます。香港のウォン・シンファン監督の『ファストフード店の住人たち』は新人なのにアーロン・クォックという大スターを使っている。
――『ある妊婦の秘密の日記』というのは長いタイトルですね。
石坂:直訳です。これは『レイジー・ヘイジ―・クレイジー』のジョディ・ロック監督の2本目です。パン・ホーチョンの脚本家だった女性で、前作は女子高生3人組でしたが、今度はちょっと年齢層があがって、バリバリ働いている女性が予期せぬ妊娠でびっくりみたいな話で、これもものすごく女性映画です。軽快でコミカルな部分もあり、前作のテイストを踏まえたうえで、年齢層をあげたという感じです。
初期侯孝賢を彷彿 シン監督の『夏の夜の騎士』
――ヨウ・シン監督の『夏の夜の騎士』は中国本土ということですか?
石坂:そうです。これは子供が主人公で、夏休みで、という初期侯孝賢を彷彿とさせる映画です。中国は今、検閲に時間がかかるようになっていますね。香港映画も大陸で公開するとなると同じ検閲の列に並ばなければならないので、時間がかかる。
――検閲とは、出来た映画に対して?それとも脚本や企画の段階から?
石坂:脚本からもありますが、ドラゴンマークがついたらOKだったのが、どうもその後、もう1回あるらしく、今年のベルリンで張芸謀の『ワン・セカンド』がドタキャンになったし、上海映画祭のオープニングだった『八百』もドタキャンになりました。両方ともドラゴンマークがついているのにキャンセルという新たな事態なんですが、その内実を誰もわからないので、みんな、すごく困っています。“技術面の不備がある”という説明なんですが、よくわからない。作っている側は製作途中で映画祭に応募したりするじゃないですか。だから、東京だけじゃなく、世界中大変だと思います。国民党の旗がいっぱい翻っているのがダメな理由なんじゃないかとか、噂はいろいろ聞こえてくるけれど、誰も本当の理由がわからないんです。
――ガイドラインみたいなものは発表されてない?
石坂:そうです。だから映画祭に出す側も、いつOKが出るかわからないと言っています。今回もギリギリでした。
――検閲を通過した映画にドラゴンマークの先付けをつけるじゃないですか、その後に何か言ってくるわけですか?
石坂:言ってくるかもしれない、という風に疑心暗鬼になっていますね。
――ドラゴンマークがついたから映画祭に出せます、じゃなくて、さらに言ってくる?
石坂:張芸謀でさえキャンセルさせられたというのが大きいんじゃないかと思いますね。
――もうこれでOKです、これ以上は言いませんというのは、いつわかるんですか?
石坂:“技術的にOKです”という連絡は来るみたいです。技術的というのがなんなのかはよくわからない。そもそも製作本数も格段に増えているから、検閲が慢性的に渋滞なんです。渋滞のうえに関所がもう1つ増えている。
――映画製作の方はどんどんやっている?
石坂:そうです。中国は年間の製作本数が1000本くらいになっています。ちょっと前までは500とか600くらいでしたから。
イラン映画の当たり年
――今年はイランが2本ありますね。
石坂:イランは、このところ、ファルハディ・スタイルというか、家庭のいざこざをまくしたてて、言葉のいさかいというか、言葉のやりとりで見せる、特に室内劇みたいなものが非常に多くて、ファルハディは凄いが、その亜流はうんざりという感じでしたが、今年は<アジアの未来>で選んだ2本に加え、コンペに1本入っているんで、イラン映画の当たり年と我々は呼んでいます。ちょっと新しい感覚の映画を選んでいます。
去年の『冷たい汗』はフットサルの選手が、国外の試合に行くのに夫の同意がないと出られないという女性問題を扱った作品がありましたが、このモフセン・タナハンデ監督の『50人の宣誓』も、50人が宣誓すれば裁判所の判決をひっくり返せるというイラン独特の法律があって、それに挑もうとする被害者の姉の話です。集める50人も男系の親戚じゃなくてはダメという規定があって、すごく苦労する。前半はバスの中の、いわゆる室内劇、密室劇で、言葉の世界なんで今どきのイラン映画っぽいんですが、後半いろいろ展開していく。
レザ・ジャマリ監督の『死に神が来ない村』は、過去に大勢人を処刑した男が村に帰ってきて以来、誰も死ななくなって、村は年寄りばかりになるというおとぎ話です。
――日本みたいですね。日本は今、年金を減らしたり、老人になっても働かせたり、年寄りに意地悪くして殺そうとしていますけど。
石坂:この映画は、みんなで自殺するしかない、みたいになっていく。
――姥捨山みたいですね。『楢山節考』の男版で。
石坂:これも、イランは子供映画という通説をひっくり返している。
――イランは外国の映画祭で子供が受けてるとなると子供映画ばっかりになり、ファルハディが受けてるとなるとファルハディっぽくなる。
石坂:トレンドがあるみたいですね。ここのところは女性問題みたいなものが入ってきている感じはします。この2本はちょっと新しい感覚の映画です。
――どこで見たんですか?
石坂:これは応募です。ワールドプレミアはだいたい応募です。
――ということは、イランでは<アジアの未来>の評判が確立されているということですか。
石坂:イランとトルコは作った映画をほぼ全部送ってくるという感じです。それはショーレ・ゴルパリアンさんとか、いろんな方の尽力があるわけですけど。
(つづく)