【東京フィルメックス2021】パンデミック、オリンピック、先を見通せない中での映画祭 新プログラム・ディレクター神谷直希氏に聞く

カンヌ国際映画祭をはじめ世界の主要映画祭の現場を取材し、TOHOKU360にも各国の映画祭のリポートを寄せてくれている映画評論家・字幕翻訳家の齋藤敦子さんの連載。コロナ禍で先の見えない中準備した、今年の東京フィルメックスの舞台裏とは?新プログラム・ディレクター・神谷直希さんに、単独インタビューしました。

――実は昨日、市山さんにインタビューして簡単に事情を聞いたんです。それによれば、前々から後進に譲りたいと思っていたが、1月に安藤チェアマンから東京国際映画祭(以下、TIFFと表記)を任せたいという話があって、そこで神谷さんに連絡した、ということでした。事情はそんな感じですか?

神谷:そうですね。

――その話を聞いたときの感想は? “あ、来た!”という感じ?(笑)

神谷:最初、市山さんから話があったとき、TIFFをすることになって、という切り出し方だったので、TIFFを手伝えということなのかなと思いました。それが違っていて、東京フィルメックスを引き継いで欲しいという話でした。

――フィルメックスから私達のところに“市山さんがTIFFに移ることになった、新しいディレクターが決まった”というメールが来たのが3月でした。

神谷:それまで時間がかかったのは、キノの整理もありますが、私の方で気持ちの整理をつける必要があったんです。

新ディレクター、神谷直希さん

――フィルメックスの後任になることが決まって、考えたことは?

神谷:スタートできたのが5月になってからなので、自分らしさのようなものまで考えるのは遅いなと思いました。パンデミックがあり、オリンピックもあり、先がまったく見えない状況だった。実質的にも上映枠をどれくらい確保できるか分からない。それ以前に10月の段階でフィジカルな上映自体が可能かどうかもまったく分からない。

とりあえずオンラインとリアルの両方で準備を進めること、コンペティションの作品数を減らすことは考えなかったので、枠がとれなかったら、特別招待の方で数の調整をするしかないと。特集上映も枠がとれない可能性があったし、レイト枠も、結果的には確保できましたが、当時はできるかどうか分からなかったし、朝日ホールも普段より上映枠を減らさなければならない、ということで、あまり特別なことはできないが、普通にやれることはやろうと。

――今年はTIFFが日比谷・有楽町エリアに出てきたじゃないですか。そうするとフィルメックスはスクリーンをとられて本数が減り、朝日ホールに限定されるんじゃないかと危惧したんです。

神谷:そういう想定はしました。結果的に今年はそれほど本数を減らさずに済みましたが。
――今年のセレクションは5月から始めたわけですか?

神谷:一緒に選定をしているスタッフは3月から作品を見ていて、私が加わったのが5月です。

「面白さ」を重視したセレクション

――作品選定が終わったのは?

神谷:9月の下旬です。

――今年のセレクションの特徴は何でしょう。市山さんは東南アジアはコロナの影響でもう一つだが、中東はよかったとおっしゃってましたが。

神谷:東南アジアは結構あったと思います。中国に関しても作品がなくても困るということはなく、逆に中東の方が沢山あったという印象はないんです。

――今年、TIFFのコンペにアジア映画が多く、アジアの未来が復活し、東京フィルメックスがあると、差別化するのが難しくなったと思ったんですが。

神谷:お客さんから見ると、アジア映画が沢山だなと思えるかもしれないですね。差別化というか、何がどう違うんだろうとわかりにくいかもしれない。ただ、作品選考する立場から言うと、そんなに重なるというか、作品をとりあっている感じはなくて、なぜかというと、特にアジアの未来に関しては、プレミア・ステイタスを重視して選んでいらっしゃるので、まずそういう映画から探すということになっている。

フィルメックスの場合はこれまでどこで上映されていようが、とにかく面白いもの。これまでずっとそうだったんですが、とにかく面白い、いいと思う作品を選ぶということでやっているので、あまり重ならないし、実際、選ばれている映画もそういう結果にはなっています。ただ、それは選ぶ方の事情なので、見る方にとっては関係ない部分かもしれないですね。

――わたしとしてはフィルメックスが一番固定ファンがついていると思っているんですが。

神谷:本当ですか?

パイの取り合いにならないように

――ロビーでだいたい同じような顔ぶれに会う。それは知り合いだけじゃなくて。フィルメックスとしては、これから固定ファンにプラスして新しい観客を広げる対策を考えていますか?

神谷:TIFFと同時期開催になって、今までフィルメックスを知らない人が、同時期にやってるから間違ってフィルメックスに来てくれるといいなと(笑)

――フィルメックスのお客が向こうに行くかもしれませんよ(笑)

神谷:そうそう、どっちもあるんです。 確かに少ないパイを競い合うともったいないですね。ただ、海外の映画祭はセクションがたくさんあって、同時並行して、ものすごい数の映画を上映していますが、それでもお客さんは入っています。現実自体が違うのかもしれないですけど。

オープニング作品「偶然と想像」の濱口竜介監督とキャストの面々。

――ベルリンなんか、どこもすごく入ってますよね。

神谷:サイドバーというか、フォーラムなどのセクションでもお客さんが入っているので、東京もそういうことが相乗効果で起きればいいなとは思います。単なる理想かもしれないけど。

――何か具体的な対策は考えています?

斉藤陽(広報):去年はTIFFのプログラムで結構差別化されてたんですが、今年は蓋をあけてみて、こうなってみると、どうなるのか僕も疑問に思っています。意外に減らないのか、結構食い合うのか、やってみないとわからないところがありますね。

プロデューサー交代の影響は?

――そういう意味で私が一番危惧したのは、市山さんがTIFFのコンペに行って、フィルメックス的なセレクションをすると、新旧対立みたいになるんじゃないかと。

神谷:今年はそういう側面はあるかもしれないですね。去年フィルメックスでグランプリをとったヒラル・バイダロフ監督の新作『クレーン・ランタン』はTIFFのコンペに行きましたし。

――市山さんがフィルメックスにいれば当然こっちでやったわけだし、バフマン・ゴバディの『四つの壁』もこっちでしょうし。神谷さんとしてはフィルメックスはフィルメックス、映画は映画として見てもらおうということでしょうか。

神谷:それに近いですが、いろいろ工夫はしていきたいと思っています。例えば今年アフガニスタンのシャフルバヌ・サダトという監督の『狼と羊』という作品を特別招待で上映します。2016年にカンヌの監督週間で上映されたデビュー作で、サダト監督は今まで2本映画を撮っていて、2本とも監督週間で上映されています。

この前、タリバンが政権をとったときに海外の業界紙でアフガニスタン関係のニュースで一番多く出たのが、サダト監督が国外に亡命したことでした。結局、今は家族とパリ北部の移民キャンプに滞在しているようですが、30歳くらいの若い女性監督で、アフガニスタンを代表する映画監督だと世界的に目されています。

『狼と羊』は2016年のフィルメックスの選考に最後まで残っていた映画で、自分としても好きだったんですが、その後日本では一切上映されてなくて、その責任の一端はフィルメックスにあるんですが、こういう状況を受けて、今また彼女が注目を集め、各地の映画祭で作品が上映されたり、この前のサンセバスチャンでマスタークラスをやったり、それに呼応するというわけではないですが、今何ができるかを考えて、プログラムに入れました。でも誰もあんまり注目してくれなくて。

悩みは広報体制

――それは広報に問題があるのかもしれないですね(笑)

神谷:作品としても結構地味で、マジックリアリズム的な要素もある映画ではあるんですが、基本は田舎の日常生活を、子供を中心に描いている自伝的な映画なんです。作品として地味なので、宣伝がしにくいかもしれないです。

――言わせてもらえば、フィルメックスはいつもHPの立ち上がりが遅いんです。神

谷:それはスタッフが足りてないからです。時間がないのもある。

――もう少しHPを早めに立ち上げてもらって、神谷さんからのお薦めとか、見どころとか載せてもらうと、作品を選ぶのを迷っている人には便利なのでは?

神谷:考え抜いて選んでいる立場からすると、個別に押すというのが、なかなか難しい。やるんだったら全部というか、矢田部吉彦さん(元東京国際映画祭プログラミング・ディレクター)みたいに、あれぐらいやらないと。

――今年のコンペは、ベルリンのコンペで私が一番好きだったジョージアの映画『見上げた空に何が見える?』が入っていますが、他には?

神谷:イスラエル、インド、東南アジアが、カンボジア、タイ、インドネシア、中国2本に日本が1本で、韓国がないんです。

フィルメックスのブランド力を生かして

――今年、アジアの未来にも韓国映画がなかったですね。

神谷:今年はベルリンとカンヌにホン・サンスの映画が1本ずつ入りましたが、若手の作品は国際的にも数えるほどしかありませんでした。

――TIFFのコンペには?

神谷:1本、シン・スウォン監督の『オマージュ』という作品があります。

――若手はみんなNetflixに行っちゃったのかな(笑)

神谷:そうかも。

――私はホン・サンスの『イントロダクション』という作品がすごく好きでした。

神谷:カンヌに出たのもよかったですが、配給が決まっていて。

――市山さんはプロデューサーとしてもキャリアがあるし、顔も広く、映画を引っぱる力は強いと思うんですが、神谷さんはどうです?

神谷:それは今回、思い知らされましたね。TIFFのコンペのラインアップは市山さんならではだと思います。それは、これからだというところもあると思うし、フィルメックスがこれまで築いてきたブランドというか、信頼して出してくれている部分もあると思うので、ここまで揃えられたと思います。それは私の引っぱってくる力とはあまり関係ない部分で。

――でも、神谷さんだって、ずっと手伝ってきたし、海外の映画祭を回って顔つなぎしてきたわけだから、引っぱる力はあるんじゃないですか?

神谷:今年のTIFFのコンペみたいな、アクロバティックなことは私はやってないです。普通にセールスエージェントに、戻ってきました、今年もよろしくということで挨拶して。
――市山さんは、今年は安藤さんがあんなに変えちゃったから、すごく責任を感じて、がんばって引っぱったような感じも私はしますね。これまでのTIFFについていたファンは、ある意味、がっかりすると思うし、TIFFなんて映画祭じゃないと文句ばっかり言ってた人達をどうやってスクリーンの前に引っぱってこれるか、新しい映画祭のファンをどれだけ掘り起こせるかが試されてると思う。

神谷:その闘いにはフィルメックスもぜひとも参加したいですね。映画ファンを映画館のスクリーンの前に取り戻すという闘いには。それは、こういう形でしか出来ないと思う。方向性としては大いに正しいし、食い合うとか埋没するとかも、あるかもしれないけど…

――そこは、ありませんと言わなきゃ(笑)

神谷:あるかもしれないけど、全体のパイを広げていく方向はできると思います。

(10月14日 西新宿の東京フィルメックス事務局にて)

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