【加茂青砂の設計図】地域資源から特産品を。秋田県立大学の大学生たちが試行錯誤

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

少しでも集落存続の力になりたい

【土井敏秀(もの書き)】久しぶりの秋晴れに恵まれたその日、青い空がどこまでも高く、凪の海には澄んだ青が、水底まで届いている。ゆっくりと坂を上り、県道59号男鹿半島線から半島西海岸の一隅・加茂青砂集落が見渡せた。弓状の湾内の海岸線約1㌔に沿って建ち並ぶ家々の情景は、古文書の絵図を見ると180年前とさほど変わりがない。今、57世帯、86人(2023年=令和5年=8月31日現在)がいる集落には、500人で沸き返っていた時代、30頭もの馬を共にする暮らしがあった。道端に腰かけ、そんな思いにふけっていると、時折忘れかけていた潮騒がかすかに聞こえる。いいなあ。そう、いつの時代も人は移り住み、いつかまた見知らぬ人がやってくる。

9月上旬、耕作放棄地を開墾する「境界なき土起こし団」が、体験教室を開いたのに続いて、下旬には秋田県立大学アグリビジネス学科地域ビジネス革新プロジェクトの一行15人(学生11、教員4)が、加茂青砂集落を訪れた。集落に入るのは3度目。今回は、「加茂青砂地区の課題と地域資源」をテーマにした2泊3日の「夏合宿」である。⓵舟に乗り、海から見る加茂青砂の魅力を探る②山ブドウの樹皮という自然素材を使ったストラップ作り③天然海藻エゴノリを材料にした「エゴ」作り―をメインに体験した。前回の7月には、ひとりひとりの聞き取り調査で、暮らしのありようを聞いていた。だからだろう。夕食を共にした交流会では、顔なじみのような雰囲気で会話が弾んだ。

学生が加茂青砂集落を対象に研究調査するのは、今年度と来年度の2年間である。今の3年生はその結果を、「プロジェクト活動報告書」や卒業論文にまとめる。このプロジェクトに進む下級生が、この地での研究を継続していくことも、視野に入っている。それが何代と続いたらどうだろう? 全国どこにでもある「限界集落」のひとつの行方を、見守ってくれる人たちがいるのである。それも暮らしの一部を体験したことを、体験だけでは終わらせない人たちである。加茂青砂の自然が育む産物を、特産品として売り出すには、どうしたらいいか。その試行錯誤につなげていく。

秋晴れに恵まれた加茂青砂集落は、清々しい青に包まれる

体験とは何か。「エゴ」を例に挙げる。素潜りなどで採ってきた海藻エゴノリ(エゴ草)をまず、砂利浜で天日干しにする。その天日の炎天下で、絡まっているほかの海藻などを取る。エゴノリが乾くと網状の大きな袋に入れて、端を絞る。波打ち際の岩場に持って行き、海水にさらす。袋を両足で踏む。色を少しでも落とすためである。海藻そのものはちぎれない。エゴノリでいっぱいの網袋が波に揺れる。これも色落としである。1時間ほどして、引き上げる。砂利浜に広げ干す。取り切れていない、ほかの海藻やオキアミなど(ゴミと呼ぶ)を、手やピンセットで地道に取る。汗が顔から滴り落ちる。乾いたらまた袋に入れて海水に浸ける。両足で踏む。それを何度か繰り返す。何日かけただろうか。茶色や赤紫の色がすっかり落ち、アイボリー色に輝く。この乾燥エゴノリは何年か保存がきく。

ふたつの体験教室。調理の前にエゴの「ゴミ取り」(手前)と、山ブドウ樹皮のストラップ作り

話を聞くのはここまで。学生が体験するのは次からである。1握りか2握り、紙に広げて「ゴミ」を取った後、鍋に入れて煮る。口当たりをよくするため、煮る前にミキサーにかける人もいる。煮立たせた後、焦げ付かないよう、ヘラでかき回しながら弱火で煮る。ここでもゴミを取る。この間約40分。弾力が出てくる。好みの大きさの容器に入れ、一晩冷やして固める。出来上がりである。

作業過程で学生が体験するのは「まるごと」ではない。ほんのわずかな工程。それでも、体験しなかった地味な作業の繰り返しに、具体的にイメージできて近づけた。市販の物をただ食べた人とは、わずかかもしれないが、別の感性が育っている。寒天ではない。餅でもない。エゴ独特の淡い海藻の香り、ニョゴ、プルリと揺れる歯ごたえ。一般的には、辛子酢醤油、甘味噌などをつけて食べる。ほとんどの学生にとって初めての味。マイナーな郷土食だが、この触感は多くの人に味わってほしい。なら、どんな味付けにして広めていくか。アイスクリームと合うんじゃないか。一つのアイディアが生まれる。ここから商品として実現するためには、道のりは遠い。ただ今回はそれを作った加茂青砂の人たちに相談できる。商品開発が住民とのコラボになる。

大学と住民の夕食交流会は、最初から和んだ雰囲気が続いた

学生の一人が言う。「最初はきれいな自然だけれど、古い家ばかりで、寂れた感じがした」。何度か訪ねてきて分かった。「暮らしている人たちが、ここを大切に思っていることです」。それを知ったのは、「何か手助けができることがあるんじゃないか」につながる。加茂青砂集落が継続していく設計図にひとつの、わずかな光が射す。

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