【寺島英弥(ローカルジャーナリスト)】「メサイア(救世主)」をお聴きになったろうか。キリストの誕生から受難、復活の物語を美しく壮大に歌う3時間近い大曲だ。ベートーベンの第九交響曲と並び、年の瀬の大合唱が風物詩になってきた。仙台市では1983(昭和58)年から毎年12月、途切れることなく「仙台メサイアを歌う会」の公募合唱団が歌い、今年で40回を迎える。東日本大震災やコロナ禍を乗り超え、今年も約100人が集う。12月3日の本番が間近の練習を訪ね、長年指揮を執る工藤欣三郎さん(81)らにメサイアの魅力、歌う会の思いを語ってもらった。
メサイアとゆかり深い仙台
バロック音楽の巨匠ヘンデルの作曲した「メサイア」は、独唱と合唱、管弦楽の53曲から成り、暗い世に愛と平安をもたらす救世主の生涯と栄光を歌う。英国や米国、ドイツなどではクリスマスの音楽として、12月になると大小の教会で歌われている。
仙台はメサイアとゆかりが深く、1938(昭和13年)に「仙台音楽協会」が宮城女学校新講堂で、曲を抜粋し初演したとの記録がある。終戦後の46(昭和21)年、孤児救済の慈善演奏会として尚絅女学院講堂で再演され、その3年後からは米軍キャンプの聖歌隊や仙台の合唱団の草分け、グリーン・ウッド・ハーモニーやローゼン・シュタット・コール、さらに東北大学交響楽団、NHK仙台放送合唱団などが年々続々と参加して、当時の市公会堂で年末の演奏会を盛り上げ、仙台市民にメサイアの音楽文化の種をまいた。=注・「仙台メサイア縁起」(仙台メサイアを歌う会編)より =
誰もが歌えるメサイアの魅力
気鋭の合唱指導者だった工藤欣三郎さん(合唱団『コール・ユーベル』など指揮)がメサイアの指揮を託されたのは84(昭和59)年。宮城県合唱連盟が年末のメサイア演奏の永続開催を目指し、第1回を電子オルガン伴奏、約50人の合唱で催した翌年だった。
「突然の指名だった。第2回演奏会は全曲ではなく抜粋だったが、手元に資料はなく、レコードを聴き、楽譜を勉強した。一つ一つの曲の譜面はシンプルなのに、音楽の中身、響きはすごく深い。指揮するほどに、びっくりするほどの発見があった」
研究によればヘンデルは超速筆で、宗教音楽の傑作になったメサイアの全曲をわずか24日間で作曲した。初演は教会でなく、市民層が集う劇場。楽譜には同時代のバッハの宗教曲のような緻密さ複雑さはなく、各パートの旋律は朗々たる美しい歌で、英語版の歌詞も短く平易。だが合唱すると、喜び悲しみの感情豊かでドラマチックな高み深みのある、大河のような音楽に包まれる。一度歌えば忘れられない感動を味わい、何度も歌いたくなる。バッハは信仰の音楽、ヘンデルは大衆のための音楽を書いた、といわれる由縁だ。
「その一番の例が有名な『ハレルヤ』コーラス。言葉もメロディーも分かりやすく、誰でも歌える。でも、これほど壮麗な美しさのハーモニーはない。今も全世界の人を感動させ、心を一つにつなぐ。メサイアが歌い継がれている理由だ」。工藤さんはそう語る。
それぞれの祈り込め歌う
11月下旬の夕刻、「メサイアを歌う会」の練習を訪ねた。太白区文化センターの会場に約60人が集い、工藤さんの指揮でメサイア終曲の「アーメン」コーラスを歌い始めた。
〈人類のため犠牲になった神の子羊にこそ、力と富、知恵と強さ、名誉と栄光、祝福がふさわしい〉という合唱を導入に、〈アーメン〉という短い祈りのフーガで宇宙的なスケールの大伽藍を築く。力強い希望の響きは第九の「歓喜に寄す」に匹敵しそう。合唱団には最終盤、全力疾走で高峰に挑む覚悟と集中、踏ん張りが必要。演奏会の出来を決める難曲だけに、工藤さんも笑いで緊張をほぐしつつ、難所の合唱を整え後押ししていく。
歌い切った後の爽快感、達成感とともに、団員もそれぞれの祈りを昇華させるという。メサイア演奏会に初期から参加する会長の工藤正剛さん(83)は「いつも心の中で世界の平和を祈って歌う。最後には涙がこぼれる」と言う。実行委員長の遣水初郎さん(75)は「一年一年、身近な人が亡くなってゆき、その人を想いながら歌う」と語る。40年の間に鬼籍に入った団員の仲間や応援者も少なくない。演奏会は、祈りと慰めの場でもある。
震災、コロナ禍の危機を乗り越え
団員公募で40年間、大きな演奏会を続けてきたこと自体が奇跡のようだが、現実には危機もあった。まず2011年の東日本大震災。常連のメンバーには津波や地震の被災者がいた。演奏会ができるかどうかの判断に加え、公共施設の被災で会場探しも難航した。しかし、実行委員会は同年12月17日、「東日本大震災の復興、再生を願って」の言葉をテーマに掲げ、幸いにも復旧が早かった市青年文化センターで29回目の演奏会を敢行した。
「今年はぜひ歌わせてと、120人も参加してくれた。誰もが心に傷を負い、『何かをしたい』思いがある。聴衆も歌う側も震災の当事者であり、苦難からの復活という曲の精神を分かち合いたい」と工藤さんは、当時河北新報記者だった筆者の取材に答えた。
そして一昨年。コロナ禍で今度こそ中止を含めて検討されたが、同市青葉区のカトリック元寺小路教会が唯一、演奏会場を提供してくれることになり、合唱団にも約60人が応募。無観客、マスク着用の上、独唱なし、15曲だけ合唱曲の抜粋の形で演奏を行った。オルガンと共に信徒席で声を合わせた団員の歌は、ひたすら平安を祈る原点の響きだった。
新しい仲間たちが歌の元気に
「コロナ不安が続く中、今年の団員は97人。福島の『メサイアを歌う会』からも11人が参加してくれ、私の郷里の秋田からも。バリトンソロを歌う声楽家で、仙台三桜高校の佐藤亮先生の合唱部の教え子の方々も歌ってくれます。毎年新しいメンバーとの出会いが、仲間と歌を元気をしてくれます」。こう語るのは、副指揮者の佐賀慶子さん(合唱団『グラン』など指揮)。「40回記念で、ソリストも全員、工藤先生と縁のある宮城の出身者がそろいます。久しぶりにフルメンバーの華やかなステージになりますよ」
本番では、ソリストに佐藤亮さんのほか、メサイア演奏会ではおなじみの菅英三子さん(ソプラノ)や高山圭子さん(アルト)、渡辺公威さん(テノール)、伴奏に仙台フィルハーモニー管弦楽団の有志ら「仙台メサイア室内アンサンブル」、チェンバロの粟田口節子さん、オルガンの渡辺真理さんら名手が顔をそろえる。「先行きの見えぬこの時節、心から平安を求める人々がメサイアに集い、豊かな時間を共にできると願っています」と佐賀さんは語る。
*演奏会は12月3日、日立システムズホール仙台(市青年文化センター)で午後1時開演。入場料3000円。問い合わせは、090(2980)9854(遣水さん)。詳細は「仙台メサイアを歌う会」ホームページ
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