【文/写真・土井敏秀=秋田県男鹿市】方針は、はっきりしていた。「農業に携わったことがない。機械がない。資金もない。それでも、自分が食べるぐらいの米は作りたい」。
男鹿市北浦に暮らす3人の女性がことし、自らを「素人農業の実験台」にして、稲作に取り組んだ。10㌃弱の田んぼを借り、食用だけでなく、稲ワラ細工に使う茎の長い品種など、8種類の稲を植えた。無事、1俵(60㌔)の収穫を終え、冬を迎えた今、3人は友人たちと一緒に、ワラを編み正月のしめ飾りを作っている。
「コメから芽が出てくるのが驚きだった」
男鹿の観光施設「なまはげ館」に隣接して「里暮らし体験塾」がある。この塾のスタッフ福留純枝さん(37)は6年ぐらい1人で、自然農法(農薬、化学肥料を使わない農法)による野菜作りを続けている。3年前からは、独学で稲作も試みてきた。今年はコーヒー店スタッフ池内和美さん(42)、地域おこし協力隊員瀧口麻美さん(32)の2人が加わった。「やりたくて始めたので、ひとりでやるのも楽しかったが、仲間がいるのはありがたい」と福留さん。「コメ作りの過程をきちんと踏んでいきたかった。すると、この過程が大変なので、機械を使うようになったんだ、と分かるし、人力だけでできるかもしれない」と続けた。
池内さんは「コメから芽が出てくるのが驚きで、新鮮だった。コメが生き物なんだと実感できた。オタマジャクシがカエルになるとこも見られたし」と笑顔を見せる。瀧口さんも「夏場の草取りは暑くて大変。でもあんまりやらなかったね」と苦笑い。
若者を稲作のプロに育て上げる地元の「応援団」も
時々、友人らの手伝いもあって、足ふみ脱穀機や古いもみすり機を使っての、収穫までこぎつけた。3人の応援団を自認する農業畠山富勝さん(68)は「みんなよそから北浦に来てくれ、ここを気に入っているのが伝わってくる。だから応援する。まだ農業が仕事になっていないが、長い目で見守っていきたい」と話す。畠山さんは、ほかの人がやめた田も耕している。息子2人のほか、慕って来た若者も稲作のプロに育て上げた。田を耕作放棄地にしないのは、自給自足をしたいという若者が来たときに、田を用意しておくためでもある。「違う環境、違う価値観で生きてきた人たちを育てるのは、自分の子を育てるのとは違ってくる。地域全体で応援していくことが必要」と熱を込めた。
「一緒にやる人がいれば、原始的な農作業ができる」
里暮らし体験塾は、男鹿の生活文化を次世代に継承するための施設。自給のための知恵と技を、体験を通して引き継ぐのを目的としている。今年はコメや野菜を栽培しただけでなく、近所の人が届けてくれた柿を干したり、大根を燻して「イブリガッコ」を漬けたりもした。福留さんは「一緒にやる人がいれば、原始的な農作業ができることが分かった。農業をやったことがない人でもできる農業。小ぢんまりがいいんです」と強調する。
大きなプロジェクトではない。男鹿半島のあちこち「小ぢんまり」が点々と―。そんな光景を思い浮かべると、たくさんの笑い声が聞こえてきた。