【連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。
【土井敏秀】捷昭さんの船外機付き小舟は、孫の名前を借りて「迅丸(じんまる)」という。この船には2台の船外機のほかに、ソーラーパネルを1枚つけている。これで作った電気で、網上げ作業だけでなく、演歌のⅭⅮなんかをかけるのだ。それも海の上で、大音量で。そんな発想は、20年以上続けてきたリサイクル工房から生まれた。工房は港近くにある平屋の作業所。かつては漁業協同組合の「荷捌き場」だった。「絆」「絆小屋」と、黒ペンキで大書してあるので、場所はすぐに分かる。
作業所の中では、引き取った古い電化製品や、ハマの数か所にゴミ箱を置き、収集している各種道具、金属類など「捨てられたもの」が、きれいに仕分けされている。古くなって故障した電気製品を「持って行って」と声もかかる。それを他の道具に作り直したり、部品ごとに取っておいたりしているのだ。例の「出所不明の格言」を、あちこちに貼り、自分自身に言い聞かせているのか、気に入った言葉を楽しんでいる。壁には本人の手書きで「忖度」(2017年の流行語大賞のひとつ)
「それなあ。(公文書偽造問題で役人が内閣の不都合な事実を隠そうとした、文書改ざんが発覚したとき)散々使われた。今年の大賞はこれで決まり、と思ってすぐ書いたんだ。日付もあるだろう。年末に選ばれる前に分かってた、という証拠さ。自信があったよ」
リサイクル工房の昔からの基本方針は「さがせ、必ず有る」。もともと機械類が好きで、この製品の中はどういう仕組みになっているのか、分解して調べる。それをまた組み立てる。足りない部品に気づく。その部品は作業所内に、絶対あると、まず自分に言い聞かせる。いつそれを、手にし、どこにしまったかを思い起こす。だから使う部品のほとんどは「地元産」。見つからなければ、今はインターネットで購入できる。
「どんな中古品でも、部品でも、安く手に入る時代だよ。そりゃあ、失敗もあったが、それだから正解に近づく。物は壊れてもらわないと、面白くない。それを直す喜びが、ま、おれの趣味。いいねえ。趣味だから、使えるようにしても、金なんかもらわれね。古い掃除機を直して、いらない、と言われれば自分で、船のエンジンルームの掃除に使う。たとえタバコ代で買える部品でも、廃品を使って直す。いいねえ」。
「迅丸」が、冬場に採る海藻アラメコンブをちょっと積んで帰ってきた。「家で食べる分だけだよ。千切りにして味噌汁に放せば、いい香りがする。少し持っていけ」。迅丸を、波打ち際から斜度のある舟着き場に引き上げるには、舳先に結んだロープを使う。ロープのもう一方の先は、一目で古いとわかる小型エンジンとつながっている。「どっどっどっど」と、ロープが巻き上げられる。「もう何十年も前のだ。修理すれば、いつまでも現役だよ。いいねえ」。この「いいねえ」で、「捷昭ワールド」に引き込まれてしまう。
「断捨離」がブームになり、「もったいない」にブレーキがかかる時代になっても、そんな世の中の移り変わりとは無縁。捷昭さんは漁から帰ったばかりでも、時間が空けば、作業所に詰める。この連載の1回目に載せた、宮沢賢治の名を標榜して書いた「詩」を、最後にあらためて読もう。
「雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ 夏のアツサニモ 欠シテオコルコトナク 村ノ仕事をシテル人を見れば手伝い 困っている人が居れば助ケ会い コノ村ニねむるナラ 少しデモ村のタメニ 私はそう言う人に成りタイ」
次回からは、菅原繁喜さんの物語になります。(次回は3月18日掲載予定)
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