エンターテインメントを通して社会を描く 在仙作家・根本聡一郎と3.11

【渡邊真子(仙台市)】福島県いわき市の出身で、東北大学進学を機に仙台市で暮らす根本聡一郎氏(29)は、2013年より電子書籍で自身の小説を発表し始め、4作目となる『プロパガンダゲーム』(双葉文庫)が書籍化されて以降、『ウィザードグラス』(双葉文庫)、『宇宙船の落ちた町』(ハルキ文庫)と、コンスタントに執筆活動を続けている。在学中に体験した東日本大震災をきっかけに、作家を志したという根本氏の小説にかける思いとは?

社会問題への興味の入口は「おもしろい」から

「タピオカパールの原料って知ってます?」
注文したタピオカドリンクを手にしながら、根本氏はそう切り出した。

「実は次出す予定の長編では、タピオカの製造ルートについて相当詳しく書いているんです。原材料が安くて、“映える”タピオカには、現代社会の格差が詰まっているなと。タピオカ自体に罪はないし、美味しいんですけどね」

それから根本氏はタピオカミルクティーを一口飲んだ後、ふと表情を引き締めた。
「僕の小説の根底は何かというと、要は社会、政治なんです」

そう話す根本氏には、作家のほか、謎解きゲーム制作団体の代表や NPO 法人の理事という顔もある。

「若年投票率の向上を目指すNPO で、インターンシップやその運営をやっていたんですが、社会とか政治に興味を持つと、世の中の解像度が上がって、いろんなことが細かく見えるようになってくるんですよね。何かに関心を持ち、その解像度を上げる。僕はそれをやりたい、と思ったんです」

「気になるものは掘り下げて調べるタイプ」と自己分析する根本氏(撮影:渡邊真子)

学生の頃から、被災地域の現状や、そこで活動する支援団体を紹介するネットメディア番組作りに携わっていた根本氏は、そこであることを感じたという。

「原発についての賛否を議論する番組をやった時は、見てくれた人がいっぱいいたのに、例えば、被災地域の沿岸部で、地味だけど大切なことをやっている人たちの活動を紹介した時には、ほとんど視聴者数が伸びなかった。沿岸部の本当に地道な再建というところには、あまり興味をもってもらえないということの悔しさみたいなものですよね」

そして、「今のやり方には限界があると思った。つまり、ある種のエンターテインメントの要素がなくちゃいけないと」、小説を書くようになったという。

「社会問題の解決には、まずは興味のない人にも興味を持ってもらうこと。それが絶対に必要で、そのためには、入口は“おもしろい”から始まらないといけない、そう思っています」

すべての作品のきっかけは、東日本大震災

「実は今までの三作とも全部、東日本大震災の時に経験したことをもとに書いてるんですよ」と根本氏は言う。電子書籍での短編三作『幻覚少女』『脱水少女』『禁断少女』も、すべてボーイ・ミーツ・ガールの話でありながら、理不尽な理由で命を落とすことが主題になっていた。

「最初の『プロパガンダゲーム』は広告代理店の話なので、震災に関係があるとは人はほとんど思っていないだろうけど、僕の中では明確に関係していて、広告というものの恐ろしさを、東日本大震災の時に感じたというのがスタートなんです」と話す根本氏。

「東日本大震災の5日後ぐらいかな? 当時、嫌というほど流れていた『ぽぽぽぽーん』のCMを観て、小学生の頃、夕方のゴールデンタイムによく流れていた東京電力のCMを、ふと思い出したんです。アニメで描かれた火力くんと水力くんがすごく疲れていて、原子力くんが『ボクも力になるよ!』と言って登場し、『よかったね♪』で終わる福島限定のCM。今思うと、本当にふざけたCMですよね。でもその当時、僕の通った小学校に原子力を疑問に思う子どもなんて一人もいなかったですよ。僕も含めて」

震災後は、福島県産農産物の風評被害や、福島県出身者に対する差別などが起きた。

「福島県というものに対してネットリンチが起きたわけですよね。誰もその真意なんか確かめてもいないのに、何の根拠もないような世論が形成され、無限に叩かれ続ける。こんなに恐ろしい刑はないなと思い、それを主題にしたかった」

そうして根本氏が書いたものが、二作目の『ウィザードグラス』だ。

「だから、三作目に限らず、東日本大震災の時からすべてが繋がっているんです。『宇宙船の落ちた町』は、それを正面から入れてみたかった。時間が経って、やっと書けるようになったかなと」

小説『宇宙船の落ちた町』が生まれた背景

震災後、原発を実際に見に行ったことが大きかったと語る根本氏。

「3回見に行っています。その最初は、いわきの海を調べるという水族館との企画で、海上からだと、原発まで 1.5キロぐらいまで近づけるんですよ。放射性物質は金属で海に沈むから、海上にはない。物理学を学んだ先輩からそういう説明を聞いて、放射性物質を測定しながら行きました」

実際に見に行くまで、原発は悪魔のようなものだと思っていたという。自分たちの暮らしを台無しにしたものだから、当然良いイメージなどあるはずがないと。

「でも、それを海上から見に行って、パッと見た時に、『思っていたよりずっときれいだ』と思ったんですよね。実際の建屋はかなり掃除されていて、テレビで繰り返し流された水素爆発直後から比べると、ずっときれいになっていました」

ポカポカした陽気の日曜日で、作業も止まっていて、海からみた建屋は淡い水色で、白いカモメが停まっていた。

「それがどこか、宇宙船みたいに見えたんです。それが大きかった」と話す根本氏。「それまで抱いていた、悪魔みたいだった原発に対するイメージが少し変わったんですよね。確かに恐ろしいものではあるし、たくさんの人の生活を変えてしまったものだけど、現実を見て、少し救われた部分があったんです」

2回目は、防護服を着て第二原発の内部まで入っていくツアーに参加。建屋に入ると童謡の『静かな湖畔』のオルゴール音が聴こえてきたという。

「音楽もそうだし、内部の色も建屋ごとに異なるんです。建屋が全部同じ形をしているから、区別するための工夫ですよね。そういったことをやっているのが、地元の東電の人たちで、収束に向けて頑張っている作業員の方々は改めて立派だなと思ったんです」

そう思った時、根本氏は小説のラストシーンを思い付いたそうだ。

母校にも近い国際センター駅上のテラスは、執筆にも利用した慣れ親しんだ場所(撮影:渡邊真子)

『宇宙船の落ちた町』の話を書こうと思ったもうひとつのきっかけは、NPO での被災地現場からの情報発信のイベント配信中に、川内村出身の男性が飛び入りで現状を訴えてきたことだという。それは、仮設住宅に暮らす川内村の高齢者たちの生活が困窮しているというものだった。

「震災前まで自宅でほぼ自給自足で暮らしていた人たちは、仮設住宅を追い出されてしまったら、何の保障もないのに、どうやって生活していけばいいのかと。先祖代々の家に住んで、いままで一度も家賃を払ったことがなかった方々が、少ない年金から家賃を捻出しなくてはいけない。そんなことがあるのかと」

また、衝撃的だったのが、原発避難者が暮らす仮設住宅に花火が撃ち込まれた事件だという根本氏。

「ある仮設住宅には、賠償金が打ち切られた地域と、継続して支払われている地域の住民が一緒に暮らしていました。社会学者のマッキーバーは『金銭的差別はコミュニティを破壊する』と言いましたが、まさにその通りのことが起きていたんです」

賠償金が打ち切られた住民からは、「明日暮らすお金に困っているのに、隣の仮設住宅の住人から頻繁に外食に誘われ、無下にできず困っている」といった相談もあったという。

「本当に困っている人もいるし、そうじゃない人もいるというのをちゃんと書かないといけない。ただ、現実に近すぎてはいけないという思いで、宇宙からの難民の話にしました。困っている人にも色んなケースがあって、一括りにしたくはなかったので、真逆の生き方をしている兄妹という設定で描きました」

目指すは、社会派エンターテインメントの大衆作家

「小説というジャンル自体が、もう一部の人にしか読まれていないんじゃないかという不安はあります。今はそれより YouTube見てますみたいな世界になってきているわけだから。そこでやっぱり“おもしろい”を入口にしないと、小説自体が“象牙の塔”の住人みたいになってしまう」そう話す根本氏。

「今の世の中は、政治でもエンタメでも何もかもが分断されている。いろんな世界があちこちにあって、タコ壺化しているんですよね。で、それぞれの狭い世界の中で完結しているタコ壺が増えていくと、これは本当に“分断”がどんどん広まっていくことになる。だから、それを超えるような話を書きたいんです。こっちの人の気持ちも、あっちの人の気持ちもわかるんだっていう人が増えた方が、やっぱり世の中、幸せになると思う」

東日本大震災を機に、政治や社会というものを考えざるを得ない環境に多くの人々が放り出されてしまった現在、小説家として、根本氏が目指すビジョンとは何なのだろう? 

「政治家や社会活動家たちが何をやっているのか?弱い立場に置かれた人たちが、どういう風な状況にあるのか?というのを、なんとなく、すべてを自己責任で雑にまとめて片付けようとする風潮の世の中で、僕は、丁寧に、リアリティをもって、フィクションを書いていきたいとすごく思います」と、根本氏は力強くゆっくりと語った。

「“大衆作家”を目指したいんですよ。“わかる人にしかわからない”っていうのは、あんまり良いことじゃない気がして。どんな人が読んでも、何かが伝わるっていうものを目指したいです。震災とか、コロナとか、世の中が大変な目に合っている。でも、その大変な状況の中から、いいものを作り出すのは人間なんですよね。だから、僕が小説を書いているのも、諦めないってことなんですよ。ひとりでも諦めていなければ、終わりなんかじゃない。そう思っています」

(撮影:沼田孝彦)

根本聡一郎オフィシャルサイト
https://pointnemo.jp/profile.html

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