15万株のスイセンが咲く 飯舘村「花仙人」の山里

満開のスイセンと大久保金一さん=4月3日、福島県飯舘村小宮地区

東京電力福島第一原発事故から10年を迎えた福島県飯舘村。国の除染作業を終え、全村避難の指示が解除されてから4年経つが、真新しい中央公民館や道の駅、役場がある中心部を除けば、帰還した住民の姿は少なく、復興はいまだ遠い。だが、自然の豊かさは変わらず、村には新しい春が訪れた。原発事故に屈せず、「桃源郷」づくりの夢を追う人が同村小宮地区にいる。今年も見渡す限りにスイセンが咲く山里を訪ねた。(ローカルジャーナリスト・寺島英弥=名取市)

黄色の絨毯のような風景

常磐道から相馬市経由で東北中央道に乗り、仙台を発って1時間ちょっとで飯舘村。役場から先の道はやがて、標高約500メートルの深い森に分け入り、萱刈庭という山間の小盆地に至る。日清日露戦争の後、軍が銃床に用いるクルミを植樹し、第二次大戦後はその硬い木々を移住者たちが伐り倒して田を拓いた。大久保金一さん(81)は、そんな開拓農家に生まれた。

赤い屋根の金一さんの家に近づくと、風景がまぶしい黄色に染まる。道端から家の裏山にかけてスイセンが満開なのだ。一株一株がくっきりと鮮やかな花の群生が、遠目には、微妙に彩りが変わる絨毯のように映る。「ここに来た人はびっくりするよ。楽しんでもらえるのも嬉しくて」

金一さんの自宅の裏山を埋めるスイセン

筆者がこの光景を初めて目にしたのは、全村避難後の2013年5月初め。金一さんは、NPO法人「ふくしま再生の会」(田尾陽一理事長)の応援で水田の除染・作付け試験をすることになり、その取材でスイセンの大群落に目を奪われた。その時、金一さんが語ってくれた。

「子どものころ、山中の炭焼き小屋の周りに、見慣れない葉っぱが群生しているのを見つけて、家に持ち帰って植えてみた。だが、季節外れで花は出ず、ふと、鼻でかいだ球根が毒草のような匂いだったので捨てたんだ。たまたまわが家に来た隣のじいちゃんから『これはスイセンと言う。春にきれいな花が咲く』と聞いて初めて知った」

花に魅せられた人生

春から秋、花の咲く木々や野草に心を動かされ、山で見つけた小さな苗木や株を自分の家に植えるようになったという。クリンソウやヤマシャクヤクに始まり、カタクリの大群落にも出会った。「その年で花道楽か」と近所の人から言われ、「そうだ、花と一緒に生きよう」と目覚めたのが20歳のころ。 

スイセンを増やし始めたのは20年ほど前。金一さんには、山野草が大好きな友人が全国におり、球根を送ってくれた。コツコツと植え、自然に株も増え、「いまは15万株くらいある」。家の敷地の入り口では一面に、母屋の裏山には広い斜面いっぱいに、そして、奥にある花壇は5列で数十メートルにわたって。カメラのファインダーには収まりきらない。

どこまでも続くスイセンの花壇

スイセンの花壇の傍では、樹高20メートル前後の2本のコブシが真っ白な花を雪のベールのように広げる。その下の湿地には、純白の美を競うミズバショウの群落。原発事故で村が大混乱した最中、金一さんは班長を務めて近隣の世話に追われた最中にも、ミズバショウの手入れをして心の平安を得られたという。

樹齢80年のコブシの花とミズバショウ

山の厳しい自然が、そこに生きる者だけに見せる美しさ。不条理な原発事故の後、一緒に暮らした母親は亡くなり、自身も高齢で農業をもうやれないというが、その心の傷や不安を癒したのも花だった。いま、可憐なスイセンやミズバショウをいとおしむ姿に、「花が人生そのもの」という生き方を実感できた。

金一さんが丹精を込めたミズバショウ

村の宝物のような場所

この日の夕方、金一さんに訪問者があった。東京大農学部教授の溝口勝さん(61)=土壌物理学=と教え子の大学院生。10年前から飯舘村の農業再生の支援に通い、金一さんとも、「マキバノハナゾノ」と銘打つ交流の庭づくりの計画に学生たちと取り組んできた。

近くの山中に、金一さんが大事に守るカタクリ自生地がある。「今年は暖かくて開花が早そうだ」という予想から、花の様子をリアルタイムで伝えるためのカメラを設置に来たという。『金一茶屋』というウェブサイトも開いた溝口さんは、「『花仙人』の金一さんを囲んで、もっと楽しい場を広げられたら」は言う。

金一さんを支援している溝口教授(左端)

ヤマボウシ、イチリンソウ、ニリンソウ、エンレイソウ、マイヅルソウ、ウラシマソウ、サクラソウ、ヤマブキ、ハナズオウ、ウスバサイシン、ユキザサ、オモト(万年青)、そしてアヤメ、ヒメヒマワリ、コルチカム…。春から秋、金一さんが人生を掛けてつくった楽園の花たちである。どんなに復興予算を投じても得られぬ「村の宝物」のような場所だ。「花仙人」は言う。

「山の花と野草を愛する人に、飯舘村を訪ねてきてもらえたら。一日中でも花の話をしたいね」

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