市山尚三PDと振り返る東京国際映画祭2024①「非常に強い」中国映画の裏に検閲の変化

今年も10月下旬から11月上旬にかけて開催された、東京国際映画祭。国内外の映画祭を取材しTOHOKU360に寄稿してくれている字幕翻訳家・映画評論家の齋藤敦子さんが、今年も市山尚三プログラミング・ディレクター(PD)に独占インタビューし、映画祭を振り返ってもらいました。

昨年は「ゴジラ1.0」「パーフェクト・デイズ」がアカデミー賞候補に

――まずは去年の映画祭の感想から伺いたいと思います。

市山:うまくいったと言えるのは、オープニングの『パーフェクト・デイズ』、クロージングの『ゴジラ1.0』が両方ともアカデミー賞にノミネートされたことです。しかも『ゴジラ』は視覚効果賞を受賞したということで、誰にでもわかりやすい形で東京国際映画祭(*以下、TIFF と表記)がすばらしい映画をやっているというのが見えたと思います。もちろん他にもいろんな映画があるんですが、一般的な人たち、官公庁の人たちを含めてですけど、こんなにすごい展開があるんだということが分かった。

しかも、『パーフェクト・デイズ』はカンヌに出ていましたが、『ゴジラ1.0』はTIFFがワールドプレミアで、その後アメリカで予想を上回る大ヒット、しかもアカデミー賞受賞までいくという、なかなか起きないことが起きた。それに2作とも日本国内での興行もすごく成績がよかった。そういう点でいい映画をやってよかったという感じにはなりましたね。

映画局のトップが替わり、活況続く中国映画

――コンペの作品はどうでした?

市山:中国映画が非常に強かった。全部で3本やったんですが、ペマツェテンの『雪豹』とガオ・フォンという若手監督の『ロングショット』という初監督作品が受賞して、中国映画のクオリティの高さがはっきりとわかったと思うんですが、今年は更に本当に中国映画ばっかりみたいなセレクションになっています。

――以前、中国映画がなかなか国外の映画祭に出てこないという時代がありましたが、そこで溜まったものがワッと出てきということですか。それともその後、新たに撮られた作品がいいということでしょうか。

市山:去年の2月くらいに映画局のトップが替わり、明らかにそれからよくなりましたね。それまで検閲で止まっていた作品が出るようになったのが1つと、去年撮影許可が出たものが今年出来上がってきている。明らかに今までに比べていろんな映画が通るようになった。

今年のコンペの映画を見ても微妙な映画が結構あるんですよ。例えば、ミディ・ジーの『シャオイェンの思い』は、ミャンマーとの国境地帯に住んでいる大女優に姉が訪ねてきて、過去の貧しいときに犯罪めいたことに関わっていたことがだんだん明らかになってくるという話なんですが、ミャンマーの国境地帯は実際に犯罪地帯のようなところがあって、そこをクローズアップしているという意味で微妙な映画なんですが、それがちゃんと検閲を通って公開される。

ワールド・フォーカスにはジャ・ジャンク―がプロデュースした『怒りの河』という映画があって、これもミャンマー国境の話です。娘がいじめで自殺してその原因となったと思われる同級生がミャンマーに逃げて、お父さんが彼女を追って違法に国境を越えたりしながらミャンマーに行くと、その友達が犯罪組織に絡めとられていて、逆に救い出そうとする話です。

――ミャンマーって、そんな話が多いですね。

市山:たぶん地域的にやばい題材が転がっているんじゃないでしょうか。軍事政権で大変ですしね。そういうどう見ても検閲的に微妙なものが何とか通っている。そういう意味では、中国映画はある種、作りやすくなっているかもしれません。もちろん問題もある。今、中国では若者はTiktokしか見なくて映画館に来ない。その背景には大学出ても就職できない人が多く、失業者がすごく増えている。映画なんか見に行ってる場合じゃないというところもあり、今年は興行成績に陰りが出ているそうです。そういうネガティヴな面もあるんですが、検閲の面では数年前に比べるとずっと面白い企画が通るようになっています。

――あの頃の検閲は理不尽でしたが、その理不尽さはなくなって、普通の検閲になった?

市山:そうですね。ちょっと前に戻ったみたいな感じでしょうね。

――で、コンペの中国映画が強い?

市山:中国映画3本と香港映画、台湾映画があるんで、中国語圏でいうと5本も入っているというメチャクチャな状況です。

――5本というのは凄いですね。そんなこと今までにありました?

市山:いや、ないです。中国映画3本というのは去年が初めてで、ここまでのバランスの崩し方はないです。

――それは、やっぱり強いから?

市山:強いからです。単純にヨーロッパ映画などで候補になっているものよりも面白いです。

――ヨーロッパが弱いのはなぜでしょう?

市山:弱いということはないんですが、今年これは凄いからぜひ、というものが少なかった。他の映画祭で凄いものがあったかというと、ヴェネツィアのコンペにはあったかもしれませんが、オリゾンティの映画はそんなに面白くなかった。だから今年はほとんど入ってないです。

――今年のヴェネツィアは、これはと思う映画がなかった気がしますね、ラインナップを見ただけですが。

市山:オリゾンティの映画は、TIFFのコンペに入る可能性もあるので、結構集中的に見たんですけど、悪くないものはあるんですが、結局中国映画を押しのけてもやろうというものはなかったですね。

――今年のヴェネツィアはアルモドバルが金獅子賞を獲ったことに意義がある、ここで獲らなければ彼は一生最高賞を獲れなかったかもしれないので。

市山:アルモドバルの『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は今回ジャパン・プレミアで上映できてよかったです。

ベルリンの映画は「むちゃくちゃ面白かった」

――海外の映画祭を回られたと思うんですが、どんな感じでした?

市山:ベルリンはすごく面白かったです。今回ワールド・フォーカスで『ダホメ』、『ぺぺ』、『ダイレクト・アクション』というベルリンで受賞した3本をやりますが、日本の配給会社がどこも買ってないんです。

――難しい映画?

市山:当たるかどうかと言われると難しいかもしれませんけど、映画としてはむちゃくちゃ面白かったです。カンヌはもちろんレベルは高いんだけど、カンヌのコンペ作品で受賞したものはすべて配給が決まっていて、来年の春くらいに日本公開になるんで、配給会社は積極的に出してはくれない。むしろそれよりベルリンで上映されて配給が決まってないものをやった方がいいという結果、ワールド・フォーカスにベルリン作品が増えたという感じがあります。

――ベルリンは来年からディレクターが替わるので、最後の年だったチャトリアンが頑張ったのでは?

市山:こんなことをやったら観客が減るとか、そういうことを考えずに自分の好きなもので編成したという感じじゃないですか。

――なるほど。プレッシャーがなくなって自由にやった?

市山:だから思い切ったセレクションで面白かったです。『ぺぺ』はカバが主演の映画で、それで面白いんです。

ーープサンには行かれたんですか?

市山:今、帰ってきたところで、明日また行くんです。

――授賞式だけに?

市山:クロージングの『Spirit World』が僕のプロデュース作品なんです。今年はTIFFの仕事というより、東京藝大と韓国映画アカデミーでプサン映画祭期間中に共同ワークショップが行われ、その引率で行ったんです、学生を連れて。それで1週間以上もいたんです。

配信の影響で、韓国映画からスターが消える?

――映画は見られました?

市山:1本も見てないです。ただ、今回のプサンは初期の頃の雰囲気に戻っているというか。プサンの初期の頃は、地味だけれど割といい映画をやってて、アジア映画を対象とする企画マーケットもあって、という感じだったんですが、ある時期から韓流スターを呼んでイベントをやったり、派手な雰囲気を演出するようになりました。

しかし、今は韓国映画にスターが出てない。この2年間、韓国の興行成績は最悪の状態になっています。それは配信の影響とか原因はいろいろあると思うんですけど、製作費、特に俳優のギャラが下がらないんで、映画に大スターを起用できない、それで出資者も離れていくということで、映画祭で上映される映画のほとんどがインディーズ系なんです。映画を見ていないんでクオリティはわかりませんけど、初期のプサン映画祭のインディーズ系の祭典みたいな感じが結果的に戻っている感じがしましたね。

――私も韓国映画界の窮状みたいな話を聞きました。配信の影響で俳優のギャラが凄く上がって、スタッフが大変になってる、何本も掛け持ちしないと、みたいな。

市山:スタッフは逆に忙しくなりすぎて大変なんです。しかも映画の方は大作が撮れないんで、インディーズ系の映画ばっかりになってる。

――配信のシリーズ物って撮影期間が1年近くありますよね。1シリーズ十何話もあるから。

市山:そうなんですよ。それで映画にはスターが出てないから映画館にも来ないと、どんどん悪循環になっています。韓国の助成金の財源が興行収入の一部なんで、それが減っている。

――フランスの興収前渡し金制度をお手本にしたからですね。

市山:劇場公開が景気のいいときは全然OKなんですが。今年はプサンだけじゃなくて韓国の映画祭は一律予算削減されています。でもプサンの上映本数は減ってないんで、たぶんイベントとかをやめたんだと思います。作品自体はいろんな映画祭に出てたものを集めてやっているんでクオリティもそんなに下がってはいない。それにお客さんがすごく入ってる。なぜかというとゴールデンウィークみたいな連休があって、今年たまたま休日が重なって、6連休くらいあって、毎日、平日の昼でさえも満員だった。

――映画祭的にはよかったですね。

市山:おそらく大成功だったというレポートになるとは思うんだけれども、ただ、ある時期の派手なプサン映画祭、レッドカーペットを韓流スターが歩いてキャーっという感じはなかった。

――でも、それはなくてもいいですよね。

市山:映画祭的にはいいんじゃないかと思うんだけど、人によっては地味になったという人がいるかもしれません。

――その他に海外に出掛けられた映画祭は?

市山:上海映画祭とジャ・ジャンクーのピンヤオ映画祭に2日間だけ行ってきました。

ピンヤオに伊藤詩織さんの「Black Box Diaries」

――ピンヤオはどうでしたか?

市山:今年はめちゃくちゃ盛り上がってました。なぜかというと、10月中旬に開催していた頃は屋外上映会場が寒くて人が集まらなくて、それで9月末に変えたら観客動員数が激増した。

――今年は温かかったですしね。

市山:伊藤詩織さんのドキュメンタリー『Black Box Diaries』が1000人の屋外会場で上映されて満杯だったらしいです。上映後、質問しながら泣き出す人がいたり、屋外会場の盛り上がりも凄かったそうです。それから、坂本龍一の息子さんの空音央監督の『HAPPY END』、先週から公開が始まったのかな(注:10月4日公開)、あれも監督が取り囲まれてサイン攻めになったり、そんな盛り上がりだったみたいです。

――今、ジャ・ジャンクーはピンヤオの何をやってるんですか?

市山:創設者なんで毎日すごいですよ。オープニングで<Don’t Worry Be Happy>を熱唱しちゃったり。

――キム・ギドク監督みたい(笑)

市山:今年のワールド・フォーカスに『陽光倶楽部』という映画があるんですが、ジャ・ジャンクーが<Don’t Worry Be Happy>を歌うシーンから始まるんです。必見ですよ。これは上海映画祭で見た映画で、ジャ・ジャンク―がいかがわしい団体の総帥で、みんなにタクラマカン砂漠で植樹をしようという運動をしているんですが、冒頭、参加者を集めた前でいきなり<Don’t Worry Be Happy >を熱唱する。ピンヤオでは、オープニングでジャ・ジャンク―が歌って、伊東詩織さんたちゲストがみんな踊ったらしいです。

――歌は上手なんですか?

市山:あのダミ声で叫んでるだけ(笑)、上手いとは言えない。

――侯さんの方が上手いのかな?

市山:侯孝賢の方がサマになってますね。『陽光倶楽部』はジャ・ジャンクーの歌から始まって、最後のエンドロールでも歌が流れます。

――他に海外の映画祭は?

市山:ヴェネツィアとサンセバスチャンには行ってないです。サンセバスチャンといえば金賞を獲った『孤独の午後』は凄かったですよ。

――アルベール・セラの映画ですね。

市山:傑作ですよ。牛の死ぬところをずっと見せられる。問題を提起するために撮っているとも言えるんですけど。何の説明も無くずっと闘牛のプロセスを見せる。

――アルベールらしいですね。人の神経を逆撫でするのが好きだから。

市山:これはすごくいいですよ。金賞にした審査員も勇気がある。

(②に続く。10月9日、東銀座の東京国際映画祭事務局にて)

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