【連載:陸前高田 h.イマジン物語】東日本大震災で店舗が流出し、2020年に復活した岩手県陸前高田市のジャズ喫茶「h.イマジン」。ジャズの調べとコーヒーの香りに誘われて、店内には今日も地域の人々が集います。小さなジャズ喫茶を舞台に繰り広げられる物語を、ローカルジャーナリストの寺島英弥さんが描きます。

寺島英弥(ローカルジャーナリスト)】2011年3月11日、東日本大震災の大津波で手塩に掛けて造ったジャズ喫茶、2代目「h.イマジン」を開店後3カ月足らずで流された冨山勝敏さん。避難生活を送っていた陸前高田市立一中の体育館で、そこに至る半生の回想を聴かせてくれた冨山さんに、思いもかけぬ応援が届き始める。

冨山さんの決意が反響呼ぶ

〈陸前高田市で経営するジャズ喫茶店を津波で流され、河北新報の「ふんばる」(1日付)で紹介された店主の冨山勝敏さん(69)に、「中古レコードを送りたい」との支援の申し出が相次いでいる。寄贈の希望はこれまでに計800枚近くに上り、避難所で暮らす冨山さんは再起への励ましに感激している。〉

避難生活がひと月余りを数えた4月18日、河北新報の社会面に載った筆者の記事だ。何もかもが失われた店の跡で、たった1枚残ったジャズのレコードを手に毅然と立つ冨山さんの写真と、「これからしばらく、みんな苦労の日々が続くけれども、心を癒せる場所をつくるのが次の仕事だ」という談話が反響を呼び、応援が寄せられたのだ。記事は当時、同紙のオンラインニュースのほか、全国の地方紙に転載された。送り先を問い合わせるメールを職場に送ってくれた支援者の何人かの声を、編集委員をしていた筆者は電話で聴いた。

「ブログで出会った友人が陸前高田におり、店も家も流され避難所にいる。何ができるか悩んだ時、『癒やしの場を再びつくりたい』という冨山さんの話が響いた」。神戸市の広告代理店で働く30代の女性で、集めた100枚余りのジャズやポップスのレコードを送る準備をしており、音楽好きな仲間にも応援を呼び掛けると語った。

「つらい状況であるほど、楽しみが日常に必要だ。店が復活する日のために、ジャズを100枚ほど役立ててもらえたら」。これは、東京新聞に転載された記事を読んだという都内の自営業の50代の男性だった。

「七転び八起き」人生の新たな転機

転載先の神奈川新聞には、「69歳の冨山さんにまた元気に立ち上がってほしい」と、ジャズやタンゴ、懐かしい日本歌謡など60枚余り寄贈の希望を寄せた横浜市の70代の女性もいた。同紙社会部にはこの時、9人の読者から計580枚の送付の申し出があった。

筆者の仕事机に送らせてきた段ボール箱もあった。持ち上げようにもずっしり重く、開けてみると200枚ほどのレコードが詰まっていた。送り主は高知市の薬店主の男性で、同封の手紙に「陸前高田の冨山さんに届けてほしい」とあり、筆者が車で運ぶことになった。寄せられた中古レコードやCDはこの時点で約800枚に上り、その後も寄贈の申し出は止まることがなく、避難所の冨山さんは隣の大船渡市の友人宅に保管を頼むほどだった。

「それからも、一人で300枚、700枚と送ってくれた人もいた。私も東京にいた頃、でジャズのレコードを集めており、世の中にすごいコレクターがたくさんいることは聞いていたが、その大事な収集品を私の再起のために送ってくれることに、ありがたい思いでいっぱいだった。それとともに、こりゃあ、是が非でも『h.イマジン』を復活させねばならんわい―と、もう後には引けなくなったよ。私の『七転び八起き』人生の新たな転機になった」

冨山さんはいま、陸前高田市本丸公園のほぼ同じ場所に再建した店で、多彩なジャズのレコードやCDに囲まれながら、こう振り返る。

相次ぎ、予期せぬ遠来の客も

またある日、避難所にあるテレビ局のクルーが訪れ、入所する人たちの声を伝える番組の取材。冨山さんは「陸前高田でジャズ喫茶をやっていました」と十数秒のコメントを撮られた。その放送を見たという中尊寺(岩手県平泉町)のお坊さんたちと、寺に縁のある東京の音楽関係者が昔の蓄音機と78回転レコードを持参して現れ、「ぜひ冨山さんのお手伝いをいただけたら」と、避難所での「蓄音機コンサート」を提案した。

その日のうちに、市立一中の教室を借りて、東海林太郎や石原裕次郎らの流行歌、「テネシーワルツ」や「トロイメライ」などを入所する人たちに聴いてもらい、それから陸前高田、大船渡両市内の避難所を巡って5回ほど続いた。音楽が、ジャズ喫茶のマスターを呼び戻そうとしているかのようだった。

そうして避難生活中ながら、冨山さんをさまざまな遠来の客が訪ねてくるようになった。5月に入って迎えたのは、横浜市のジャズ喫茶関係者という女性だった。その突然の訪問が、冨山さんの「再建」への夢を大きく弾ませる。(次回に続く)

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