【齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)=フランス・カンヌ】華やかな開会式の翌日、フランス期待の新人、ラジ・リ監督の『レ・ミゼラブル』が上映されました。“レ・ミゼラブル”というと日本ではミュージカルで有名ですが、元はフランスの国民作家ヴィクトル・ユゴーの小説で、リ監督は小説の舞台となったパリ郊外モンフェルメイユに生まれ育った生粋の土地っ子。パリ郊外には低所得者用住宅が建ち並び、治安が悪いことでも有名で、バンリュー(郊外)はフランスの大きな社会問題になっています。
映画『レ・ミゼラブル』は、そんな危険な犯罪多発地帯をパトロールする警察の犯罪取締班を主人公に、人種と宗教で様々なグループに分かれて対立する地域の問題点(それは、とりもなおさず今のフランスの問題点でもあります)をスリリングに描いていきます。監督のラジ・リは、2年前に同じテーマの短編『レ・ミゼラブル』でセザール賞にノミネートされており、地元モンフェルメイユの全面協力を得て、見たこともないほどリアルに、郊外の現実を描いていました。
フランチャイズの悲劇/ケン・ローチ監督の「Sorry We Missed You」
では、フランスと海峡を挟んだ隣国のイギリスは、どうなっているのか。日本のマスコミの怠慢か、最近ではEU離脱問題か王室のゴシップくらいしかニュースが流れてこないようですが、イギリスの庶民が抱える問題を知るなら、名匠ケン・ローチの映画を見るのが一番です。
ローチの13本目のコンペ出品作『Sorry We Missed You』、題名を直訳すると“あなたにお目にかかれなくて残念です”という意味ですが、実は宅配便の不在通知に書かれている言葉で、“留守中に、お届けにあがりました”という常套句です。
主人公は、訪問介護士の妻と2人の子供がいるリッキー。不器用ですが、何よりも家族を愛する優しい父親です。車を売ってフランチャイズの宅配業を始めた彼は、これで一生懸命働けば、家のローンを返し、家族全員、幸せに暮らせると意気揚々。ところが、フランチャイズ契約には罠があり、緊急の用事で配達を休むときは、代わりの配達人の賃金を支払わなければならなかったり、盗難に遭った荷物の損害を負担しなければならなかったり。思わぬ事態が次々に起り、次第に借金がかさんでいったリッキーはついに…、というストーリーです。
リッキーが独立して個人営業主になったというのは言葉だけで、これでは非正規社員かアルバイトと何ら変わらない、いや、もっと立場が悪いかも。そして、社会保障や業務中の事故の補償をせずにすむ会社だけが得をするのです。日本でも、非正規社員を増やして会社を利する“働き方改革”や、人手不足で営業時間を短縮したくてもできないコンビニのフランチャイズ契約の問題などを耳にします。フランスのマクロン政権も大企業優遇の政策を続けるつもりのようです。利益は上が吸い上げ、負担は下で引き受けさせられる。何だか嫌な世の中になったものです。
【齋藤敦子】映画評論家・字幕翻訳家。カンヌ、ベネチア、ベルリンなど国際映画祭を取材し続ける一方、東京、山形の映画祭もフォローしてきた。フランス映画社宣伝部で仕事をした後、1990年にフリーに。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。労働者や経済的に恵まれない人々への温かな視線が特徴の、ケン・ローチ監督の「麦の穂をゆらす風」なども手掛ける。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)、「奇跡の海」(幻冬舎文庫)、「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書もある。