市山尚三PDと振り返る東京国際映画祭2024②コンペ部門の日本映画に強力な3本揃う

今年も10月下旬から11月上旬にかけて開催された、東京国際映画祭。国内外の映画祭を取材しTOHOKU360に寄稿してくれている字幕翻訳家・映画評論家の齋藤敦子さんが、今年も市山尚三プログラミング・ディレクター(PD)に独占インタビューし、映画祭を振り返ってもらいました。

新セクション『ウィメンズ・エンパワーメント』

――今年のTIFFの特徴について伺いたいんですが、新しいセクションが出来ましたね。

市山:ウィメンズ・エンパワーメントですね。最終的にはアンドリヤナ・ツヴェトコビッチさんのセレクションなんですけど、僕も候補作品は全て見ています。僕の方でいろいろ見ているなかで、これはいいんじゃないかというものを推薦し、最終的にはアンドリヤナさんが決めています。

――横の交流はある?

市山:石坂さんの方でも、アジアの未来には入らないが面白い作品を推薦してくれています。例えば香港映画の『母性のモンタージュ』は監督第2作ですけど、プサンのニューカレンツに入ってアジアの未来ではやれないので、ウィメンズ・エンパワーメントに来たとか。そういう風に連携はしてやっています。

――では今年のコンペティション部門から具体的に作品のお話をうかがいたいと思います。先ほど、中国映画とヨーロッパ映画の傾向は伺いましたが、他はどうですか?アメリカとか?

マカロニ・ウェスタン風の南米作品『アディオス・アミーゴ』

市山:アメリカはゼロで、南米が2本入っています。コロンビアの『アディオス・アミーゴ』は実際の歴史上の内戦を元にした話なんですが、マカロニ・ウェスタンのスタイルで、相当面白いです。

――『死体を埋めろ』も南米ですか?

市山:これはブラジルです。マルコ・ドゥトラというオオカミに育てられた少女の話を扱った『狼チャイルド』という映画を撮った監督がいるんですが、これはブラジルの貧困問題をファンタスティック映画風のスタイルで撮ったものです。最初に見たのはカンヌのある視点に出た、スーパーマーケットに怪物が出てくる『Hard Labor(重労働)』という映画ですが、スーパーマーケットの壁に怪物がいるみたいな話をみんながしてて、気のせいだろうと思ったら最後に本当に怪物が出てきて終わるというそんな映画でした。ブラジルの人に聞いたら、あれはブラジルの社会問題を告発する映画だと。そういう映画を作っている人です。

――ブラジル人が見ると、“ああ、なるほど”と思う?

市山:今回もすごく変な映画です。道路で死んでる馬とか、そういう動物の死骸を集めて処理場に送って埋葬している男が主人公なんですが、その行動がだんだんおかしくなっていく。

セルジオ・グラシアーノ監督の『英国人の手紙』はポルトガル映画でパウロ・ブランコのプロデュースなんですが、ブランコ本人が来るんです。

パウロ・ブランコ健在『英国人の手紙』

――まだ健在だったんですね。

市山:あれだけカンヌを訴えると騒いでいたのに、今はちゃんとカンヌにブースを構えてますよ。

――さすがプロデューサー、そうじゃなきゃ。

市山:これも変わった映画で、アンゴラとかナミビアあたりが舞台で、父親が植民地時代に残した書類を探す小説家の話なんですが、途中から過去のシーンというか、昔の植民地時代の話になってくる。スタイルは違いますが、ペドロ・コスタとか、ポルトガルの監督で植民地を題材とするものを撮る人ってたくさんいますよね。

――パウロ・ブランコ印みたいな感じ?

市山:そうですね。ミゲル・ゴメスの『熱波』も植民地映画だったんで、ポルトガルの人たちにそういう何かがあるのかもしれない。

――そういえばミゲル・ゴメスは新作が今年カンヌのコンペに出たんですよね。

市山:『グランド・ツアー』は配給会社の都合で上映できませんでした。公開が決まっているのなら、それは仕方ないな、と。

カザフスタン映画『士官候補生』

――アジアでも西の方はどうだったんでしょうか。

市山:カザフスタン映画が1本あります。アディルハン・イェルジャノフの『士官候補生』です。監督のイェルジャノフは昔からの知り合いで、フィルメックスで『イエローキャット』という映画をやったことがあるんですけど、北野武監督の映画が大好きな人で、前作は撮影スタイルも北野武風でしたが、今回はかなり暗黒な士官学校の話です。基本的には士官学校の中のいじめというか、そういう人間関係の醜さの話なのですが、随所にホラー映画風の演出をやっている、変わった映画です。

コルシカの女性ジャーナリスト描く『彼のイメージ』

――ティエリー・ド・ペレッティの『彼のイメージ』というのは?

市山:これはカンヌの監督週間で上映されたフランス映画で、コルシカ島の話なんです。コルシカ島に住んでいる女性ジャーナリストを20年ぐらいのスパンで描いた話で、ボーイフレンドがコルシカ独立運動でテロ行為とかをやっていて、警察に捕まって釈放されというのを繰り返している。彼女と彼女の周辺の人たちの話で、こんな動きがコルシカ島であったのを知らなかった。なかなかよく出来ていると思います。この監督も初めて見た監督です。

演出が凄い。『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』

――日本映画は?

市山:今年は強力な3本です。選考委員もほぼこれで決まりみたいな感じだった。中堅とまでは行かないけれど、ちょっと手前くらいな感じの監督、吉田大八、大九明子、片山慎三の3作品です。

吉田大八監督は『紙の月』をコンペでやってます。大九明子監督の『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』は今までの大久さんの作品の中で一番いいです。ちょっとびっくりしました。話は大学生のラブストーリーなんですが、演出が凄い。もちろん、若い俳優たちの演技も凄いんですけど。前は『勝手にふるえてろ』みたいなポップな感じが多かったですが、今回はもの凄い長回しで役者の芝居を撮っててびっくりしました。

つげ義春原作『雨の中の慾情』

――片山慎三監督の『雨の中の慾情』というのは?

市山:この人は『さがす』とか『岬の兄弟』を撮った人で、今回は全部台湾で撮っているんです。台湾の昔ながらの風景をうまく活かしている。つげ義春原作ですが、つげさんの原作は短い話なので、設定だけ借りて、あとはほとんどオリジナルで撮っています。

北から難民?吉田大八監督の『敵』

――吉田大八監督の『敵』。

市山:これはかなり変ですよ。原作は筒井康隆で、大学教授が引退して独りで住んでて年金が幾らとかしみったれた話をしていると、そこに昔の教え子が訪ねてきて、恋愛関係になってしまったところを想像していると、ネットに北の方から外国がせめてきて難民が東京に押し寄せるみたいな書き込みがあって、最初は冗談かと思って見ていたら、本当に難民が教授の家に入ってくる。

――長塚京三さんが久しぶりに映画に出るというのをネットのニュースで読んだんで、筒井康隆原作というところまでは知ってましたが、そんなに変な話とは思いませんでした。

市山:いや、変ですよ。

自主応募作『大丈夫と約束して』

――カタリナ・グラマトヴァ監督の『大丈夫と約束して』は?

市山:これは全く知らなかった新人監督です。自主応募された作品で、予備選考の評価が高く、実際に見たらよかったんで選びました。短編は何本も撮っていて、受賞したりしている監督です。映画はスロバキアとチェコの合作で、監督はスロバキア人でロケ場所もスロバキアです。話は、夏休みに田舎のお婆ちゃんの家で過ごしていて、そこで母親の暗い過去というか、自分で思っていたことと違う母親の実像を知って苦しむ男の子の話。

『トラフィック』は、3年前イザベル・ユペールが審査員長のときに審査員特別賞を獲った『市民』(劇場公開題名は『母の聖戦』)のテオドラ・アナ・ミハイ監督の映画で、前作はメキシコを舞台に母親が娘の行方を捜す映画でした。監督はルーマニア人なんですが、今回は撮影がオランダで、実際にロッテルダムで起きた名画盗難事件、移民が金に困って名画を盗んで、それを逃走中に焼いたという事件の話です。

ーー名画を焼いちゃったんですか?

市山:高いものとは知っていてもそこまで貴重だとは思わなかったのかもしれません。それを元に映画化した。主人公をルーマニア移民にして、ルーマニアから出稼ぎに来ても売春みたいな仕事しかないような若者夫婦が、そういう盗難事件に加わるという話で、脚本はクリスチャン・ムンジウです。

――脚本がムンジウ。だんだん分かってきました。

市山:ヨーロッパの格差社会の問題が露骨に出ている映画で、なかなか面白かったです。

イー・ヤンチェンシーの演技が魅力『小さな私』

――では中国映画を具体的にうかがいます。

市山:ヤン・リーナ―監督の『小さな私』は、イー・ヤンチェンシーという中国の大スターが障害者の役をやっています。彼は本当に上手くて、知らないで見ると本物の障害者じゃないかと思うくらい。ちょっとイ・チャンドンの『オアシス』みたいな感じです。基本的には悲しい話じゃなくて、彼がいろいろ問題を抱えながらも力強く生きていきます、みたいな映画ではある。ヤン・リーナーはジャ・ジャンクーの『プラットホーム』に出てた女優です。『プラットホーム』ではチャオ・タオの同僚の女の子で、ボーイフレンドの団員とホテルに泊まったときにいろいろとがめられて、相手の男が嘘をついて裏切ったというんで途中から劇団を離れる女の子の役を演じました。

――小坂史子さんが“あの子がいい”と言ってた子ですか?チャオ・タオより彼女の方がずっといいと言ってましたよ。

市山:彼女はその後、監督になって、ドキュメンタリーとフィクションの両方やっています。山形ドキュメンタリー映画祭でも作品が上映されたことがあります。今回は劇映画なんですけど、なかなかよく出来ている。

侯孝賢プロデュースの『娘の娘』

――ホアン・シー監督の『娘の娘』というのは?

市山:ホアン・シーは『台北暮色』の監督です。フィルメックスでは『ジョニーは行方不明』というタイトルでした。侯孝賢の『憂鬱な楽園』のスタッフだったんですが、僕は現場にあんまり行かなかったんで当時は会っていません。『台北暮色』は侯孝賢のプロデュースでしたが、今回も侯孝賢プロデュースなんです。それでシルヴィア・チャンの主演。

――ところで侯さん、仕事できてるんですか?(注:侯孝賢は2023年にアルツハイマー病のため家族が引退を発表)

市山:調子のいいときにシナリオを読んだりしていて、アドバイスしているそうです。あと名前があるとお金が集めやすいということもあり、自分の助監督やスタッフの作品にプロデューサーとして名前を出している。あの人の名前があると大きいですから。でも、気分のいいときにはちゃんとプロデュース活動はしているという話です。

――それはいい話を聞きました。どうしてるかなと心配してたんで。

続いてドン・ズージェンの『わが友アンドレ』とは?

市山:「山河ノスタルジア」というジャ・ジャンクーの映画がありましたが、あの最後のパートでシルヴィア・チャンと恋愛関係になる少年がいたじゃないですか。第3話でオーストラリアで撮った話、その彼のデビュー作です。

「山河ノスタルジア」の「少年」が監督『わが友アンドレ』

――監督デビューということ?

市山:元々人気俳優で、今30才くらいなんですけど、ついに監督デビュー。これは撮影がすごくて、誰が撮ったんだろうと思ったらペマツェテンの撮影監督だったルー・ソンイエでした。去年TIFFシリーズで『平原のモーセ』という5時間くらいのシリーズをやったんですが、このドン・ズージェンが主演で、カメラがルー・ソンイエだった。たぶんそれで頼んだんじゃないかと思うんです。新人監督作品とは思えないすごい風格のある撮影なんで、誰だろうと思ったらルー・ソンイエだった。そういう意味で、アジアの未来よりもコンペティションでやった方がいいと思ったんで、新人監督だけどコンペでやります。

――アンドレとはどういう人なんですか?

市山:本当は“安徳なんとか”と書く名前なんだけど、なぜか自分はアンドレだと言う男がいる。“安徳烈”はアンドレイ・タルコフスキーの”アンドレイ“の当て字です。タルコフスキーに掛けているのかどうかは分からないですが。それをなぜか自分の名前だと言う変わった同級生がいて、彼と主人公がひさびさに再会するという話です。

ーー外国人ではなくて中国人なんですね。

市山:中国人です。その後で彼の回想シーンが出てきて、彼の家庭環境のいろんな問題点が見えてくる。例えば、父親が高圧的だったりとか。原作があるみたいです。

ラウ・チンワン主演『お父さん』

――フィリップ・ユンの『お父さん』は香港映画ですか?

市山:香港です。フィリップ・ユンはかなり香港に根差した映画を撮っている人です。前に『九龍猟奇殺人事件』というひどい題名で日本でビデオ発売になった映画があって、確かに猟奇殺人事件の話なんだけど、それが素晴らしい作品だったので、注目していました。

――スプラッターものじゃなく?

市山:バラバラで死体が見つかって、それがなぜ起こったかを探ると、中国本土からお金を求めて香港に渡ってきた娼婦の女の子が殺されたというプロセスが再現される。よくこんな暗黒な映画を撮ったなと思うんだけど、アーロン・クォックが主演なので、企画が成立したのだと思います。その監督の新作で、今度はラウ・チンワンの主演なんです。ネタばれになるかもしれないけど、ラウ・チンワン演じる主人公の息子が奥さんと娘を殺すという事件があって、息子が逮捕されて裁判にかけられるんですが、ラウ・チンワンが原因を探るために息子の裁判に出たり、刑務所の息子に会ったりという話に、幸せな頃の話がカットバックする。かなりきつい映画ですけどね。

――社会派?

市山:香港の庶民的な町が舞台になっていて、単なるバイオレンス物ではなくて、ある意味、やっぱり社会派ですよね。実際に起こった事件かどうかは僕もわからないんですけど。

(③に続く。取材:10月9日、東銀座の東京国際映画祭事務局にて)

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