【寺島英弥(ローカルジャーナリスト)】「独眼竜政宗」。仙台藩祖・伊達政宗の誕生から大往生までの一代記の漫画で、その第1巻がこのほど仙台の出版社から刊行された。作者は千葉真弓さん(59)。原作は2011年9月から昨年3月まで、河北新報のこども新聞、朝刊に計334回連載された。丹念な時代考証と現地取材による戦国の日常や風景の精密な描写、絵巻のように美しくリアルな合戦場面、主人公・政宗の等身大の苦悩と成長、人間味あふれる登場人物たち―と魅力満載の作品。宮城教育大生時代から40年の縁という「政宗」を語ってもらった。
細密な歴史考証で描く
原作の連載が始まったのは東日本大震災から半年後。津波や福島第一原発事故の被災地をはじめ、東北じゅうが苦境にあった。政宗が躍動した地域は、現在の被災地の多くと重なる。「政宗そのものというより、彼を通して東北という郷土を描いたつもりです」と千葉さんは話す。震災からの10年と歩みを同じくし、東北の歴史を見つめ直す作品となった。
戦国武将を主人公にした漫画の多くは活劇だが、「独眼竜政宗」は日本画のような繊細な美しさと人物の表情の陰影、着物の柄から調度品、城や館の内外まで精密な描写で異彩を放つ。千葉さんは10歳のころから、心臓外科医だった父の論文や教科書の挿絵を描き、身の回りのものから風景まで「観察して理解するために絵を描いていた。今でも漫画家の自覚がなく、“情報翻訳家”と思っています」と言う。
「政宗」の登場人物の着物一つでも、各地の資料館などに残る往時の実物の柄をデータに保存したものを駆使し、さらに人の動作や光による凹凸や濃淡まで細密に描く。一話ごとのストーリーや会話などを含め、仙台市博物館などの親しい専門家に歴史考証のチェックを依頼し、平成版の仙台市史の最新の知見を生かさせたという。「その時代に存在しないものを描くのは捏造です」と千葉さんは語る。
期せずして人生の仕事に
政宗と千葉さんの出逢いは、宮城教育大(美術教員養成課程)2年の時。漫画を投稿していた仙台の同人誌がメディアに取り上げられ、それを見た人から伊達政宗を主人公にした作品を頼まれたという。一巻の単行本として地元出版されたが、千葉さん(当時は香川真弓)の名前がどこにもなく作者名が別人で、翌年の大河ドラマ放映を当て込んだ行為だったか、と分かったそうだ。「もう二度と描くものか」と思ったが、地元銀行から、主人公の少年時代をキャラクターにした「政宗くん」をマスコットに―と思わぬ依頼があり縁は続いた。
さらに仙台の老舗書店から、政宗の家臣で遣欧使節を務めた支倉常長の作品出版の話があり、「ファシクラ伝」の題で世に出た。その後も市国際交流センターから「外国人に政宗を知ってもらう英文の漫画を」と注文をもらう。「自ら求めたわけではないのに、20代、30代、40代、50代とほぼ10年ごとに政宗を描くことに。図書館に通って文献を読み、新しい研究に当たり、自分なりに調べ直し」。期せずして人生の仕事になっていたという。
闘病の中でのクライマックス
河北新報に連載中の2016年12月、以前に大きな手術をした、がんの再発が分かった。強い抗がん剤の治療を要して、家から一歩も出られなくなり、指先から体じゅうに痛みが生じ、目の焦点は合わず、長かった髪も全部抜けた。それでも毎週やって来る出稿締切を守り必死で描いたという。
その時期に感慨深かったというのは、ちょうど「独眼竜政宗」1巻の物語の最後を飾る、摺上原合戦のあたり。政宗が奥州最大の宿敵、会津の芦名氏と磐梯山のふもとで激突し、ついに打ち破った決戦。奥州制覇を阻む敵に囲まれ、苦しい戦いを重ねた政宗がついに光明に包まれる磐梯山麓の黄昏に、政宗は一人、新しい時代を告げる風を聞く。千葉さんがとりわけ思いを込めたという前半のクライマックスだ。苦闘を重ねた自らの心境でもあったろうか。
政宗と読み手つなぐ時の旅人
〈猪苗代城そのものが、磐梯山の大噴火による岩雪崩の塊です。この辺は、カシミール3Dスーパーで見ると、噴火の痕跡がよくわかります。現代のように水田が広がるようになったのはこの時代から後、長い苦労の末。摺上原の戦場では、足場の悪さに片倉小十郎が苦戦しています。地表はこんな風に想像してみました。戦いが進むにつれ、馬が巻き上げる煙、「馬煙」が戦場を覆います〉
「独眼竜政宗」1巻の大きな転機ごとに「楽屋」という各話の解説、ミニコラムが挟まれている。摺上原合戦で、千葉さんは当時の磐梯山ろくの自然や風景の科学的考証をこう記した。そして、両軍の勝敗について―。
〈摺上原合戦は、天候急変がカギになったと言われていますが、全体を見ると、天候の急変はこの地における覇者が芦名から伊達に代わったことの象徴、生き残った人が思い出す心象だと考えた方が納得できました〉
そんな実感が胸に落ちるまで、史実や定説というものを調べ直した。千葉さんは、政宗と一緒にあの時代の風景を見、読み手に伝える“時の旅人”の存在なのかもしれない。そうして書かれた「独眼竜政宗」は来年に第2巻、現在改修工事中の仙台市博物館が開館予定の再来年に第3巻が完結・出版の予定という。 (「独眼竜政宗」1巻はプレスアート刊、定価2200円)
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