「仙台せり」の奥深い魅力を求めて 名取市の栽培農家・三浦隆弘さん訪問記

寺島英弥(ローカルジャーナリスト、名取市)】尾羽根の長い鳥がセリ田から飛び立ち、近くの居久根(屋敷林)に消えた。キジだった。次には、別のセリ田から二羽のカモが舞い上がる。JR名取駅からわずか2㌔ほど東に、こんな田園風景がある。名取市下余田(しもよでん)地区。田植えには早い4月に、緑の濃い田んぼが連なっている。栽培されているのはセリ。冬の名物「仙台セリ鍋」の季節が過ぎ、いまは春セリが旬という。その奥深い魅力を知りたくて、栽培農家の三浦隆弘さん(43)を訪ねた。

江戸初期にさかのぼる歴史

三浦さんは7代目になる農家。地元の下余田は隣の上余田地区と併せ、名取川の古流路が伏流水になって豊富な地下水、湧き水で潤う水郷だ。江戸時代の肝煎(村の世話役)が残した記録は、徳川秀忠の時代の元和年間、地元で自生のセリを改良して栽培に成功したと伝える。以来、セリ、イグサ(畳の原料)、レンコンやクワイが名産に。現在イグサは姿を消したが、セリの栽培農家は40軒余りあるという。有名になった「仙台せり」は、8割以上がこの地域のセリ田で収穫されているブランドだ。

セリ田が連なる下余田地区。400年、変わらぬ風景だ

三浦さんの自宅裏にあるセリ田は、きれいな水が満々として、長さ50㌢ほどに伸びた緑のセリがいっぱい。長合羽姿の三浦さんはセリ田に膝をつき、鎌でさっと一束ずつ刈ってゆく。茎の水面に隠れた部分は色白で、一本ごとに鮮やかな彩りだ。

「冬のセリは根っこに栄養も味もあり、セリ鍋の主役として根っこごと収穫、出荷しますが、春のセリは、冬の間に溜めた栄養分が茎や葉に移り、味わいのピーク。花が終わってトウの立つ菜類に代わる、漬け物やお浸しがお薦めですよ」

「ここだけのセリを、ぜひ仙台に味わいに来てほしい」と語る三浦さん

有機農法が生む豊かな環境と味わい

タンポポの咲くあぜ道からセリの一本の葉をいただき、試しにかんでみた。セリのツンとくる味が苦手という人もいるが、まろやかな旨味に続いて、爽やかな香りが口にいっぱい広がった。初めて食べるような味わい。「育て方、鮮度の違いです」と、三浦さんは収穫の手を止めて語った。

旨味と爽やかさが詰まった春セリ

20歳で就農し、4年後から有機農法を実践した。地場産品が集う朝市夕市の活動、環境保全米づくりの運動など、多様な生産者と消費者の交流の場に参加し、自らの農家としての生き方、これからの農業の姿を模索。まだ農薬、化学肥料を使う慣行農法が当たり前だった時代とは違う信念と方法を、セリの栽培に生かした。

「セリ田にはキジ、カモ、シギも来る。カエルの卵もいっぱいあるし、絶滅危惧種のゲンゴロウも泳ぐ。害虫はクモやカエルが食べてくれる。農薬を使わず、有機栽培にしたら、昔からここにすんでいた生き物が、みんな戻ってきたんです」 

仙台名物セリ鍋の誕生

その当時、セリは正月の「仙台雑煮」の添え物として、季節需要で値が上下し、時期に合わせた出荷で鮮度も二の次。農家もそれが当たり前に受け止めていた。しかし、季節々々の美味、品質と鮮度が生む旨さを知る三浦さんは、「セリを主役に、長く食べてもらえる」食材に変える可能性を探したという。セリの消費も生産者の収入も増えるような―。

そして、仙台の居酒屋の知人に相談し、1年後に生まれたのが、セリ鍋の原形である「セリしゃぶ鍋」。冬に一番旨みの乗る根っこごと、地場産セリの新鮮さ、爽やかさを味わえると客の注文が増え、他の店々に評判が広がり、全国から訪れる人に「仙台セリ鍋」ファンが増えていった。新仙台名物・セリ鍋の誕生だ。三浦さんの地元名取市にとっても、ふるさと納税の返礼品として「セリ鍋セット」が全国から大人気だ。 

水量豊かなセリ田に浸かり、収穫作業に忙しい三浦さん=2023年4月6日

セリは、秋田では郷土料理「きりたんぽ」に欠かせぬ食材として一年中需要があり、名取産のセリも出荷されていた。「秋田のセリ」と賞味されることが悔しいと三浦さんは思い、「だから外への出荷でなく、地元にお金が落ちてこその食文化にセリを盛り立てるたい、とセリ鍋を考えるきっかけにもなった」と振り返る。実際に地元産のセリの出荷の額や価格、栽培農家の収入も上がったという。「ここで育った『仙台セリ』は、ぜひ仙台に来て食べてほしい、味わいに来てほしい」

セリ田は人とつながる場に

 三浦さんのセリ田は、野生の生き物たちだけでなく、いろんな訪問客でにぎわう。農業を始めたい若者、冬の仕事をつくりたい農業法人の人、小さな田んぼの使い方を考えたい人、冬に作る野菜を探す人、地域興しの素材を模索する人、料理のプロ…。「セリ田は私にとって、さまざまな出会い、新しい発想の学び、つながりづくりの場でもある。ここで、一番大事な『人もうけ』をさせてもらっています」

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