【連載】新聞記者から社労士へ。定年ドタバタ10年記
「貴君の大学採用の件、極めて困難な状況になりました」。新聞社を60歳で定年退職したら、当てにしていた再就職が白紙に。猛勉強の末に社会保険労務士資格を取得して開業してからの10年間で見えた社会の風景や苦悩を、元河北新報論説委員長の佐々木恒美さんが綴ります。(毎週水曜日更新)
途切れてしまう電話
社労士業をしていて世間の風は冷たいと感じたことがあります。
「お店も増えたので労務関係をしっかりしたい。社労士さんに依頼し就業規則などを整備したい」。
勤めていた会社を中途で辞めてお蕎麦屋さんを始め、数店舗まで事業を伸ばしたという50代の男性社長は、タウンページの電話帳を見て、事務所を訪ねて来たのでした。
お茶を出し、少し世間話をした後、社長は「ところで、社労士さんってうちの会社のために何をしてくれるの。会社の直接のメリットは」と問い掛けて来ました。
人手不足の折、求人関係で努力してみること、雇用関係の助成金申請のほか、会社が望めば採用の際の面談立ち合い、月1回程度の従業員さんを対象にした契約に伴う義務の履行などのお話しなどができると、とっさに答えました。
「帰って検討してみるから」。そう悪くない感触だったのです。ところが、じりじりしながら3日、1週間待ち続け、一向に返事がありません。10日経ったところで、いただいた名刺の事業所に電話してみると、奥さまらしい方が出て、「後で電話させるから」。その頃、公的機関から社労士会が委託された事業の相談員をしており、「就業規則や賃金規程等に関し無料相談も行っています」とPRしてみましたが、それ以来二度と電話はかかって来ませんでした。
同じようなことが何度も
「社労士さんを探しているのだけど、みんな留守。ようやく電話がつながった。お宅の場所からそう遠くない所にあるから、一度来てみてくれない」。ホームページを見たという不動産賃貸業を営む40代の社長さん。
訪ねると従業員は数人。事業を始めたのは、ちょうど私が社労士業をスタートさせた同じ頃だと分かり、「互いに頑張りましょう」などと声を掛け合いました。依頼業務は給料計算。どうにか話がまとまったと思っていたら、その後、相手からの連絡はありません。
「従業員十数人のパソコン関係店ですが、賃金表を作り、従業員の査定に役立てたい」「シフト勤務制を取っている製造業。労働時間が法に則っているかどうか見てほしい」。電話をくれながら、その後音沙汰がなくなる。こんなことが何度かありました。
役立つかどうか厳しい評価
長い間会社勤めをしていて、相手が連絡をくれなくなることなど、めったにありません。ですから最初は戸惑い、腹が立ちました。こちらの意に沿い、歓迎される返事なら誰しもが進んで行いますが、その逆だと言いにくいのは分かります。しかし、せっかく顔を合わせたり、電話で話したりしたわけですから、せめて、断るにしても「今回は見送ります」と、言って来てもいいのに。
何度か同じ経験をして、返事を寄越さないのは、「断り」の意味だということが分かって参りました。当方は以前たまたま会社の一員として働いており、相手は当方ではなく、会社に気遣って対応していたのかも知れません。
個人対個人となると、この者が事業所にとって本当に役に立つかどうか、シビアに判断するようです。「実務に精通していない」「齢を取り過ぎて小回りが利くかどうか」などの評価がなされたのでしょう。大変残念ですが、世間は甘くないですね。
【連載】新聞記者から社労士へ。定年ドタバタ10年記
第1章 生活者との出会いの中で
1. 再就職が駄目になり、悄然としました
2. DVD頼りに、40年ぶり2回目の自宅浪人をしました
3. 見事に皮算用は外れ、顧客開拓に苦戦しました
4. 世間の風は冷たいと感じました
5. 現場の処遇、改善したいですね
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