福島第一原発の処理水放出「後継者が展望持てる解決を 」相馬双葉漁協組合長・今野智光さん

廃炉工程にある東京電力福島第一原発(福島県双葉町、大熊町)の汚染水処理後の膨大な廃水(通称・処理水)をめぐり、政府は夏ごろに海への放出・投棄を始める方針という。事態が迫る中、同県浜通り沿岸で小型船の漁を行う当事者、相馬双葉漁協の今野智光組合長(65)がインタビューに応じた。実施されれば「復興途中の地元への風評は3年で済まず、渦中に取り残される」と危惧し、今月7日に責任者の西村康稔経済産業相に面会、直談判し組合員の声を伝えた。同漁協では震災後に後継者となった若手が100人を数え、「将来の展望を持てる解決策を」と訴える。  

聴き手・ローカルジャーナリスト 寺島英弥 (4月28日、6月18日に取材) 

―組合長自身も小型船主会会長を長く務めた漁業者ですが、処理水問題の現状をどう受け止めていますか? 

政府は海洋放出の安全性をメディアでPRしているが、地元紙のアンケート(4月21日付福島民報)では、県内首長の93%が「風評被害が起きる」と答えた。これが率直な受け止めだと思う。「処理水」は、他の原発から普通に出る排水と同様に安全と言うが、福島第一原発の汚染水を(ALPS・多核種除去設備 で)処理して水で薄めたもので、一般の人にはイメージが悪い。いくら政府が安全と言っても、7割方の人が説明を理解したとしても、このネット時代、風評は起きるだろう。 

相馬双葉漁協の漁師は、津波の被害に加え、原発事故以来の度重なる汚染水流出事故で、漁獲自粛(事実上の禁漁)からほそぼそと(安全な魚種を調査する)試験操業を始め、わずか3種類の魚介から年月を掛けて検査を重ね、安全性を確かめ、やっと原発事故前の約200種まで捕れる魚を増やしてきた。その道筋では汚染水流出事故による漁の中止もあり、風評はぶり返した。試験操業はようやく役目を終え、辛抱と努力を重ねた組合員たちと本操業に乗り出したところで、処理水放出は原発事故以来の事態と受け止めている。

相馬双葉漁協でインタビューに答える今野組合長=2023年4月28日、相馬市尾浜(筆者撮影)

―汚染水流出問題からの信頼回復のため、東京電力は2015年、福島県漁連会長に出した回答文書(2015年8月25日付)に、『漁業者をはじめ、関係者への丁寧な説明等必要な取組を行うこととしており、こうしたプロセスや関係者の理解なしには、いかなる(注・汚染水)処分も行わず、多核種除去設備で処理した水は発電所敷地内のタンクに貯留いたします』と明記しました。理解は進んだでしょうか? 

『関係者の理解なしには』と言いながら国は、菅義偉前首相が一昨年、「2年後をめどに放出」と方針を決め、岸田(文雄)現首相は今年3月に「本年春から夏」とその時期を絞った。『政府全体が一丸となって懸念を払拭し、説明を尽くし』(菅前首相)、『漁業者をはじめ地元の方々の懸念に耳を傾け、政府をあげて丁寧な説明と意見交換を』(岸田首相)とそれぞれ表明したが、2年の時間があったのに、大臣ら責任者が1人でも、私たち漁業者に説明を尽くしに、丁寧な説明と意見交換に足を運んだろうか。最近になって西村経済産業大臣が茨城、福島、宮城の県漁連、県漁協を回ったが、遅いのでは。当事者からすれば頭越し。地元には地元の悩みがあるのだ。 」

相次いだ汚染水流出事故で、漁業者の追及を受けた東京電力、経済産業省の関係者=2014年3月14日、相馬市松川浦(筆者撮影)

―当事者たる理由、地元ゆえの悩みとは何か、あらためて聞かせてください。 

漁業には県知事許可と大臣許可があり、私たち相馬双葉漁協の大半を占める小型漁船は前者。南は広野町の広野火力発電所沖、北は宮城県との境までの沿岸の海が仕事場で、処理水が放出される海域だ。風評が起きれば、相馬双葉漁協はその真っただ中に置かれる。同じ浜通りでも南部のいわき市などの漁業者は大型船の沖合底引き漁が主で、処理水放出の海域から漁場はずっと遠い。たとえ風評被害が他地域では数年で収まったとしても、地元の相馬双葉の私たちは最後まで取り残される。 

〈注・東電が公表した拡散予測では、海水に自然に含まれるトリチウム濃度よりも処理水の濃度が高くなる場合の最大範囲は、原発から南北30㌔程度の沿岸とされる〉 

〈注2・岸田首相は今年3月11日、福島市で処理水放出方針に関し記者団に「関係者の理解なしに海洋放出はしないとの約束は順守するが、(漁業者ら)特定の人を関係者としたり、理解の程度を数値によって判断したりするのは困難」(同12日の河北新報より)と語り、最も苦しんできた当事者を見えなくした。〉

ただ、仮に放出が実施されても、以前の汚染水流出事故の時のように、漁を中止にはしないと漁協内で話し合っている。私たちは原発事故後、水揚げした魚介について放射性物質の有無を魚市場の検査室で調べて、50ベクレル/㌔を超えた場合は出荷を停止する態勢だ。国の基準(100ベクレル/㌔)より厳しいレベルで安心安全に食べてもらえる魚介を出荷してきた。態勢はこれからも守っていく。処理水放出の事態となっても、厳しい検査結果を見てもらえれば、一番確かな安全の証明になる。 

原発事故後、安全を確かめる検査を重ねた試験操業の初水揚げ=2013年9月25日、相馬市の松川浦漁港(筆者撮影)

―国は、風評で魚介の値が下落した場合の買い取り、冷凍などに300億円、漁業を続けるための新漁場開拓や燃料の負担増の支援に500億円を盛る基金を新設しました。処理水放出への漁業者の理解を得ようとの策ですが、どう評価しますか? 

それは、やはり処理水放出に反対する全漁連(全国漁業組合連合会)が窓口になる基金で、福島だけじゃなく、日本中の漁業者を対象に使われる。風評が全国的なものになり、また私たちの規模とは比べものにならない大型漁船の油代の補填などに使われたら、残りは微々たるものになるだろう。処理水の放出が始まれば、福島第一原発が廃炉になるまで何十年も続く。繰り返すけれど、渦中の海域で一生どころか、何世代も漁を続けるのは私たち沿岸の漁師。その声を知ってもらいたい。 

―国内の漁業は衰勢久しい状況ですが、相馬双葉漁協では全国一といわれるほど若手の後継者が育っているそうですね。 

そう、福島では県漁連傘下の組合員約1100人のうち、約800人が相馬双葉漁協の所属で、その中で震災後、新たに漁船に乗った後継者が約100人もいる。私は中学を卒業して16歳で親父の船に乗り、別な職業など考えてもみなかった。相馬双葉の漁師たちは、新しい漁場の開拓心も、困難な状況に立ち向かう冒険心も強く、漁の技術は日本一という自負を持っている。だから、津波襲来の時に100隻余りの船を救い、原発事故の後も諦めず、海のがれき掃除も、漁獲ゼロからの試験操業も貫徹した。 

私の息子もそんな時に船に乗り、親父たちの頑張りを見た若者たちがこぞって後継者になった。相馬双葉の海は魚介の種類が豊富で、温暖化の影響で従来の魚が捕れなくなっても、トラフグやタチウオなど新顔の水揚げが増える、宝の海だ。だから、若い世代が未来まで展望を抱ける解決策を、国は真剣に考えてほしいんだ。 

若い後継者たちが加わり、本格操業の活気が戻りつつある現在の松川浦漁港=2022年8月19日、松川浦漁港(筆者撮影)

―組合長は西村経済産業相に面会を要望し、6月7日に省内で異例の直談判をしましたね。現場の漁業者の声を伝える初めての行動だった、と報じられました。 

一番いいのは大臣が早く地元に来てもらうことだった。が、これまで実際に説明に来たのは事務レベルの人たち。いくら切実な問いや要望をしても、答えられるわけがなかった。何度か県漁連の役員との意見交換の機会もあったが、どうしても(野崎哲・福島県)漁連会長らが主になり、直の話はしにくかった。「『上』だけで決めるのはだめだ」と組合員たちからも声が上がり、そこで今年2月に東京で会合があった機会に、西村大臣に「ぜひ相馬に来て、じかに話してほしい」とお願いした。それから時間を要し、ぎりぎりのタイミングだったけれど実現できた。 

―西村大臣と、どんな話をしたのですか。河北新報は6月8日の朝刊の記事で、組合長は〈「関係者の理解なしにいかなる処分も行わないとした約束はどうなっているのか」「なぜ、福島から放出しなければいけないのか」「ここまで復興してきたのに風評で水揚げや流通面に悪影響が生じ、生活はどうなるのか」などと、組合員の悲痛な思いを読み上げた〉と冒頭の発言を伝えましたが(面談は非公開)。 

西村大臣は兵庫県明石出身で後援者にも漁業者がおり、理解はある人だと思ったが、語ったのは「国民の理解の醸成に努めます」といった従来からの回答だ。私は、「地元は最低3年では収まらない風評のダメージを受けるのを覚悟している。最後は福島が、沿岸の漁業者が取り残される。それを考えてほしい」と訴えた。 

その結果はどうあれ、相馬に帰って組合員たちに報告すると、「行動を起こしてくれて、俺たちの思いを伝えてくれてよかった」と喜んでくれた。去年6月に組合長になってまだ1年だが、今まで(漁業団体のトップばかりがメディアで発言して)聞こえていなかった沿岸の当事者の声を伝えられ、やるだけはやったと思う。 

―いま、地元の組合長として、現場の漁業者と共に消費者に伝えたいことは? 

原発事故から立ち上がって漁を再開した後、漁業者たちは福島の魚を知ってもらうイベントで各地を訪ね、消費者とつながってきた。風当たりが強い中で市場を回り開拓もしてきた。最後は、この12年の間に培ってきた人と人のつながりだと思う。これからも信頼を得られるための努力を続けたい。いろんなうわさ、フェイクニュースも含めて流れるだろうけれど、私たちを信じてほしいと伝えたい。 

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