湯治がきっかけで結ばれた、東京の本屋さんと鳴子温泉の縁

2019年9月23日から29日までの一週間、宮城県大崎市の鳴子温泉に期間限定の本屋さんがお目見えした。企画したのは東京都江戸川区で古本と新刊を扱う書店「平井の本棚」。客の好みを聞き、湯上がりにおすすめの本を選ぶという温泉地ならではの出張本屋となった。

好みに合う本を選んでくれる、温泉街の出張本屋

会場となったレトロな洋館

「本に浸かる、本で癒す」と題された今回の企画は、鳴子温泉郷のイベント「湯治ウィーク」の一環として、温泉街にあるかつては個人病院だったという洋館の一室で行われた。レトロな館内には壁一面の本棚と4人がけのテーブル2台が置かれ、そこでお客さんに好きな本、過ごし方、食べ物、映画、人などを書いてもらい、それを手がかりにスタッフが書棚の中から好みに合いそうな本を数冊選ぶ。

書棚は、幸田文の『木』、吉村昭の『破獄』、柚木麻子の『3時のアッコちゃん』、森見登美彦の『美女と竹林』など新旧問わず、小説からエッセイまで幅広いジャンルの本が並ぶ。お客さんは本を手に取り、話を聞きながら一冊選んでいく。
 

本棚には様々な本が並ぶ

「温泉で癒された後、湯上がりに読める本を」

選書風景。客が書いたシートを見ながらカウンセリングするスタッフ

企画・選書にあたったのは「平井の本棚」店主の津守恵子さん(48)と、運営スタッフの越智風花さん(25)。イベント出店のきっかけは、20年以上前から津守さんが鳴子温泉郷に湯治に通っていたことだった。

鳴子温泉郷では、2018年より「なるこ湯よみ文庫」と銘打ち、宿泊客向けの共同文庫の設置や、国文学者のロバート・キャンベル氏を招いての読書会の開催など、様々な取り組みをすすめていた。それは「古くからの湯治文化がある鳴子で温泉に滞在し、本を読みながらゆっくりと自分を見つめられるような時間を作り出してもらいたい」という思いから始まったもの。

今回の企画は津守さんが東鳴子温泉で湯治をした際、置いてあった宿の本を夢中で読み耽った経緯がきっかけ。「温泉で癒された後、湯上がりに読める本を本屋が提案し、提供できたら面白いのではないか」と考えた。さらにスタッフの越智さんは、長野県の浅間温泉で3年ほど古本屋を営んでいた経験があった。「おんせんブックス」という名前のその店は、六畳一間というスペースだったこともありお客さんとの距離も近く、雑談の中から好みを聞いて本を薦めることも多かったという。

そのような2人の思いや経験が原点となり、「湯治ウィーク」主催者側に企画を提案したところ採用となり、実施に至った。

今回のイベント「本に浸かる、本で癒す」のポスター

鳴子の旅館やカフェに書棚を設置

期間中に選書を申し込んだのは20代から40代の女性が多かったが、中には読書家の男性が奥さんを誘いご夫婦で本を選ぶ姿も見られた。「選んでもらった本が好みに合っていた」と後日、数人からメールが届いたり、赤ちゃん連れで来た女性からは「子どもが産まれてから本屋さんでゆっくりと選ぶ時間がとれずにいたので、ここに来られて良かった」という感想が寄せられたりするなど喜びの声も聞かれたという。

「平井の本棚」では今回の滞在時に6軒の旅館と1軒のカフェに書棚を設置した。各旅館やカフェと話し合いながら、それぞれのイメージに合う本を揃えている。立ち寄れば誰でも本を購入できるので温泉街が「ミニ古本屋街」に。設置場所は「なるこ湯よみ文庫」の札が目印だ。

今後について津守さんは「鳴子はもともと湯治で何度も滞在してきた大好きな温泉場でもあり、今回ご縁が深まりとても嬉しく思っています。これからも書棚を展開する場所を増やすなど継続的に関わっていきたいです」と笑顔で語った。

筆者も本を選んでもらった。「ノンフィクションが好き」から薦められた数冊の中から吉村昭『破獄』を選んだ