カンヌ国際映画祭をはじめ世界の主要映画祭の現場を取材し、TOHOKU360にも各国の映画祭のリポートを寄せてくれている映画評論家・字幕翻訳家の齋藤敦子さん。2021年に東京フィルメックスから東京国際映画祭のプログラミング・ディレクターへと転身した市山尚三プログラミング・ディレクターに、今年の東京国際映画祭の舞台裏についてインタビューしました。
【齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)】――まず、電撃的に東京国際映画祭(以下、TIFFと表記)のプログラミング・ディレクターに就任したことについて。
市山:僕自身びっくりしました。年明け1月にプログラミング・ディレクターをやってくれと言われたんです。そのときに考えたのは、これはフィルメックスを後進に譲るいい機会だと。というのは、20年も同じ人がディレクターをやっているのは変だとずっと思っていたんです。僕が個人でやっている映画祭ならともかく、文化庁などからお金をもらって運営している公共の映画祭で、一人の人間が独占するのは変だと。
フィルメックスを後進に
――カンヌなんかは長かったですよ。ジル・ジャコブは70年代から30年近くディレクターでした。ある視点を作ったのがジル・ジャコブですから。
市山:カンヌの監督週間が出来たのが69年で、それに対抗してある視点が出来たから、70年代の初め頃ですね。ジル・ジャコブは長かったけど2000年に辞任して、その後がティエリー・フレモーで、彼ももう20年超えている。ベルリンのディータ―・コスリックは20年未満、ヴェネツィアのアルベルト・バルベラも長いけど、1回辞めていますから。
ともあれ、20年というのは長いので、引き継げる人がいたら引き継ぎたいと思っていたわけです。ところが19回のときにオフィス北野が解散し、辞めるに辞められなくなって、20回、21回と僕が引き続きやったけど、これはちょうどいいタイミングじゃないかなと思った。それですぐ神谷直希くんに連絡しました。神谷くんはオフィス北野が解散した後、一緒に木下グループに入ったんですが、僕が抜けた後も残っていたんです。神谷くんがやると言ってくれたんで、そこで安心してTIFFの話を受けることにしたんです。
――私は、最初に市山さんがTIFFに移ると聞いたとき、前にフィルメックスとTIFFを同時期開催にしようと安藤チェアマンと話し合ったときに密約があったんじゃないかと勘ぐったんです。
市山:それはなかったです。
――ニュースを聞いてびっくりしたのと同時に、TIFFが健全化するには当然のプロセスかなとも思った。
市山:安藤さんが目指している映画祭は、僕の考えている映画祭に近い。要するにヨーロッパ標準というか、世界標準というか。つまり、普通の映画祭をやろう、変なところは正していこうということ。僕がTIFFでずっと疑問に思っていたところは、特別招待作品という部門。あそこが世界標準からすると映画祭で紹介すべきとは思えない作品が入っていると安藤さんもおっしゃっていました。それで安藤さんから、コンペのプログラミングだけでなく、全体を統括してくれ、映画祭自体をもっと理想的なものにしてくれという話だったんで、それなら受ける意味があるかなと思ったんです。
ガラ・セクションを新設
――特別招待作品という部門は、TIFFが出来るときに映画業界との力関係で出来た、変な部門でしたね。
市山:よく例にあげるんですが、以前90年代にTIFFにいた時、タル・ベーラの「サタンタンゴ」を特別招待でやるべきだと言ったら、配給が決まってないからダメですと言われたんです。要するに、配給が決まっている映画のお披露目用の、秋の映画まつり的な部門だった。だから、新作でなくても1年前や2年前の作品でもいいというようなラインアップで、外から見るとものすごく変だった。
日本映画のセレクションに来ている海外の人達から、なんでこんな映画をわざわざ映画祭でやるんだとさんざん言われた。おそらく安藤さんもそのことをいろんな人から聞いていたんだと思います。なので今年、特別招待作品に代わって新設したガラ・セレクションは本数を絞り、配給が決まってない作品をやれるように予算をとって、幾つか未配給のものをやります。一番目立つところだし、そこが一番大きく変わったところかもしれませんね。
――今までは特別招待作品が一番先にチケットが売り切れ、お客さんが来る部門だったじゃないですか。配給がついてるからゲストも来て、レッドカーペットを歩いて、みたいな。
市山:90年代がそうだったんですが、ゲスト優先で決まっているきらいがあった。作品はつまらないが有名なスターが来ます、だからやりましょう、みたいなことがすごく多く、クオリティを無視して、にぎやかしで選ぶ。カンヌでもにぎやかしでやっている作品はありますが、一応何らかの理由で映画祭で上映すべき作品を選んでいます。
――最低限の基準がある。
市山:僕にとってラッキーだったのは、今年はコロナ禍でゲストが呼べず、作品本位で選べること。これが来年以降になると、なんでゲストが来ない映画をやってるんだという声が出てくる可能性はありますね。
――今年は普通の映画祭化の第一歩という感じ?
市山:カンヌでいうオフィシャル・セレクション・アウト・オブ・コンペティションみたいな、コンペ外だけど大きく観客にアピールする映画の部門があって、コンペティションがあって、アジアの未来がある、というように整理しました。
――今までマスコミに流れるTIFFのニュースといえば、特別招待作品で秋に公開されます、お正月映画です、こういうゲストが来ます、みたいなのが最初に出ちゃう。そうすると映画祭自体のイメージがすごく悪い。
市山:ワイドショーなどでは“東京国際映画祭”ということさえ言わない。“なんとかという作品の完成披露試写会が開かれました”と。TIFFとは一言も言わずに。
――失礼ですね。
市山:映画祭のプロモーションにもなってない。なので、今年はこういうラインアップでよかったと思います。
銀座・日比谷エリアにも展開
――今年から銀座・日比谷エリアに出てきますね。六本木は閉鎖された空間だったので、映画祭としての発信力に問題がありました。ただ、銀座・日比谷は一般の買い物客も多いところです。
市山:六本木は一つのシネコンの中でやっているので映画祭に来た気にならない。渋谷でやっているときは文化村、パンテオン、東映でも上映していて、外に出て、軽く食べながら映画を見て歩けました。
――文化村の頃はプレスの部屋も広かった。
市山:あれが理想的だったので、それにちょっと近づけようとしているんです。
――銀座・日比谷エリアで広いスペースを確保するのは難しいのでは?
市山:プレスルームはミッドタウンの上を借りています。街を歩きながら映画を見るという楽しさを味わって欲しい。海外では、六本木みたいなところでやってる映画祭ってあんまりないと思うんです。映画祭の雰囲気を味わうのでなく、映画を沢山みたいというだけなら便利ですが。
――六本木は前々から問題が言われていましたね。使い勝手の悪さとか。
市山:装飾が出来ないんです。旗とか絶対に立てられない。
――森ビルの規制がある。森ビルに行った気はするが映画祭に行った気はしない。
市山:駅からポスターがあって、会場に行けばポスターがあるんだけど、そこまで一切何の告知もないので、行った人達も迷う。
――今回は出来る?
市山:日比谷ミッドタウンの地下とか有楽町駅前にパネルを出したり、今準備しています。
今年も屋外上映
――映画祭気分が盛り上がる?
市山:という風になればいいかなと。
――観客の足だまりはどこですか?日比谷ミッドタウン横の広場?
市山:TOHOシネマズを使えると、あそこが基点になるんですが。
――ゴジラ像のある広場に何かあるといいですね。
市山:去年もやりましたが、屋外上映をやります。あそこに仮設のスクリーンを立てて。
――無料で?
市山:無料です。今回ガラ・セレクションで「ラストナイト・イン・ソーホー」をやるんで、同じエドガー・ライト監督の「ベイビー・ドライバー」をやります。若干関連のある作品を無料で。
――それは楽しそうですね。晴れるといいですが。
今年の動き方が私にもよく見えてないんですが、シャンテの辺りがひとかたまり、よみうりホールと角川シネマ有楽町の辺りがひとかたまりになるわけですね。
市山:ミッドタウンのTOHOシネマズの上にプレスセンターやアジア交流ラウンジがあり、BASE Qがトークイベント会場になります。
――アジアの未来の会場は角川シネマ有楽町とヒューマントラストシネマということで、有楽町側ですが、コンペはシャンテだから日比谷側ですね。
市山:コンペも会場がばらけますが、メインはシャンテです。
――席数が少なくないですか?
市山:220くらいで、作品によっては争奪戦になると思います。ただ、バフマン・ゴバディの映画はよみうりホールでやるんです。シャンテでは舞台挨拶ができないからで、ゴバディの映画だけはよみうりホールでやることになりました。ただ、残念ながらゴバディは新作の準備のため来られなくなりましたが。
――来年からよみうりホールをメインにしたら?
市山:あそこは広すぎるんです。キャパ1000で、朝日ホールより広い。今年は作品によっては席数が50%になっていますが、それでも500もある。本当は丸の内ピカデリーが使えるとちょうどいい。今、丸ピカ1,2が改修中で、来年オープンするそうですが、今年一番痛いのはそこなんです。(つづく)
10月13日東銀座の東京国際映画祭事務局にて。
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