【第32回東京国際映画祭(3)】守れるか?表現の自由

映画評論家・字幕翻訳家の齋藤敦子さんによる、2019年の第32回東京国際映画祭のレポート3回目。東京国際映画祭とほぼ同時期に起きたKAWASAKIしんゆり映画祭での「上映中止」を目の当たりにして、映画祭における表現の自由について考えます。

チケット売り場の横で行われた出演者とファンとの交流会

今年ほど表現の自由について考えさせられた年はありませんでした。

まず、8月から10月にかけて開催されたあいちトリエンナーレ2019で、「表現の不自由展、その後」に展示された<平和の少女像>(意図的に慰安婦像と呼ばれていますが、こちらが正しい題です)をめぐって開催が中止に追い込まれ、文化庁が補助金の不交付を決めた事件がありました。

KAWASAKIしんゆり映画祭の上映中止事件

東京国際映画祭とほぼ同時期に、川崎市麻生区で開催されるKAWASAKIしんゆり映画祭でも上映中止事件が起こりました。今年上映される予定だったミキ・テザキ監督の『主戦場』が、出演者が上映差し止めを求めて裁判を起こしており、川崎市から映画祭での上映を「懸念」するという連絡があったことを受けて、映画祭が中止を決めたことです。

それが発端となり、若松プロが同映画祭で上映が決定していた2作品の出品をとりやめ、29日に同プロを代表して白石和彌監督と脚本の井上淳一氏が記者会見を開いて抗議。翌30日には、川崎市アートセンターで、映画祭で上映される『沈没家族 劇場版』の配給会社ノンデライコの大澤一生代表、『ある精肉店のはなし』の綾瀬あや監督が呼びかけ人となって、「オープンマイクイベント:しんゆり映画祭で表現の自由を問う」が開催され、しんゆり映画祭の中山周治代表、事務局の大多喜ゆかりさんらが登壇、危機感を持った多くの市民、ジャーナリストが集まって、話し合いがもたれました。

プサン国際映画祭の対応

このことで思い出すのは、14年のプサン国際映画祭で『ダイビングベル セウォル号の真実』の上映を巡って起きた事件です。映画がセウォル号の事件報道をめぐって朴槿恵政権の対応のひどさを告発する内容だったため、政権側のプサン市長や与党議員が上映中止を求めましたが、映画祭は上映を強行。そのため、映画祭組織委員長が更迭され、翌年の予算が大幅に削られるなどの報復措置を受けました。それでも、自国の映画祭を始め、全世界の映画人から大きな支持が集まり、表現の自由を貫いたことでプサンへの信頼が深まりました。

今回のしんゆり映画祭の対応はプサンとは逆で、「懸念」が伝えられた時点でさっさと上映中止を決定してしまったことに問題があります。けれども、上映中止が明らかになると、すぐ『主戦場』の配給会社東風が動き、若松プロや映画人が声をあげ、今の日本を支配する「圧力」が可視化できたことはよかったと思います。

結果的に、『主戦場』は一転して上映中止が撤回され、4日に上映されることになりました。が、これは映画祭事務局の「英断」ではなく、その後も二転三転した対応に禍根を残したと言えるでしょう。

私が不思議に思ったのは、しんゆり映画祭での上映中止問題をめぐって、東京国際映画祭を始め、日本のどの映画祭も、どの団体も、何らアクションを起こしていないことです。映画人がこぞって連帯したプサンのときと随分違うな、日本は大丈夫だろうか、というのが今の正直な感想です。

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