9月11日、被災地の10年伝える新曲を全国へ 多賀城で、祈りと励ましの演奏会「レクイエム・プロジェクト仙台2021」

寺島英弥(ローカルジャーナリスト)】「レクイエム(鎮魂曲)・プロジェクト」。東日本大震災の後、2013年から仙台市で毎年催されている、犠牲者の追悼と生きる者への励ましの合唱コンサートだ。

主宰者は作曲家上田益(すすむ)さん(65)=東京在住=。関西出身で、阪神・淡路大震災(1995年)の後、神戸市で鎮魂と再生への希望の祭典、「神戸ルミナリエ」の音楽を99年から担当し、そこから大災害のあった被災地と広島、長崎など被爆地、そこの人と人とをつなぐレクイエム・プロジェクトを発展させ、これまで仙台をはじめ全国10か所に演奏の地を広げてきた。

ただのコンサートではない。その場所ごとの住民から「歌の語り部」に当たる合唱団を組織し、地元の詩人らと組んでオリジナルの合唱曲を作り、それぞれの地の演奏会に他の地域の合唱団員たちも参加し、悲しみを忘れず励まし合う人のつながりを育ててきた。

大震災から10年を迎えた今年、多賀城市文化センターを会場に9月11日に初演されるのが、上田さんの新作、合唱組曲『また逢える~いのちの日々かさねて~』。そこに込められたものは何か。新型コロナウイルス蔓延の中での「人のつながり」はどうなったのか。被災地から全国へ、震災10年の「レクイエム・プロジェクト」が伝えたいメッセージとは? 

9月5月、本番前の最後の合唱練習のために来仙した上田さんに聴いた。

神戸の震災が生んだ演奏会

―レクイエム・プロジェクトを始めたきっかけは何でしたか?

私は94年の秋、仕事の拠点を関西から東京に移したのです。年齢的にも人生の転機を求めたわけですが、明くる95年1月17日に阪神・淡路大震災が起きた。その1週間前に神戸におり、昔から慣れ親しんだ街だった。それが一瞬にして被災した姿を、東京からテレビで傍観者のように見たのです。その衝撃が根底にあって、作曲家の自分にいったい何ができるのか、東京で懸命に仕事をしながら模索をしました。

その年の暮れから「神戸ルミナリエ」が始まり、99年になって、被災者でもあった、ある人からルミナリエの音楽の制作担当になり、ぜひ作曲をしてほしい、と依頼があった。それがきっかけでした音楽を書き続けながら、ライフワークになるのでは、という直感があった。震災から10年の2005年から、私はプロの音楽家たちと無料の追悼コンサートを始め、そこで「被災した人たちは10年たっても心の重い傷は消えることはない。自らが歌える場をつくりたい」と考えた。そうして始まった「追悼コンサートいのりのとき」が、レクイエム・プロジェクトの前身になりました。

「被災地の声を全国に響かせたい」と語る上田さん=2021年9月5日、仙台市の太白区文化センター

―それが、どのように全国に広がったのですか?

2010年の節目には大きな規模の追悼コンサートを開き、その時に「コンサートをこれからどうしたいですか?」と参加者たちに尋ねました。すると、8割近くの人が「ぜひ続けたい」と答えてくれた。私はそれに力を得て、「継続するのであれば、日本にはいろんな自然災害や戦災に傷ついた地域が多く、そうした被災地とつながっていけるなら、継続していく意味があるのでは」と提案し、それから現在のレクイエム・プロジェクトに発展しました。

神戸から、関東大震災や先の大戦での大空襲やがあった東京、沖縄戦の犠牲者を追悼した那覇、水害で多くの人が犠牲になった兵庫県佐用町、そして原爆被爆地の長崎、広島へと広がりました。土地土地の歴史と体験は異なるもので、それぞれの人の思いを一つにするのではなく、重ね合っていくことを大切にしようと考えました。

「地元」から発信される祈りの歌

―2011年3月11日には東北で大震災が起きました。

かつてない大災害に胸を痛め、何かをしなければ、と3月中に緊急チャリティーコンサートを兵庫県佐用町、神戸で催し、そのころツイッターで「詩の礫」を連日発表していた福島市の和合亮一さんとも連絡を取り、レクイエム・プロジェクトの新作への詩を依頼しました(混声合唱組曲『黙礼』として10月に東京、翌年3月に福島市で演奏)。岩手県野田村の支援をしていた大阪大学の渥美公秀教授の縁結びがきっかけで地元の合唱団「コールさわらび」、詩人宇部京子さんと出会い、3年後に「北いわて」での毎年の活動が始まりました。南相馬市でも同じ年に演奏会を開きました。

ただ、それまで仙台の音楽家には一人も知り合いがいなかった。きっかけは偶然でした。2012年6月に沖縄でオーケストラとの初めてのコンサートを催した折、当地に避難中だった仙台のバイオニストの方から「ぜひとも仙台でも開いてほしい」と言われて、仲間のバイオリン奏者を紹介され、それがきっかけで仙台の合唱指揮者、工藤欣三郎さん(80)に仙台の実行委員長、指導者として参加をいただき、12年2月には合唱団を募りました。仙台での第1回「レクイエム・プロジェクト」演奏会の実現はその年の11月でした。

―毎年、各地で演奏されてきたのが上田さんの自作の合唱曲ですね。

はい、神戸の15周年の追悼コンサートで初演した私の「レクイエム~あの日を、あなたを忘れない~」が始まりでした。神戸のために私自身が鎮魂曲を作らねばと思ったのです。この曲は、西洋音楽のレクイエムと同じラテン語のテキストを借りて書きました。日本語では、あまりに生々しく感じられ、とても難しいと思ったから。ラテン語に訳した私のメッセージも込めました。そのうちに、聴いた人から「日本語のレクイエムはないのですか」と問われるようになり、考えていた時に東日本大震災が起きた。和合さんに書下ろしを依頼した『黙礼』が東北のプロジェクトで初の日本語作品になりました。

―被災地から発信される祈りの歌なのですね。

大切なのは、地元で実際に被災し現地の歳月を歩いてこられた当事者が書く言葉の重みです。音楽にも背景の深い表現を与えてくれます。それぞれの被災の体験、状況は違いますが、それぞれの地域の人々が歌い合うことで共感も連帯も生まれます。ですから、レクイエム・プロジェクトの活動をしている全国各地の合唱団の人たちは、お互いの演奏会の曲を練習し、駆けつけて一緒に歌います。それが大事なのです。互いに訪ねることで、それぞれの被災地を見て体験を知っていきますから。

コロナ禍を乗り超え仲間集う

―その「つながり」づくりが、コロナ禍という壁にぶつかったのでは?

まず、昨年4月から3カ月間、全国一斉に活動を停止せざるを得ませんでした。でも、それでは一番大事な「心」の部分を喪失してしまいますから、場だけは温めておき、7月からは戻れる人から練習を再開しました。新たに「ZOOM」も取り入れ、遠く離れた各地の練習の様子も見られるようになって、心の距離が縮まった面もある。思わぬプラスのきっかけになったと思います。コロナ禍なので怖いからやめます、というのは簡単ですが、皆さん、戻ってこられた。思いがより強くなったと感じます。

―東北の震災10年の9月11日は、どのようなコンサートになるのですか?

合唱団には67人が参加します。東京や神戸、広島、長崎からも有志が参加してくれます。もちろん、会場も個々人でもしっかり予防の対策を取ってです。

神戸では震災から13年たってから(レクイエム・プロジェクト)が始まりました。震災から数えれば26年になります。災害が起きてから、すぐにプロジェクトが始まった被災地は、東北が初めて。それは、とても濃密な大きな節目です。神戸でのように、その10年を共に超えて歩んでいくことで、このプロジェクトの役目や意味を少しでも感じていただけたら、と思います。そのために、この仙台から発信する曲を作って、みんなで共有したいと考えました。 

レクイエム・プロジェクト仙台合唱団の追い込み練習をする上田さん=2021年9月5日仙台市の太白区文化センター

―(この取材をした)9月5日の地元紙・河北新報朝刊には、11日のレクイエム・プロジェクト開催の紹介記事が載り、合唱のあるメンバーは10人もの知人から「聴きに行くよ」と電話をもらったそうです。コロナ禍の中でも、この東北には10年たとうが、震災の共有体験を大切にし、互いに心をつなげたい思いが強いのだと思います。

うれしいですね。今回初演する『また逢える』は、これまでのように詩人ではなく、地元の被災地を歩いてきたジャーナリストに新作の詩を依頼しました。18年から、指揮者の工藤さんに書き手捜しをお願いしたのですが、そこで紹介されたのが、いまインタビューしてくれている寺島英弥さんでした。震災発生以来、被災地を取材で歩いてきた人は、たくさんの人の声を聴いてこられたと思う。震災10年とは何か、を共有してもらう音楽に必要なものがすべてあるに違いない、と直感しました。

被災地の肉声伝える『また逢える』

―新しい合唱組曲『また逢える~いのちの日々かさねて~』は、筆者が見た震災直後の古里の浜の『喪失』の風景、津波で店を流されたジャズ喫茶主人が「憩いの場をまたつくろう」と立ち上がる姿、わが子を津波で亡くした母親の「魂になって、また逢える日まで生きよう」という思い、天明の飢饉を生きた先祖を胸に「荒廃した土を次の世代のために」土を耕す農家の決意―の四つの詩から成り、すべて被災地で出会った人たちの肉声です。上田さんが死の淵の深い悲しみから、力強い再生の希望に至るまでの曲を書かれた。

詩人の婉曲な表現とは違う、情景がありのまま目に浮かんで伝わる「直球」の詩でした。聴く人の心に真っすぐに訴えかける曲の強さ、インパクトの大きさがあります。それぞれの詩には現実のモデルがおられますが、いろんな場所で苦悩を抱えた人、希望を探す人にもヒントになることでしょう。楽譜となって出版もされ、これから全国の合唱団にも広く歌われていく曲にしたかったし、そうなると思います。

演奏会場の多賀城市文化センターからは、ステージの生の演奏だけでなく、「Youtube」でもライブ配信をします(2021年9月11日(土)レクイエム・プロジェクト仙台2021 – YouTube)。当日、行きたくても会場に来られない人、コロナ禍で外出を控えようという人、全国各地の人も、ぜひネットにつないで、レクイエム・プロジェクトって何だろう、というところから触れて知っていただけたら、と思います。

9月11日、多賀城市文化センターでの「レクイエム・プロジェクト仙台2021」のチラシ

レクイエム・プロジェクト仙台2021は、入場無料(要整理券。配布先は多賀城文化センターか合唱団員)。お問い合わせは上田さん080(5181)6692。メールは、requiem★music.nifty.jp(★を@に変えて下さい)。

レクイエム・プロジェクトHP
https://www.requiem-project.com

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