【カンヌ国際映画祭の現場から】世界の主要映画祭の現場を取材し、TOHOKU360にも各国の映画祭のリポートを寄せてくれている映画評論家・字幕翻訳家の齋藤敦子さんの連載。コロナ禍の影響で3年ぶりの訪問となったフランス・カンヌ国際映画祭の現場から、現地の熱気や今年の作品評をお伝えします。
【齋藤敦子】75回の記念の年を迎えてカンヌ国際映画祭が5月17日から始まりました。オープニングは日本の上田慎一郎監督の『カメラを止めるな』を、フランスのコメディ映画作家ミシェル・アザナヴィシウスがオリジナルにほぼ忠実にリメイクした『カット!』です。
昨年はコロナ禍で開催が7月に遅れ、前から決まっていた舞台の仕事と重なったため、残念ながら参加を諦めたので、私にとっては2019年以来のカンヌ。フランス入国に際しては3回のワクチン接種証明を提示することが求められますが、これは飛行機のチェックイン・カウンターで見せるだけで済み、フランスに入ってからワクチン証明の提示を求められることは、まったくありません。
相変わらず感染者は報告されているのに、感染を怖れる年配者を除いて、町中でマスクをしている人はほとんど見かけず、おりから公共交通機関を利用する際のマスク着用義務が16日(月)から任意になったため、パレ・ド・フェスティバル内のマスク着用義務も雲散霧消し、パレの中でマスクをしているのはスタッフと心配性の人達だけとなりました。このように、どんどん脱コロナし、経済の復活に向けて舵を切ろうとしているフランスです。
今年の審査員長は、昨年、ジュリア・デュクルノーに女性監督としてカンヌ史上2度目のパルムをもたらした『チタン』に出演した、フランスを代表する名優ヴァンサン・ランドン、以下、映画監督ヨアキム・トリアー、ジェフ・ニコルズ、ラジ・リ、アスガー・ファルハディ、女優ノオミ・ラパス、レベッカ・ホール、ディーピカ・パドコーン、ジャスミン・トリンカの9人です。審査員長のランドンは、“作品の背景、監督の出身、性差などに関係なく、自分の心をまっさらにして、作品を判定するのでなく、まず受け入れたい”と語っていました。
実は、個人的には昨年『英雄の証明』でグランプリを受賞したものの、その直後から、ドキュメンタリー講座の受講生の撮ったドキュメンタリーを盗作した疑惑が囁かれ、ついには互いを訴える裁判沙汰に発展しているファルハディ監督が、どう釈明をするのか注目していました。
くだんの質問は最後に出ました。それは”もしあなたが訴訟に勝ったら、あなたの教え子の女性は最長2年の実刑、74回の鞭打ち刑を受ける可能性もある。それをどう思うか”というものでした。残念ながら、周到に答えを用意してきたと思われる監督の立て板に水のペルシャ語の弁明にフランス語の同時通訳がぴったりと重なっていたため、私に聞き取れたのは、最後の”誤解です”という部分だけでした。
審査員記者会見に続いて、今年の名誉賞を受賞したフォレスト・ウィテカーの記者会見がありました。それに先だって朝11時から、彼の財団が支援している南スーダンの和平活動を追ったドキュメンタリー『For the sake of peace(平和のために)』の上映がありました。
ウィテカーはアカデミー賞主演男優賞を受賞した『ラスト・キング・オブ・スコットランド』(06)をウガンダで長期ロケしたことがきっかけでアフリカとの繋がりが産まれ、財団を設立して様々な活動を援助するまでになっているそうです。彼によれば、次はエンターテインメントの方面を支援したい、アフリカの子供たちに映画を作らせたい、今はスマホがあれば動画が撮れてしまうのだから、ということでした。俳優としても素晴らしいですが、それ以上に人間として素晴らしいことに感心しました。
*TOHOKU360で東北のニュースをフォローしよう
X(twitter)/instagram/facebook