仙台出身の美容師が女川町に個人サロンをオープン。その理由をカットしてもらいながら取材した

福地裕明】カウンセリングからシャンプー、カラー、カット、仕上げに至るまですべての施術を1人の美容師がマンツーマンで担当する美容室、いわゆる個人サロンが増えていると聞く。ユーザー側にとっても「他人の目を気にしなくてすむ」「美容師個人との関係性が築ける」といったプライベート感覚が味わえるメリットもあるようだ。

そんな完全予約制のプライベートサロンが2020年2月に女川町にオープン。オーナー美容師の早坂舞衣さんは生まれも育ちもずっと仙台だそう。彼女はなぜ女川にサロンを開いたのか?気になって仕方がなかったので、カットしてもらいながら話を伺うことにした。

「女川に素敵な店をありがとう」の言葉に感動

舞衣さんは2012年3月に仙台市青葉区本町に美容室「Room」をオープン。2018年に女川町出身で同町内で民宿を営む旦那さんと結婚したものの、「美容室を続けることが(結婚の)条件」と、しばらくは別居婚で仙台で仕事を続けていた。

「転機は妊娠です」と舞衣さん。2019年12月の出産予定日を前に仙台の店舗を閉店。産休時期をはさんで、女川町に新たに美容室「Room」をオープンさせた(注:以後、仙台時代のお店を「Room仙台」、現在のお店を「Room女川」とそれぞれ表記します)。

Room女川はまさに、路地裏にある隠れ家風のたたずまい。旦那さん所有の空き家が気に入ってリノベーション。店の看板もRoom仙台時代のものを使っている。「なぜ4F?」と気づいてほしいと舞衣さん
Room女川はまさに、路地裏にある隠れ家風のたたずまい。旦那さん所有の空き家が気に入ってリノベーション。店の看板もRoom仙台時代のものを使っている。「なぜ4F?」と気づいてほしいと舞衣さん

美容師になってからずっと、「やるなら仙台で」と強いこだわりを持っていた。妊娠して初めて、美容師は技術ひとつあれば、どこででもできる仕事だということにあらためて気づかされた。「子どもが産まれるのに、家族がそのまま別々に暮らすのは違うんじゃないか」と思うようになり、女川への移住、店舗の移転を決断した。

Room女川のオープンは、奇しくもコロナウイルスの感染拡大に伴ういわゆる「行動自粛要請」の時期と重なった。しかし、もともと子どもが生まれたばかりで忙しくはできないと考えていたので、さほど焦りはなかったという。

それは、一定の固定客を見込んでいたからだ。舞衣さんは単に、女川に引っ越したわけではない。「女川に拠点を移すことを理由に、これまでのお客さまとのご縁を切りたくなかった」と、Room仙台だったかつての店舗や知人のサロンを借りて、仙台で週に1~2日程度出張営業し、かつての顧客と関係を繋いできた。そうした中には、Room女川へ観光のついでに足を運んでくれる方も少なくなかった。

「仙台から女川に拠点を移したのに、数あるサロンの中から私を選んでくれる。こんなありがたいことはないです」と舞衣さん。彼女の技術やこだわりに惹かれる客が多いことの証なのだろう。

オーナーの早坂舞衣さん。「ヘアスタイルの賞『美』期限は3ヶ月が限界」と、Room仙台の閉店から3ヶ月経たないうちにRoom女川を移転オープンさせた
オーナーの早坂舞衣さん。「ヘアスタイルの賞『美』期限は3ヶ月が限界」と、Room仙台の閉店から3ヶ月経たないうちにRoom女川を移転オープンさせた

Room女川が順調にまわりはじめたのは、子どもを保育園に預けられるようになった2020年の夏ごろのこと。口コミで徐々に女川町内の方から予約が入るようになった。

来てくれた女川の人びとから口々に「女川にこんなに素敵な店を出してくれてありがとう」と感謝された。「『素敵にセットしてくれてありがとう』と感謝されることはあったけど、店を構えたこと自体を感謝されたことはなかった」と舞衣さんは素直に感動したという。「美容師冥利に尽きるって、まさにこのことですよね」と、Room女川での手ごたえを日々感じている。

「そもそも古いもの、長く続いているものが好き」という舞衣さんのこだわりが、店内の内装にあらわれている
「そもそも古いもの、長く続いているものが好き」という舞衣さんのこだわりが、店内の内装にあらわれている

マンツーマン志向、最大の宣伝は「口コミ」

子どもの頃から、早く大人になって働きたいと思っていた舞衣さん。自分のくせ毛に悩んでいた思春期に、まるで魔法のように髪を扱いやすくしてくれる美容師に憧れ、高校時代には漠然と美容系に進もうと思うようになっていた。

美容専門学校で国家資格を取得し仙台市内の美容室に就職。アシスタントとして基本的なことを学びながらも、早く独り立ちしたいと思っていた。一般的な美容室だと、スタイリストがいて、その下にアシスタントがいるといった徒弟制・分業制になっているが、舞衣さんにとっては違和感があった。

「例えば、最初はシャンプーからはじまりますよね。カラーに進むとそっちにかかりっきりになるし。スタイリストになるとカット以外はほとんどアシスタントに任せて、シャンプーやカラーをやらなくなるんですよ。一生懸命技術を身につけたのに、それはもったいないなと。カットできるようになっても、一日に何十人もの髪を切り続けると、個々のお客さまがどんな人だったのか印象に残らないじゃないですか。それって、私のやりたいことではなかった」

「やりたいスタイルは、『マンツーマンで最初から最後まで』」との思いを強くした舞衣さんは26歳で独立。Room仙台のオープンにあたっては、広告や宣伝は一切行わなかった。この姿勢は現在までゆるがない。

「だって、『どこで髪切ったの?素敵だね』『うん、××(店舗名)で』といった会話にまさる宣伝ってないと思いません?」と、舞衣さんは一番の宣伝は「口コミ」だと考えている。

個人サロン経営の場合、一日に関われる顧客数はおのずと限られる。割引クーポンなどの広告宣伝を行い、いたずらに来客数を増やすことでサービスレベルを落としたくなかった。宣伝に頼らず、「自身の技術を最大限活かし、満足いただける施術を」というポリシーを貫き、少しずつ「口コミ」でファンを増やしていった。

Room仙台時代の舞衣さん(提供写真)。当時の什器類もRoom女川のそこかしこで使われている

「がむしゃらに働いてましたね。店をわが子のように愛おしく思っていました」と当時を振り返る舞衣さん。ほとんど寝ずに働きながら、貪欲に学び、ブライダルのヘアセットにも携わった。技術の取得には場数が必要と、国分町の「夜のお姉さん」たちのセットにも関わった。移動の時間がもったいないと店に寝泊まりすることも多々あった。「無理しているつもりはなかったけど、今考えると、無茶な働き方をしてましたね」

そうやって仕事を続けてきた舞衣さんにとって子どもは、「救世主」だと話す。「ちょっと休め」「生活を見直せ」というサインと受け止め、妊娠を契機に、それまでとは真逆の「規則正しい生活」をするようになったとか。「いまも健康的な生活してますよ」と笑う。

「常に新しい何かがある店」を目指して

Room女川のオープンから2年を迎える。子どもの生活サイクルにあわせた営業となるため、現在はおおむね午前午後1組ずつの施術が限界だ。あくせく働いていた頃を思い出すと物足りなく感じる面もあるが、「いまは土台づくり」と割り切っている。

店に来ていただいた方とは長く付き合っていきたいと思っているが、反面、サロンの選択権はお客さまの側にある。だからこそ、「指名してくれた方の『もっと素敵になりたい!』という気持ちを逃したくない」と、常にお客さまが満足いく施術・サービスを心掛けている。

Room仙台から数えると、この3月で独立10年になる。当の本人はさほど受け止めは大きくない。ただ、店を10年続けたことよりも、10年間Roomに来てくれた方々に感謝の気持ちをなんとかして伝えたいと考えている。

「節目というよりは、通過点のひとつ」と語る舞衣さん。「子どもが小学校にあがれば、ひとりで通学できるようになる。中学卒業後の選択肢を増やすことを考えれば、仙台出張の頻度も増えるだろうし、反対に仙台を拠点に女川に出張に来ることも考えられるじゃないですか」と、子どもの成長など家族のライフスタイルが変わる時期が節目だと考えている。

店内はセット面2台とシャンプー台とシンプル。お子さま連れでもリラックスした気分で施術できるのが個人サロンの特徴でもある

最後に、今後の抱負について聞いてみた。

開口一番、「『ご近所の美容室あるある』にはなりたくない」との答えが返ってきた。

地域に根差した美容室の場合、長く付き合っていると、安心感からややもすれば、「いつも通りで」「おまかせで」と易きに流されがちになる。舞衣さんは「いつまでも選ばれる美容師でいたいので、馴れ合わずに常に最新の技術を提供したい」と話す。

仮に、「いつものように」と頼まれても、年月が経てばお客さまの髪質も変わってくる。それを踏まえながら流行なども加味した上で、自分なりにお客さまにとって相応しいセットを提案し、施術するのが舞衣さんなりのやり方だ。

「自分ができることは、常に技術の向上です」と語る舞衣さん。「常に新しい何かがある店」を目指してチャレンジを続ける。

「Room」
・住 所:牡鹿郡女川町浦宿浜十二神
・定休日:毎週 日・月・火曜
・連絡先:https://room-38-door2012.shopinfo.jp

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