相馬・双葉の魚に「風評」起こらず。応援も全国に広がる中、奮闘する浜の若い担い手たち 

【寺島英弥(ローカルジャーナリスト)】東京電力福島第一原発(福島県双葉町・大熊町)で8月24日、汚染物質を除去した「処理水」(トリチウム水)の海洋放出が始まってから3カ月余り。付近の海水検査では不検出の結果が続く。周辺の海を漁場とする地元・相馬双葉漁協が水揚げする魚介に「風評」の影響は起きておらず、多くの後継者が担う漁は順調だ。漁協直売店では昨年の倍以上の売り上げがあり、注文は全国からも。放出前月にTOHOKU360で紹介した若い水産加工業者は、10月にあったG7閣僚会合の晩さん会に、相馬特産となったフグの食材を提供するなど、新たなチャンスもつかんだ。 

魚種は変わっても順調な漁、フグが目玉に 

12月15日朝、相馬市にある松川浦漁港。冷たい冬の雨が降る海から、相馬双葉漁協(組合員約700人)の小型漁船群が続々と帰港し、漁果を岸壁に水揚げした。大勢の人が待ち受けた荷さばき場は、両手を広げたほども長いタチウオの銀色の魚体で埋まり、買い請け人たちが競って値を付ける。タコやカナガシラ、マガレイなど、水揚げされる魚種ごとに競りが行われ、漁港のにぎわいはこの日も続いた。 

「タチウオ、シラス、そしてフグ…。(東日本)大震災後の海水温の変化からか、沿岸で捕れる魚の種類は変わったが、それでも漁は順調だよ」と今野智光組合長(65)は語った。自身もこの朝、小型漁船に乗って沿岸での漁を終えたばかり。北の三陸地方からはイカ、サンマなどの記録的不漁が伝えられる中、相馬双葉漁協の水揚げは上半期だけで前年より4億円増えたという。 

新たな「相馬名産」となった魚がトラフグ。昨年の漁獲高は37㌧(漁協調べ)と天然物で全国トップになり、4年間で水揚げが10倍以上に。 漁協や相馬商工会議所など地元は「福とら」のブランドで売り出し中で、今野さんは「資源を末永く守るため、今年から漁期を10~2月とし、漁獲にも組合独自の制限を設けた」と語る。 

競りを前に、荷さばき場にずらりと並んだタチウオ=2023年12月15日、相馬市の松川浦漁港

「処理水」の風評を懸念も、応援が全国から 

「南は(福島県浜通りの)広野町の広野火力発電所沖、北は宮城県との境までの沿岸の海が仕事場で、処理水が放出される海域だ。風評が起きれば、相馬双葉漁協はその真っただ中に置かれる。同じ浜通りでも南部のいわき市などの漁業者は大型船の沖合底引き漁が主で、処理水放出の海域から漁場はずっと遠い。たとえ風評被害が他地域では数年で収まったとしても、地元の相馬双葉の私たちは最後まで取り残される」

6月30日の記事『福島第一原発の処理水放出「後継者が展望持てる解決を」相馬双葉漁協組合長・今野智光さん』より

今野さんが懸念したのは、この記事にあるように相馬双葉の漁業者が当事者である漁場の海に、福島第一原発から「処理水」が放出されたことによる風評だった。北海道産ホタテなど、処理水を理由にした中国の禁輸の打撃が深刻な産地もあるが、「ここは今のところ内外の風評の影響はなく、むしろ良い方向に行った」。 

それは処理水をめぐる報道を契機に全国から舞い込んだ多くの応援、励ましだという。漁協が直営する磯部水産加工施設直売所では、海産物の贈答品の売り上げが昨年の2倍近くに増えた。得意客が知人や親せきに送ってくれたり、全国から注文が寄せられたりした。全国放送のテレビの旅番組も地元特産のホッキを取り上げた。 

朝の松川浦漁港に水揚げをする小型漁船。多くの若い後継者が乗っている=2023年12月15日、相馬市

震災後、100人を超える後継者が漁を担う 

原発事故後の汚染水流出が問題になった時期(2013年~)、ニュースが流れる度に風評が福島産の魚介や農産物の値や販売に影響を及ぼし、「メディアに良い印象を持っていなかった。が、今回は報道も努めて冷静だったと思う」と今野さん。 

相馬双葉漁協では震災後、100人を超える若い後継者が船に乗り、漁の担い手になった。全国にもない活況だという。漁業が衰退する漁協の「漁具・漁法研究会」に集い、海の環境と魚種の変化に対応した新しい漁の在り方などを、地元にある県水産資源研究所と一緒に議論している。

地元の希望である彼らの声を今野さんは背負い、「(第一原発の)廃炉まで処理水放出が続く以上、子ども、孫の世代の地元漁業者が未来に展望を抱ける解決策を、国は真剣に考えてほしい 」と、政府との交渉がある度に訴え、担当の西村康稔通商産業大臣とは計6回も顔を合わせた。直談判も行った。

「それに応えた支援をもらい、関西の大きな企業の社員食堂に食材提供の話が開けたり、11月に大勢の消費者に『福とら』を振舞った『相馬原釜魚市場まつり』の開催を後押ししてもらったりした」。  西村氏が自民党の政治資金パーティー問題で今月14日に大臣を退任したことには、「予想外だった。まだまだ復興に力を貸してほしかったが…」と残念がった。  

フグを加工した新商品を次々に開発 

相馬双葉漁協から間近の場所にある水産加工会社「ループ食品」。社長の森拓也さん(37)=7月24日の記事『相馬の浜に集う若い担い手、処理水放出に危惧も「宝の海」に未来を託す』で紹介= は、社内の加工施設でスタッフと話し合っていた。 訪ねた筆者に見せてくれたのが「重さ4㌔、刺身にすれば80人分くらいあるね」という加工前の大物のトラフグ。ループ食品は昨年来、漁港に揚がる新鮮なフグから唐揚げや「てっちり」(鍋)向けの真空パック商品を売り出し、今年さらに「てっさ」(フグ差し)、「ひれ酒」セット、フグの「出汁漬け」も商品化した。 

「相馬の豊かな海の幸を地元でもっと豊かにたべよう」を目標に掲げて起業。「漁港から加工場まで車で1分。魚を真空パックしてマイナス 30℃で瞬間冷凍する世界最新の方法で、漁で獲(と)れた時と同じ鮮度と味」との明快なセールスポイントで、漁協隣りの観光・直売施設「浜の駅 松川浦」などに商品を展開している。 人気の土産物として好調な売れ行きだ。

森さんも、浜の未来を開拓する若手の一人として「処理水」放出の影響を、「復興の歩みを止めないでほしい」という思いとともに見守ったという。しかし、その後、自身が予想もしない、以前にもまして多忙な毎日が待っていた。 

「福とら」として相馬名物になったトラフグを仕入れた森さん(左)と加工場スタッフ=2023年11月17日、相馬市の「ループ食品」

G7閣僚会議の晩さん会から食材の依頼 

10月に首都圏の「イオン」10店舗余りでの「常磐もの」フェアに参加の声が掛かり、さらに同じ首都圏のイオン主要店で催された、福島県産魚を使った料理研究家監修の「アクアパッツァ」(イタリア料理)の食材販売へ、相馬で揚がったカナガシラのフィレ計1万食分以上を6週にわたって出荷した(今月も追加2000食分)。 

「以前から福島県の水産加工品開発プロジェクトなどに新商品作りで参加し、そこで培った人脈から声が掛かった」と森さん。カナガシラは安価で白身の美味な魚。地元でもよく食べられるが、うろこが硬く、頭も身も取りにくい。しかも長期、大量の注文をもらったので、毎日それを優先の作業に、10人掛かりで朝から夜までフィレ作りに追われた。大変だったけれど、やり遂げたことが実績にもなり、相馬の魚の味を広く知ってもらえた」 

しかし、大きな注文はそれだけで終わらなかった。10月28~29日に大阪・堺市で開かれたG7(先進7カ国首脳会議)貿易大臣閣僚会合。その4日ほど前、担当の経産省・作業チームから森さんに、「閣僚ら参加者のワーキングランチの料理に福島の食材を使いたい。相馬の『福とら』を刺身にして送ってほしい」と依頼があったという。量で8~9㌔、100人分ほどの注文だった。 

「私は昨年11月にフグの調理師免許を、加工処理施設としても免許を取得していた。相馬はここ数年でフグの一大水揚げ港になったが、自前で除毒をし商品として出せる業者はまだ少ない。送り出した刺身は、晩さん会のフルコース11品のうちの一皿になり、味の評判はとても良かった、と伝わってきた」 

海外とつながる夢と可能性も開ける 

「注文をくれたのは、経産省の福島応援プロジェクトの関係者で、相馬商工会議所を窓口にした活動で知り合った。地元の魚の味を知ってもらう新商品作りを通して、全国の流通、消費者、さまざまな人たちを相馬の海につなげたら、風評なんて消えると思う」 

そんな森さんの思いに応えるような出来事もあった。東北で食のツーリズムを興そうーという「テロワージュ」運動(仙台市・秋保ワイナリーの毛利親房さんが提唱)の一環で、福島の実行委員会が招いたフランスのシェフ、シルビー・グルッケールさんらが森さんの会社も訪れ、新鮮で多彩な魚と独自の加工の方法などを視察していった。パリ五輪も見据えたリサーチといい、前の晩には森さんの食材を料理している相馬の和風レストラン「∞(MUGEN)」で、「福とら」などの料理を堪能した。「とても気に入ってくれた」といい、アルザス地方にあるグルッケールさんのレストランで来年2月、旅の成果を形にしたコース料理を創作する予定という。 森さんが手掛けたフグなどの商品も海を渡るかもしれない。 

「いずれ現地で私も食べてみたいという夢が増えた。この縁を大切に生かし、相馬発の食材の輸出など、海外とじかにつながる可能性も開けたらいい」 

森さん(左から3人目)の会社の加工場を視察したフランス人シェフの一行=2023年11月15日、相馬市松川浦の「ループ食品」(森さん提供)

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