【加茂青砂の設計図】三番目の船「政運丸」③同病相哀れむ話

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

土井敏秀】夏には車エビ、サザエの最盛期となり、秋はメジマグロを追いかけ、冬に入る。秋田であり、男鹿なので、ということで、なんたって、ハタハタである。捷昭さんがハタハタを見つめる目は……ほかでは出会えない。

ーーハタハタな。網仕掛けるのを止めて、何年になるか。4人で組まないと、許可が下りねえし、おれたちが仕掛ける戸賀の海(加茂青砂の北隣)にはあんまり来なくなったしな。加茂の海か?ほとんど来ねえんだよな。同じ男鹿半島でも、来るとこと、来ねどごがある。加茂の漁師はほとんど、よそのハマさ、手伝いに行ぐ。1カ月も番屋さ泊まって。風呂入る時だけ、うちさ帰ってくる。おれは自分でやった方がいいから、仲間ば募ってやってきた。


引き上げた刺し網から魚を外す捷昭さん。この日は芳しくない漁模様

ハタハタは産卵で磯に寄って来る。産卵場になる海藻・ホンダワラが生えてっからな。それで海水温が重要になる。13度あれば、やけどするんだと。元々は深海にすむ魚だからな。海が大しけになると、海水がかき回されて温度が低くなる。網は、おおざっぱに言えば、両手を広げ、そこに垂れ下がるように仕掛ける。「いらっしゃい、いらっしゃい。大歓迎ですよ」みたいに、手招きするわけさ。ハタハタは、その網に体が当たると、それに沿って泳いでくるんだが、先は袋状になっている。行き止まり。そこに追い込まれるわけだ。

ハタハタは漢字で鰰って書ぐべ。シケが多い冬場、食料が少ない季節に、群れでやってくるから神様の使い、神様の恵みの魚よ。だからな、大きな声で言えないんだが、ハタハタのオスって馬鹿だぞ。目ぇ血走って真っ赤になって、メスを追いかけてくる。わき目を振らずに、って言えば「純情男」ぽくなるが、それ以外は目に入らねえってのは、判断能力がねえってことだべ。網が途中で破れていれば、そこから逃げられるのに、気づかないんだよ、オスは。メスは違う。この先は危険だと、察知するのかもしれねえ。破れ目があれば、そこからからするっと逃げていく。同じ「男」として、切なくなんねえが? んだべ、馬鹿だよなあ。「同病相哀れむ」と、言いたくもなるべえーー

捷昭さんの持ち船。手前が船外機付き小舟「迅丸」、奥が「政運丸」。もう1隻「第2政運丸」があるが、それは釣り人向けで次男の雅哉さんが操船する

捷昭さんの持ち船。手前が船外機付き小舟「迅丸」、奥が「政運丸」。もう1隻「第2政運丸」があるが、それは釣り人向けで次男の雅哉さんが操船する

この話を聞いたのはずいぶんと前である。「なるほどな」とうなずける説得力があったし、同情する気持ちにもさせられた。捷昭さんの細かい観察力に頭が下がった。知人らとの飲み会などで、ハタハタの話題が出ると、この話を自慢げに何人にも伝えてきた。「オス同士の共感」の輪が、広がっている気もしていた。

なのに、これはないよ、である。念のために、捷昭さんにこの話を確認したところ「おれ、そんなこと言ったか。嘘だべ」と、思いもよらぬ答えが返ってきた。ガーン⁉ まさかあ……。捷昭さんが言ってない、となると、私はずっと、ほら話をしてきたことになってしまう。いまさらそれを「証明せよ、証拠を出せ」と迫られても困る。

中崎テツヤの漫画「じみへん」の中に、産卵のために、ふるさとの川に帰ってきたサケが、河口で遡上を待っている作品がある。オスの群れは、期待に胸を膨らませて意気盛んである。と、その中の1匹がつぶやく。「おれ、夢精しちゃった」。捷昭さんの話は、この漫画と同じ感性で成り立っている。好きだなあ。捨てるにはもったいない。


沿岸の「季節ハタハタ漁」は、網を近場の海に仕掛ける(男鹿市女川地区)

途方に暮れていると、ありがたい、「救いの手」が差し伸べられた。長年、ハタハタの動向を調査している秋田県水産振興センター。その資源部長の中林信康さんが、こう解説してくれた。

「(自然界での観察では、)メスは1個のブリコ(卵塊)を産卵してしまえば、すぐに沖に戻っていきます。一方オスは、浅い砂場に潜んでいて、メスがやってくるのを待っています。そして、ブリコが産み出されるやいなや、何匹ものオスが玉になってブリコに精子を放出するのが確認されています。メスは1回ですが、オスは何度もです。なぜ、メスが産卵を始めるとオスが群がるのか? 視覚によるのか、振動なのか?匂いなのか?は謎です」

中林さんはここで、いったん話を切り座り直して、感慨深げな口調で話を続けた。「いずれにしても、普段生きている深海の水温が2℃前後なので、それからすれば、はるかに高い13~15℃の浅場で、かつシケにも揉まれるかなりキツイ状況にあります。オスは苦労を積み重ねてやっと、命を繋ぐ悦びの絶頂を何度も迎える。だとすれば、普通ではいられるはずがありません」


大量に水揚げされたハタハタ

中林さんのお陰で、より一層、説得力が増した。なんて健気なんだ。いとおしいぞ、ハタハタ。

それに、大友捷昭さんはよく言う。「行先は墓場に決まってるんだから、楽しい道を行った方がいいじゃん」。捷昭さんのハタハタ話も「楽しい道」に違いない。「新しい民話」としてお読みください。(つづく)

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