【陸前高田h.イマジン物語 #13】三陸に店を開いて20年を迎えた年の暮れ、「それも通過点」 

【連載:陸前高田 h.イマジン物語】東日本大震災で店舗が流出し、2020年に復活した岩手県陸前高田市のジャズ喫茶「h.イマジン」。ジャズの調べとコーヒーの香りに誘われて、店内には今日も地域の人々が集います。小さなジャズ喫茶を舞台に繰り広げられる物語を、ローカルジャーナリストの寺島英弥さんが描きます。

碁石海岸の初代の店から数えて… 

「20周年といっても、たまたま通過点。身構えるようなことは何も考えてないよ」 

2023年12月初めに再訪した陸前高田市のジャズ喫茶「h.イマジン」。カウンターの向こうの冨山勝敏さん(82)はいつもの笑みを浮かべて語った。 

現在の店は、11年3月11日の東日本大震災の津波で2代目の店が流された後、往時の街の跡を市が復興土地区画整理事業で海抜12.5㍍まで嵩上げ(土盛り)工事をして生まれた土地に、20年に再建された(オープンは同年9月)。 

2020年9月、陸前高田市の本丸公園のふもとに再オープンした「h.イマジン」=2023年12月1日

冨山さんが言った「20周年」とは、東京の大手ホテルグループを定年退職し、第二の人生の地を探して三陸の風光に魅了され、大船渡市の景勝地・碁石海岸に最初の「h.イマジン」を開いてからの歳月。「初代の店」を開いたのが03年12月20日だった(いきさつは『【陸前高田h.イマジン物語⑥】追想、ログハウスの初代の店 | TOHOKU360』参照)。 

初代の店は、「初めて見た時は古く中はボロボロ、屋根には白いペンキで『軽食喫茶』と書かれていた。でも、バブルの頃の建物だったろう、カナダ産の木材のログハウスで、現地から職人が来て組み立てたそうだ。気に入って、1300万円で買った。たった一人で新たな内装をしたんだよ」 

冨山さんは風来坊さながら、商売っ気もなかった。「クリスマスの季節なのに、どこにも告知をせず、たった一人でオープンを迎えたんだ」。元ホテルマンの経験とセンスで始めた店は、絶景の観光スポットという立地、そしてマスターの人柄も加わって女性客をまず集わせ、多くの常連客を生んだ。それから6年余り後の10年2月、突然の不審火で全焼するまで(その顛末は『【陸前高田h.イマジン物語⑦】初代の店焼失、「でも何とかなるさ」 | TOHOKU360』に詳報)。 

ささやかな記念パーティーを企画  

それから20周年を前にした夜、「h.イマジン」の名物料理、手製ハンバーグ定食を注文した筆者は、冨山さんに感慨を問うてみた。ところが答えは…。 

「過去に触れて思い出を話すことに、ぼくは興味がなくてね。“懐かしいね” という会話が苦手なんだよ。たまたま、そうなって、こうなった今が『通過点』。いつだってね」 

それでも記念日を祝う、ささやかなパーティーを冨山さんは温めていた。「この20年に出会ってきた『この人ならー』という、ごくごく親しい間柄の人に集まってもらってね」 

なじみのお客さんと「20周年」を語る冨山さん=陸前高田市の「h.イマジン」

〈東京⇒三陸気仙漂着20周年記念&クリスマス&忘年会、自由参加party 2023年12月16日〉 

 こんなチラシも手作りしていた。そのパーティーの呼び物はジャズミュージシャン「YUKI & FATS」(Welcome to YUKI&FATS Official Web Site (yuki-fats.com) )。盛岡市を拠点に活動しているピアノとギターのデュオで、「2年くらい前に突然やって来て、店を気に入ってね。それから時々ライブをしてくれるんだ」。 

そのパーティーで初披露しようと、冨山さんがひそかに準備していたものがある。肉もソースも美味なハンバーグ定食を平らげた後の宵、筆者が聴かせてもらったのが、客席の奥に置かれたピアノの音(ね)だった。 

セピアのライトを浴びて冨山さんが弾き出したのは、ジャズの名曲『オール・オブ・ユー』。鍵盤をなぞる両手の指から思いもよらず、味わい深いメロディーが流れだした。「ピアノ、弾けたんですか?」と筆者は質問してしまった。 

冨山さんは、仮設住宅で店の復活を思い描いていた頃、居室でアルトサックスを練習していた。「閑だからね」と言いながら、初心者からの挑戦の末に地元陸前高田市のアマチュア吹奏楽バンドに入るまでになった。その記憶よりも、ピアノはもっともっと上手だった。 

練習わずか3カ月、名曲をピアノで 

「練習し始まってから3カ月なんだ。思い立って、ビギナー用のジャズ名曲集の楽譜を取り寄せてね」と冨山さん。『オール・オブ・ユー』で引き終わりじゃなく、次に『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』、さらには『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム(いつか王子様が)』と、予期せぬピアノ演奏は続いた。 

「最初の『オール・オブ・ユー』は2カ月、必死で練習したよ。お客さんが来ない間は、朝も昼も晩も。メロディはなぞれるけど、和音を鳴らす左手は難しく、筋肉がこわばった」 

楽しげにジャズの名曲を奏でる冨山さん=陸前高田市の「h.イマジン」

独習で1曲目を何とか弾けるようになると、指が自然に動きを学んで、音符も見慣れてか、2曲目、3曲目と驚くほど楽に弾けるようになったという。 

「20周年のパーティーで、みんなをサプライズさせてやろう。『いつか王子様』なんか、ビル・エバンスの弟子みたいに弾こうかな」と笑いながら、わくわくと当夜のライブを楽しみにする冨山さんだった。 

ところが後日、パーティーは中止になってしまう。駆け付ける予定でいた筆者のフェイスブックに知らせが届いた。 

〈マスター咽頭風邪体調不良(医師の処方箋5日分 今回のイベントは残念ながら延期します。お騒がせして申し訳ありません。〉 

幸いに冨山さんの体調はほどなく戻り、20周年の集いは、2024年の始まりの楽しみになった。「h.イマジン」との日々の物語も続いてゆく。 

*本連載は次回、東日本大震災から1年後のエピソードから再開します。 

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