【東京国際映画祭2022】コンペ部門全作品の見どころ解説!市山尚三プログラミング・ディレクターに聞く

10月24日から11月2日まで開催中の、東京国際映画祭。カンヌ国際映画祭をはじめ世界の主要映画祭を取材している映画評論家の齋藤敦子さんが、市川尚三プログラミング・ディレクターに今年の見どころをインタビューしました。

プレミアの規制見直しが奏功

――去年は日比谷・銀座エリアへ移転した1年目であり、市山さんが東京国際映画祭(以下、TIFFと表記)のプログラミング・ディレクターになった1年目でしたが、まずはご感想を。

市山:作品の内容に関しては、結構面白い作品が集まりましたね。いい驚きだったのは、今までTIFFのコンペはワールドプレミアをうたっていましたが、それだとカンヌやヴェネツィアに落ちたものばかりになってしまう。それで、プレミアのハードルを外し、ワールドプレミアでなくても、アジアプレミアでさえなくていい、日本プレミアならいいと規約を変えたんです。

僕が以前作品選定を行っていた90年代には、どこかの映画祭のコンペ部門に出てたらダメみたいな国際映連の規約があった。カンヌ、ヴェネツィアどころか、小さい映画祭でもコンペに出ていたらTIFFのコンペで上映できないという規約があって、A カテゴリーの映画祭はそれに従わなければならなかった。こっちが先にコンペに決めてても、後から他の小さい映画祭のコンペに出てしまって招待を取り消した、という残念なことがしょっちゅうあったんです。

去年、日本プレミアに規約を変えてみたら、意外にもダルジャン・オミルバエフやバフマン・ゴバディなど、名前のある人たちの映画が応募されてきて、しかも、まだどこも決まっていなかった。ワールドプレミアでそれなりの監督の作品が残っているというのは、逆に言うと、ヴェネツィア映画祭のアジア映画のハードルがいかに高くなったかということだと思います。最近のヴェネツィアのコンペはNetflix作品やハリウッドのアカデミー狙いの映画がたくさん占めていて、そこからはじきだされた映画でもかなりレベルの高いものが残っている。結果的にTIFFのコンペ作品の半分以上の映画がワールドプレミアになりました。狙ったわけではありませんが、かなり質の高い作品が選定できたというのが去年でした。

それと、去年は特別招待作品部門をガラ・セレクションという名称に変えました。配給会社からオファーされた映画をそのまま上映するのではなく、こちらでセレクトすると決めたところ、そこに邦画が1本も入っていなかった。で、僕が各社の邦画を断ったんじゃないかという誤解をしている人が大勢いたんですが、実は断ったんじゃなくて、なかったんです。今年はガラ・セレクションに日本映画が4本入っている。三浦大輔監督の『そして僕は途方に暮れる』と、廣木隆一監督の『母性』、『月の満ち欠け』、『あちらにいる鬼』の3本です。

東京国際映画祭公式サイト

――たしかに日本映画が増えましたね。

市山:去年よりも日本映画のレベルが上がりました。理由は分かりません。コロナが落ち着いてきて、止まっていた映画の製作がスタートしたというのはあるかもしれない。『そして僕は途方に暮れる』はコロナ前から撮り始め、中断しながら撮っていたという話を聞きました。あるいは、作品は出来ていたけど、公開を見合わせていたとか、事情はそれぞれ違うと思うんです。Nippon Cinema Nowに入っている中に、コンペでもいいと思った映画も実は何本かあるんです。今年のセレクションに日本映画が増えたのは、意図的にやったわけではなく、普通に選んでいった結果です。

――日本映画の好調は一時的なものでしょうか。これからも続きそう?

市山:わからないですね。今年はコロナで作品が溜まっていたので、来年になるとまた減るという可能性もあると思う。ただ、若手監督の意欲的な作品というか、いわゆる商業映画とは一線を画したものがたくさん作られているとは思いますね。

韓国、次の世代はどこに?

――中国映画と韓国映画がないですね。

市山:韓国映画は、これは石坂さんも言ったかもしれませんが、本当になかった。理由は分かりません。実は韓国映画で優秀な作品というと、今年、海外の映画祭を回っているのはホン・サンスとパク・チャヌクくらいなんです。あとは是枝裕和さんの『ベイビー・ブローカー』で、はたからみると韓国映画はすごく好調なんだけど、名前が固まった監督の作品だけが回っている。

――その下がない?

市山:要するにTIFFのコンペやアジアの未来でやるような、これからの人の映画がいまひとつのものばかり。

――今の韓国映画業界の好調さとうらはらな感じがしますが。

市山:日本映画がある時期こんな感じだったんです。黒沢清さん、河瀬直美さん、是枝裕和さん、それに北野武さんを含めて4Kと言われて、この4Kの映画が映画祭をぐるぐる回っているだけで、彼らより下の世代がいなかった。それを濱口竜介さんと深田晃司さんが突破し、それに今回Nippon Cinema Nowで『ケイコ 目を澄まして』を上映する三宅唱さんが、さらに国際的に活躍し始めているという状況がようやく出来た。韓国はちょっと前の日本映画に似ていて、今、同世代の60歳前後くらいの海外で知られている監督はたくさんいるけど、その下の世代が全然いない。今年はたまたまかもしれないけど、作品がまったくなかった。

検閲厳しい中国

中国は、今年は僕が見ている限り、今までで検閲が一番厳しい年です。中国の人達から情報を聞くんですが、かなりいろんな作品が止まっています。それは作品が完成したので申請しますと言っても委員会が開かれないという異常な事態なんです。委員会が開かれて検閲で落ちましたということじゃなく、委員会自体を開いてくれない。

――前にチャン・イーモウの映画に対して検閲が厳しくなったという話がありましたが、それよりも

市山:『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』ですね。あの辺が今の事態の始まりで、それからどんどん厳しくなってきて、今年が最も厳しい。中国の若手監督に聞くと、脚本審査も止まっているので映画が撮れないらしいです。おそらく10月の党大会で習近平の再選が決まるまで何もしたくないんじゃないかと。

――そこで組織の改編があるとか?

市山:これは完全に僕の想像ですが、もし変なモノを通したら、その人が飛ばされる可能性がある。今年の秋に5年ぶりの共産党大会という大きなイベントが控えているんで、その前に余計なことをしないという、単なる事なかれ主義でしょう。

消えた『リターン・トゥ・ダスト』

――忖度ですかね。

市山:『リターン・トゥ・ダスト』という今年のベルリンのコンペに出た中国映画があったんです。『裸の島』みたいな感じの、田舎の農民夫婦が、毎日辛い野良仕事をするという地味な映画で、それが夏に中国で公開されて、地味なアート映画にも関わらず、意外にもヒットした。中国の人達も、中国でもこういう映画が当たるんだと希望の星みたいになっていたところ、突然、先週ネット配信が削除された。ネット配信が削除されただけでなく、映画のことを書いた記事も全部削除されたようです。

――何が逆鱗に触れたんでしょう。

市山:それが分からない。ベルリンのコンペに出ているということは検閲を通っている。しかも夏に公開されているわけだから。映画には描かれてないんだけど、都会では裕福な暮らしをしている一方で、まだこんな貧しい人達がいる。

――それが社会批判になる?

市山:声高に訴えてはいませんが、見る人が見ればわかるというか。あるいは、こんな人達がいるのを見せたくないのか。これは理由がまったく分からないんです。ある日、突然消えた。

――推測するしかないですね。

市山:ジャ・ジャンク―の『罪の手ざわり』が似たような状況でした。映画局の検閲を通過し、カンヌ映画祭で上映されて中国のインターネット媒体にも多く記事が出ていたのですが、10月に突然全部消えました。『罪の手ざわり』の場合は公開前に情報が消えてしまい、結局劇場公開されなかったんですが、『リターン・トゥ・ダスト』は公開が終わって配信になってから消えた。ひょっとすると、ヒットしたことによって注目されてそうなったのかもしれない。それが先週あったショッキングなニュースで、今の中国はちょっと異常な状態になっています。

――中国はどこに行くんでしょう。

市山:今年はもうしょうがないと、みんな諦めてて、来年になったら元に戻るのか、元に戻らずにこの状態が続くのか、何も分からないんです。

注目のイラン映画『第三次世界大戦』

――気の毒としか言いようがないですね。そういえばイランではジャファル・パナヒが逮捕されましたね。

市山:モハマド・ラスロフが政府批判をSNSでやって、ラスロフともう一人の監督が捕まった。それで、パナヒが検察庁に行って抗議し、逮捕されたらしいんです。

ただイランは、パナヒ以外は普通に作っています。むしろ活発に作っています。コンペの『第三次世界大戦』は久々に面白いイラン映画です。なぜかイランでホロコーストの映画を撮っていて、宿無しの労働者が、これで宿もある飯も食えると喜んでエキストラのユダヤ人役をやっていたら、ヒトラー役の俳優が倒れて、いきなり代役でヒトラー役に昇進する(笑)。

――こういう映画を市山さんが選ぶのは珍しいんじゃないですか?

市山:好きですよ、こういう変な映画も。

――お話が出たところで、コンペについて。今年も15本ですね。去年はゲストが全然来られなかったんですが、今年は?

市山:『ザ・ビースト』のロドリゴ・ソロゴイェン監督だけ都合がつかなかったんですが、他の監督は全員来る予定になっています。ベトナムの『輝かしき灰』は俳優が3人も自費で来ます。今、ゲスト担当が大変なことになっているんです。ビザの手続きなどが結構大変なので。

――去年は舞台挨拶などはなかったですよね。

市山:一切なかったです。去年は限られた数人かしか呼べないんで、コンペとアジアの未来の監督は全員呼ばないということにしました。

――逆に今年はゲストがすごく多くなりますね。

市山:多いです。ただ、予算が少ないので、ワールド・フォーカスの監督は呼ばないで、コンペとアジアの未来の監督だけにしました。なのに、俳優やプロデューサーなど自費で来る人たちが多く、加えてワールド・フォーカスやユースの監督たちの中にも自費で来る人がいます。

お祭り感、復活?

――去年、日比谷・銀座エリアでの初めての開催だったわけですが、映画のお祭りをやってる感があまり外に出てないと思ったんです。交通会館とイトシアの前にチケット売り場が出来て、予告編を流しているけれど、映画祭をどこでやっているかが分からない。それに、何度か前を通りましたが、人が並んでチケットを買ってるということがなかった。

市山:なぜかというとチケットがほぼ全部売り切れていたからです。去年は大きな劇場を貸してもらえなくて、よみうりホールだけがでかくて、あとはTOHOシネマズ・シャンテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、角川シネマ有楽町とキャパ200席前後のところばかり。ほとんどのチケットが前売り段階で売り切れたので、チケット売り場は開店休業状態だったんです。今年は丸の内TOEI 1、松竹の丸の内ピカデリー2、TOHOシネマズのスクリーン12など、広いキャパの劇場を借りられることになったので、当日でも買えるチケットがあると思います。

――チケット売り場と野外上映の階段広場がもっと近いといいですね。

市山:場所がないんです。野外上映のできる場所はあそこくらいしかないし、有楽町駅前は宣伝スペースとしてはいいんですが、劇場が近くない。よみうりホールは近いですが。

――近いけど、線路が壁になってる。

市山:あそこは大きなパネルがあって予告編が流れていて、映画祭をやっているんだなということがわかればいい。

チリ『1976』

――では、コンペ作品の内容を駆け足でお聞きします。まず、チリの『1976』。

市山:これはピノチェト政権下、裕福な医者の妻が別荘を改装しに行ったところで司祭から若い男を匿ってくれと頼まれる。

――これは見ました。カンヌの上映が予約制になったので、監督週間が見られるようになったんです

市山:あれは大進歩ですよね。僕の場合、監督週間はVIPパスを貰えてたんですが、一番難関の批評家週間が見られるようになりました。

――私の難関は監督週間だったんです。オフィシャル作品をパレで見てから、監督週間まで歩いて行くと、すごい行列ができていて絶対に入れない。

市山:僕には「ある視点」も難関でしたね。

ビジュアルに注目『アシュカル』

――予約制はよかった反面、ネット予約のために朝早く起きなきゃならなくてプレスは辛かったです続いてユセフ・チェビ監督『アシュカル』というのは?

市山:これもカンヌの監督週間の作品で、チュニジア映画です。建築現場で黒焦げの死体が発見される。ガソリンの形跡がなく、自然に発火したんじゃないかという不気味な死体で、男女ペアの刑事が捜査するんだけど、次から次へと黒焦げ事件が起きる。その背景にアラブの春以降の政治的混乱があるんじゃないかというポリティカルなスリラーで、ビジュアルがすごい。

――『ザ・ビースト』はガリシア地方が舞台ですね。

市山:スペインの田舎の村にフランス人夫婦がやってきて、地元の有力者と衝突して大変なことになる。地元とよそ者の対立というよくあるパターンですが、それを驚く展開で見せる。

――今泉力哉監督の『窓辺にて』。

市山:今回はすごく淡々としています。あまりドラマチックな展開がないんだけど、それがすごくいいんです。スタイルが明確だし、おそらく脚本は稲垣吾郎のあて書きで、演技をしてないような感じにうまくまとめてあって、すごくよかったです。

東北の農村が舞台『山女』

――2本目の日本映画、松永大悟監督の『エゴイスト』

市山:『トイレのピエタ』の監督ですが、『エゴイスト』は、鈴木亮平と宮沢氷魚の演技が素晴らしい映画で、かなりストレートなホモセクシュアルのラヴストーリーです。

――3本目の日本映画、福永壮志監督の『山女』というのは?

市山:これは遠野物語などにインスパイアされた作品で、昔の東北の農村が舞台で、村のものを盗んだということで村八分になり、田畑をとりあげられて貧困生活をしている永瀬正敏さん演じる農民に娘がいて、山田杏奈さん演じるその娘がヒロインで、作物が不作になって、山の神様に生娘を捧げることになり、彼女がそれに選ばれてしまうという話です。日本によくある民間伝承ではあるんですが、今このような題材の映画化が成立しているのが驚きなんです。

――ストレートな民話ものとして映画化しているんですか?

市山:そうです。これはNHKとの共同製作なんです。川和田恵真監督の『マイスモールランド』もそうだと思うんだけど、ドラマ版を作って、ドラマ版と同じ素材を別バージョンで編集して映画版を作る。そういうことがないと、今の日本のシステムには填まらない映画です。NHKの資金と文化庁の助成金と福永監督がアメリカで集めたお金で作られています。見ると普通の日本映画と全然違うタイプの映画です。福永監督は以前も『アイヌモシリ』というアイヌの映画を撮っていて、目の付け所がいい。

――『ファビュラスな人たち』はイタリア映画ですね。

市山:監督のロベルタ・トッレは、昔TIFFで『アンジェラ』という映画が上映されたことがありましたが、それとは全然別のタイプの映画です。トランスセクシャルの人達が集まっているヴィラで、昔死んだ友だちの手紙が発見され、自分が死ぬときには緑のドレスを着て埋葬して欲しいと書いてあったんだけど、家族が女装を嫌って男装で葬られた。その願いを叶えてやろうと、みなで降霊術を始め、という話です。

――すごく変な話ですね(笑)

市山:出ている人たちは実際にトランスジェンダーらしいんですが、その人たちのインタビュー映像を交えています。

初のベトナム映画『輝かしき灰』

――プイ・タック・チュエン監督の『輝かしき灰』は?

市山:おそらくTIFFのメインコンペにベトナム映画が入ったのは初めてです。過去に『沈みゆく船』という映画がヤングシネマにありましたが。プイ・タック・チュエン監督の4本目の作品で、1作目は『漂うがごとく』といってヴェネツィアのオリゾンティ部門に出品されていたインディーズな感じのゲイ映画だったんです。ベトナムのゲイ映画を見たのは初めてだったんで珍しいと思いました。その監督の4作目で、今回は河口の村に住んでいる3人の女性の話で、ずばり文芸映画です。『第三夫人と髪飾り』というル・シネマで上映した映画のプロデューサーが、シンガポールとフランスから助成金を得て製作しています。

――日本に売れそうな感じ?

市山:岩波ホールがあればと思うんですが、岩波なき今、どこがやるのかなと。『第三夫人』のようにビジュアル的にきれいだといいんですが、もっとリアルです。

――岩波の喪失は大きいですね。続いて『カイマック』ですが、監督のミルチョ・マンチェフスキは『ビフォア・ザ・レイン』のあと、どうしてたんですか。

市山:『ダスト』という作品がヴェネツィアのオープニング作品で、日本でも公開されました。そのあと、5本くらい撮っているんだけど、日本でもほとんど公開されていないし、メジャーな映画祭にもたぶん行ってないと思います。『カイマック』自体、久々の作品です。今はニューヨークの映画大学で教えているらしい。

――もうマケドニアにはいないんですか?

市山:今回はマケドニアから来ますね。両方に住んでるみたいです。『カイマック』は2組の夫婦がいて、レズビアンの要素があったり、猥雑な艶笑コメディで社会批評をしているという映画です。

――続いてエミール・バイガジン監督の『ライフ』

市山:これはストーリーがよく分からない。何に例えたらいいのか。アレハンドロ・ホドロフスキーとか、いろんな映画が頭に浮かぶんですが、前作の『ハーモニー・レッスン』のようなブレッソン風のスタイルとは全然違う。話は混沌としているんですが、映像の迫力だけはすごい。

――カルロス・ベルムト監督の『マンティコア』というのは?

市山:スペイン映画では『ザ・ビースト』の方を先に決めて、そのあとで、この映画がぎりぎりでエントリーしてきて、面白いからやろうということになったんです。前作にビターズ・エンドが配給した『マジカルガール』という、サン・セバスチャン映画祭でグランプリを獲った映画がありますが、あれは明らかにセーラームーンでしたが、今回も日本オタクのゲームデザイナーが主人公で、彼にある秘密がある。

――スペインはアニメおたくやファンタ系のファンがすごくいるところですよね。映画も全体的にファンタみたいな感じがする。

市山:アレックス・デ・ラ・イグレシアとか、そうですよね。『マンティコア』の監督本人も相当な日本マニアらしく、TIFFに選ばれて喜んでいるそうです。

――サンジーワ・プシュパクマーラ監督の『孔雀の嘆き』。

市山:これはスリランカ版『ベイビー・ブローカー』というか、河瀬直美監督の『朝が来る』の暗黒版というか。金持ちの西洋人夫婦に子供を売るのをビジネスにしている施設に勤めることになった男の子が実態を目撃するという話です。イタリアとの共同製作ですが、完全にスリランカで撮っています。

レバノン戦争が題材『テルアビブ・ベイルート』

――ミハル・ボガニム監督の『テルアビブ・ベイルート』は?

市山:これはキプロス映画になっていますが、どうもイスラエルで撮れなかったらしいです。監督はウクライナ系イスラエル人で、日本でも『故郷よ』という作品が公開されています。80年代から続いたレバノン戦争で引き裂かれた2組の家族の話で、家族に会いに2人の女性がテルアビブからベイルートまで車を走らせるというロード・ムーヴィーです。

爆撃のシーンもちゃんと撮ってるんですが、どうも全編キプロスで撮影したらしい。レバノン戦争はイスラエル的には危ないネタというか、おそらく保守派からいろいろな妨害があるんでしょう。レバノンにはキリスト教徒とイスラム教徒がいるんですが、キリスト教徒の中にイスラエル寄りの人がいて、レバノン人だけれどイスラエルの諜報機関のために働いていた。ところが、イスラエルがレバノンから撤退したときに、その人達をほったらかしにして出ていってしまい、残った人達は裏切り者と呼ばれ、皆から白い目で見られる。仕方なくヒロインはイスラエルに移住したんだけど、他の家族はレバノンに残って、家族がバラバラになってしまう。

――そんなことがあったんですね。しかし、二次被害を受ける家族は大変ですね。次のキルギス映画アクタン・アリムクバトの『This Is What I Remember』はなぜ英語題なんですか?

市山:これはビターズ・エンドが出資しているんですが、ビターズ・エンドの方針で、日本語字幕版を宣伝部で見て、劇場を含めてディスカッションして邦題を決めるんです。この作品はワールドプレミアで、今は誰も見てないので英語題で、ということです。ジャ・ジャンクーの作品もそうですが、必ず会議で邦題を決めています。

――前作の『馬を放つ』もとてもいい作品でした。

今年は去年より映画がカラフルな感じしますね、いろんなタイプの映画があって。ヨーロッパも増えましたし。

市山:なぜかというとアジア映画が今年はすごく薄いんです。それは中国・韓国にも言えるし、東南アジア映画も、ラヴ・ディアスは面白かったですが、他の国には見るべきものがなかった。ヴェネツィアはちょっと特殊な事情があるとはいえ、カンヌにもそんなにたくさんアジア映画が入ってないのは、アジアがはじかれているというよりも、もともと今年は不作だということで、逆にイランなどの中東はたくさんあります。

防弾チョッキ着て自分を撃つ

――英語圏の映画、イギリスとかアメリカはないですね。

市山:イギリスはなかったですね。アメリカ映画はコンペに入れようと思うほどのものはなかった。ただ、ワールド・フォーカスのラミン・バーラ監督の『セカンドチャンス』というドキュメンタリーはむちゃくちゃ面白いです。コンペでやろうかと一瞬思ったほどで、結局ワールド・フォーカスにしました。ピザ工場を経営不振で潰した男がセカンドチャンスという防弾チョッキの会社を立ち上げる。それが大当たりして、大統領のボディガードがつけるほどになるんですが、防弾チョッキを着て自分を銃で撃つというプロモーションを撮る。それがどんどんエスカレートして、ついには仲間を集めてアクション映画を撮り始めるという、アメリカの銃社会の狂気を背景にした、かなり笑える映画です。

――アルベルト・セラ監督の『パシフィクション』はカンヌで見ました。

市山:こんな変な映画はなかなかないです。今回はよみうりホールでの上映で、セラ監督も呼ぼうとしているところです。

――本当に今年はにぎやかになりそうですね。

市山:もう1本、ソクーロフの新作をガラに入れました。ガラは配給がついているものが多いんですが、ソクーロフの『フェアリーテイル』と、もう1本には配給がついていないんです。『フェアリーテイル』は煉獄みたいなところで、天国に行けずにさまよっている人達がいて、それがヒトラー、チャーチル、ムッソリーニ、スターリンの4人で、スターリンが歩いているとヒトラーが「スターリンはコーカサスのユダヤ人だ」とかつぶやく。軍服を着たチャーチル、スーツを着たチャーチルといろんなチャーチルが4人くらい1つの画面にいたりする。

――もう1本配給がついていないというのはどれですか?

市山:香港の『神探大戦』という映画で、『MAD探偵 7人の容疑者』という映画をジョニー・トーと共同監督していたワイ・カーファイの監督作です。

――『MAD探偵』は見たことあります。ものすごく面白かった。

市山:「映画祭ガイド」に後日譚と書きましたが、間違いなので訂正します。同じコンセプトの全然別の映画です。『MAD探偵』のラウ・チンワンが復帰する話かと思ったんですが、ワイ・カーファイのインタビューでは前作とのストーリー上の関連性はないということです。

――2本とも配給がつきそうですね。今年はゲストがたくさん来るようですが、どこで会えるんでしょう。

市山:コンペの監督は基本的には上映後のQ&Aです。あとはミルチョ・マンチェフスキのマスタークラスとか、そういう企画は幾つかありますが、基本は自作の上映のときの登壇です。また、有楽町駅の近くに有楽町micro FOOD&IDEA MARKETというおしゃれなスペースがあるんですが、そこを借り切ってミーティングプレースを設けます。さっきのマンチェフスキのトークもやるんですが、そこがゲストのたまり場になればいいなと思っています。

――昔みたいな、記者会見を公開でやる、みたいなことは?

市山:記者会見は一部の作品以外はやりません。

居酒屋に行けばゲストに会える?

――去年のようなスケジュールだと、記者会見があっても行けないですしね。カンヌの動線はすごくうまく出来ているんですが。それが今後の課題でしょうか。

市山:昔、カンヌの監督週間がテントで記者会見を開いていたような、あんなオープンスペースの場所がミッドタウンにあると、何かやってるという感じにはなりますね。今回は会場近くの居酒屋のドリンク券をゲストに配ろうと思っているんです。そうすると、居酒屋に行ったらゲストがいる。

――居酒屋はいいですね、海外の人にも人気がある。

市山:プレスも一般の人も入れるんで、ちょっと覗いたらゲストがいるみたいな感じができる。もちろん、銀座には高級レストランやバーもありますが、本当は居酒屋みたいなところがゲストのたまり場になると、自然発生的にみんなが集まるんですが。

――ガード下の焼き鳥屋とか。

市山:今回はそこまで手が回ってないんですけど。

――去年はコロナで人出もそんなに見込めなかったし、ゲストも呼べなかったですから。

市山:今年もベルリンのフォーラムのディレクターとか、監督週間の新ディレクターなどがぜひ参加したいと言ってきて、ではホテル代くらい出しますということで、結構いろんな人が来ます。コロナの状況が落ち着いてきて、3年ぶりくらいに海外に行けるようになったところですし、フィルメックスだと、行きますと言われても何もサポートできなかったんですが、TIFFだとホテル代くらいは招待できるのでこれを続けて行くと、年間スケジュールに組み入れてくれて、“今年もTIFFに行こう”ということになってくれればいい。

―継続は力なり。

市山:まだ2回目ですし、ゲスト関係は今年やってみて、また来年へということですね。

(9月29日、東劇ビル地下の喫茶店にて)

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