【連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。
【土井敏秀(もの書き)】2001年(平成13年)に閉校となり、国の登録有形文化財となった旧加茂青砂小学校は、「加茂青砂ふるさと学習施設」(男鹿市戸賀加茂青砂)と名称を変えて、保存されている。2階建ての木造校舎と体育館。この施設の裏手にある里山の段々畑は、耕す人もいなくなり、さまざまな草が覆いつくし、かん木が生い茂っている。そこに2023年(令和5年)10月、草を刈り、スコップで掘り起こす「開墾」の手が入った。秋田県立大学のプロジェクトチームの酒井徹准教授と学生が、集落の課題の一つ「耕作放棄地」対策に取り組んでいる。集落から約1㌔離れた県道59号男鹿半島線沿いにある「元の畑」も、「境界なき土起こし団」(齊藤洋晃代表)が、開墾を始めたばかりである。
一つの「限界集落」に人が集まる。一方は大学の地域研究の一環として、もう一方は「開墾の体験教室」の参加者が学びの場として。どちらも集落外の人たちが作業を進めている。住民は、この地での暮らしを伝え、新住民が来ればいいな、とばくぜんと思い描いている。ひょっとして……。「限界」の烙印を押されている集落は、こんな形で暮らしの新しい在り方を、作り上げていくのではないか。限界集落だからこそ、「発展」とも違う将来の可能性を秘めている。それを求めて人が集まってくる。「土起こし団」の体験教室で講師を務める、農園主齊藤洋晃さんの言っていたことが当てはまるのではないか。「ムラは『群ら』ですよね。群がった方が有益で快適で面白いから村になるんですかね」
斎藤さんは、耕す意義をこう続けた。「農家の仕事って、野菜を収穫することではないんです。それは農家じゃなくてもできます。むしろ『種を播くこと。そして、草をとること』なんだと思います」。それはどういう意味ですか? 「土に希望を込めること。そして畑を清く保って実りに導くこと」と言い切った。聞いている途中で、背筋を伸ばした。種を播くことが土に希望を込めるなら、開墾することそのものが、耕作放棄地に希望を込めることになる。
話は続く。「草は何をやったって生えてきます。除草剤で根まで枯らしてもダメです。翌年にはまた群がってきます。人工物には毎日、ほこりがたまっていきますよね。それと同じ。掃いたり拭いたり掃除をするんです。神社の神聖な雰囲気って、毎日掃き清めているからだと思います。畑だってそういうふうにしていれば、清々しい雰囲気をまとってきます。上手な農家のクワさばきを見ていると、どこか神官さんの掃き掃除の姿に似ていますよ。すごくきれいです。草取りというのは、そういう意味というか、価値がある気がします」
畑を途中で投げ出した人間は、こういう境地には達しない。田んぼ、畑は人工物である。だから、周りの自然環境とどう折り合いをつけているか、その人の生き方までが、見る人が見れば分かるのである。
元小学校の2階からは、大きな窓越しに裏山の様子が見渡せる。かつて通っていた子供たちは春になると、菜の花の黄色が段々になって青空にまで上って行ったのを、目にしていたのだろう。ジャガイモの小さな、淡い紫や白などの花も見ていたに違いない。学校はその環境の中に建っていた。
その情景が浮かぶからかもしれない。酒井さんは旧小学校裏手の開墾に力を込める。10月中に畝を立てニンニクを植える計画を立てている。
旧小学校の海側の場所には、近くに住む鎌田キエさん(93)らの小さな畑同士が寄り添っている。ダイコン、キャベツ、ブロッコリー、仏壇用のキクなどがグングンと育っている。ここは昔、田んぼだったという。持ち主がやめたため代々、畑として借りてきた。キエさんが3代目。一時期だれも借りていなかったため、その放棄地をキエさんが開墾したのだという。「畑は私の生きがい。耕せなくなったら私じゃなくなる」と笑う。
周りの人たちはキエさんを「キカネひと」と呼ぶ。「負けず嫌いの頑張り屋さん」という意味だ。86歳までカンカネ洞の峠を、上り下りして越えた先にある、海沿いの畑を耕していた。小柄な体で肥料、収穫したジャガイモ、玉ネギを背負って、である。昔は肥え樽を下げた天秤棒を担いで、だった。「海風のお陰だね。ジャガイモも玉ネギも、すごくいいものが採れた」。その喜びが今も畑に向かわせる。
旧小学校を挟んで、海側には畑を作り続けているキエさん、学校裏では開墾し畑を耕そうとしている酒井さん。ふたりは「加茂青砂の暮らし」が、新しい形に踏み出そうとしている同じ時代で、クワを手にすれ違い、あいさつを交わしている。
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