私の人生を変えた一冊① 建築家:小山田陽

【文・写真/相沢由介通信員=仙台市】この連載では、一冊の本と交わしたコミュケーションから、様々な人たちの人生に迫ります。
第一回目は、宮城県仙台市で建築デザイン事務所『H. simple Design Studio』を営む建築家/デザイナーの小山田陽(おやまだあきら)さんに話をうかがいました。

◆振り子の真ん中で迷い、揺れる。そんな自分を強く肯定してくれた一冊
『建築の多様性と対立性』R・ベンチューリ著 伊藤公文訳

 とにかく建築家というのは、白黒はっきり決めなきゃいけない。決断の連続なんです。この本に出会った当時、僕は大学四年生。決断するために強い自分でなきゃいけないという風に思っていました。
 でも、内心で気づいてたのは、自分は本当は曖昧な人間だということ。二者択一の決断を迫られたときに、どっちがいいかなってすごく迷う。迷って迷って、結局はどっちかを選ぶんだけど、捨てる方の良さもあるわけですよね。だから、建築家に向いてないのかなという気持ちも実はあったんです。

 建築家の富永譲先生の研究室に入って、そのゼミで読書会をやることになりました。富永先生が一冊本を選んで、それを一章ずつ、一人の生徒がじっくり読み込んでプレゼンするという形式で、その一番最初の一冊目が、この『建築の多様性と対立性』でした。そして、「じゃあ小山田くんがまず一章目ね」ということになって。
 第一章は、「ひとひねりした建築、穏やかなマニフェスト」というタイトルなのですが、ここがまったく穏やかじゃないんですよ(笑)。すごく熱いことが書いてあって、僕はそこにすごく感動した。

私は、「純粋なもの」より混成品が、「とぎすまされたもの」よりおり合いをつけたものが、「単刀直入」よりねじれまがったものが、「明確な接合」より多義的で曖昧なものが、非個性的であるとともにひねくれており、「興味深く」同時に退屈で、「デザイン」されたものより紋切型が、排除せずにつじつまを合わせてしまったものが、単純より過多が、革新的でありながら痕跡的であり、直接的で明快なものより矛盾にみち両義的であるものが、好きだ。私は明白な統一感より、うす汚れている生命感に味方する。私は不合理性を容認し、二重性を唱えようと思う。
私は意味の明晰さより意味の豊かさに、外にあらわれる機能より内にかくれた機能に味方する。私は「二者択一」より「両者共存」が、黒か白かというよりは黒も白も、時には灰色が好きなのだ。価値のある建築は、いろいろな意味のレベルや、視点の組み合せを喚起する。その空間や要素は、様々な読まれ方、働き方が同時に可能なのである。
ー「建築の多様性と対立性」第一章より抜粋ー

 要は、一つに絞っちゃうともう一つを排除しなきゃいけなくなる。でもそうじゃない。建築家は、単純に見て相反するものでも、必要ならそれらを共存させるために努力しなきゃいけないってこの本は言ってるんです。どっちも選ぶという方法は無いのかと。
 いつも迷ってばかりの僕を、むしろそれこそが建築家だって言ってるわけですよね。それがすごい衝撃的で。しかも、めちゃくちゃカッコよく書いてるから(笑)。だからすごくね、救われたんですね。

 設計をやると大概、一つの物件で何度も、AかBかどっちか取らなきゃいけないみたいな選択を求められます。一番ありがちなのは、お客さまからの相反するご希望ですね。例えば、ある別荘地で設計を任されたとき、眼下に広がる眺望が欲しいけど、かといって周りから見られたくはない・目立ちたくないという、一見矛盾するご希望があったんですね。
 じゃあどうしたかというと、建物を半分地面に埋めて周囲の木々を慎重に枝払いし、木々の間からの眺望を楽しめるようにしたんです。結果的には、目いっぱい広がる眺望にはない趣のある眺望になって、むしろそれを喜んでいただけました。
 イメージとしては、AとBを結んだ直線上の間で妥協点を探すんじゃなくて、直線上ではない二次元的な広がりの中にAとBの間を取るという感じです。お客さまの2つのご希望は、表層的な部分だけを見れば対立していますが、その上位にそれぞれ本質があって、それら本質どうしの間を取るって考えると、納得行く答えが出る可能性があるんです。

 ウチの屋号の『H. simple Design Studio』は、「本質をシンプルにデザインします」という意味です。 AとB、両者が納得する間を取るために、何かアイデアを考える。そのために事の本質が何かを見極めなきゃいけない。それはこの本を通して富永先生に教わった、僕にとって本当に大切にしたいことなんです。