ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から間もなく1カ月。無差別化するミサイル攻撃や爆撃の痛ましい犠牲は、子どもや女性らにも広がる。それでも戦争を続けるウラジーミル・プーチン大統領の野望とは、ウクライナの人々が守り抜こうとするものとは?その因縁の歴史と戦争の現実をつなぐ手記を、ウクライナ人ジャーナリストがTOHOKU360に寄せた。(原文英語、訳・寺島英弥)
【アンドリー・バルタシェフ(ジャーナリスト、米ニューヨーク在住)】ウクライナ人の私は今、ニューヨークで活動しているが、母国は隣国ロシアと(注・まるで身内の争いのように)「紛争」あるいは「危機」に立ち至った―という言葉を知り合いの「国際派」ジャーナリストたちから聞いて、心を傷つけられてきた。起きている現実は違う。ウクライナを語ることは、野蛮な戦争、ウクライナ人の大量虐殺を意味するのだ。TOHOKU360の読者に分かっていただくために、少なくとも何十年かの歴史を一緒に振り返ってほしい。
国の独立をロシアに奪われた歴史
ウクライナが、そもそも自発的に旧ソビエト連邦の一部となった事実はない。1917年にロシア人たちに占領されて以来、独立への戦いの歴史があった。1922年には旧ソ連の15の構成国の一つに強制的に組み入れられ、「悪の帝国」の異名を取った大国が存在した間、モスクワの支配者たちはウクライナの言語、文化、慣習、多様な伝統をなきものにしようとした。ウクライナ人の独立の意思を根絶するためには、数えきれない弾圧の手段を用いた。
1991年の旧ソ連崩壊で、ウクライナは悲願の独立を手にした。が、国内の東部地域に過去とつながる親ロシア派住民が数多くおり、新たなロシアの政権もウクライナの内政に影響を及ぼす企みをやめなかった。重大な出来事が、旧ソ連時代からの偉大な独立運動家でジャーナリスト、ヴィアチェスラフ・チョルノヴィル(1937~99)の死だ。見た目は交通事故だが、誰もが「政治的殺人」を疑い、事実、ウクライナの国づくりに大きな痛手となった。
街頭の市民革命で勝ち取った自由
その後、モスクワからの独立と、ヨーロッパの一員としての発展を望む国民の志向は、首都キエフの自由広場の街頭活動で一つになった。2004年、大統領選挙のロシア寄りの選挙結果改ざんに抗議し、再選挙を実現させた「オレンジ革命」がその成果だった。2014年には、ヨーロッパとの経済協力からロシア主導の共同体加盟へ舵を切ろうとした、ロシア寄りの大統領を再び市民が自由広場での抗議活動で追い出した、「尊厳の革命」を実現させた。私自身、市民が鎮圧部隊と対峙した現場に立ち会って取材し、誇りをもってテレビで伝えた。
しかしこの時、ロシアはウクライナ南部のクリミア半島に侵攻、占拠して、偽りの住民投票で併合してしまった。親ロシア派が多い東部のドネツク、ルガンスクでも、住民に「反ウクライナ」の活動を煽り、武器を与えて反乱者に仕立て、「ロシア語を話す住民を助ける」という偽の名分で軍事支援した。以来、その戦いのためにウクライナは8年を費やさせられた。ロシアはまた、「ウクライナは『ナチス国家』をつくっている」「東部の住民を根絶やしにしようとしている」「ロシアを攻撃するつもりだ」との大量宣伝も流し続けてきた(注・ロシアのプーチン大統領はこれらを、今回のウクライナ侵攻の理由にも挙げた)。
「戦争犯罪」を重ねるロシア軍
そして2022年2月24日、プーチン大統領は「東部地域の独立のために戦う人々を助ける“軍事作戦”」を宣言した。現実には、東部からはるかに離れたキエフや、私の故郷であるハルキフなどをミサイルや爆弾で攻撃し、占領しようと目論む攻撃だった。
毎日、軍事基地や工場のみならず、住宅地、閑静な農村、学校、病院、幼稚園まで破壊し、女性や子ども、高齢者を含む市民たちを殺害している。捕虜になったロシア兵が「市民を殺害してよい」とする命令を上官から受けていた―とのウクライナ軍や目撃者の話があり、また市民の生活基盤である施設を標的にするよう命令された、というロシア軍パイロットの捕虜の証言もあった。人々の暮らしを支える場も日々破壊されている。
戦争が始まって20日余り、プーチン氏がウクライナ市民の大量殺害に手を染めたとする証拠は十分にある。彼を、米国のバイデン大統領が「戦争犯罪人だ」と名言した理由もそこにある。(注・16日、記者団に。17日には「ウクライナ国民へ非道な戦争を仕掛けている人殺しの独裁者」と発言した)
日々増える子どもと女性の犠牲
戦場となったウクライナの街々は広く荒廃し、なお間断ない爆撃に苦しめられている。人々が隠れられる場所は地下室や地下鉄などしかなく、どこも飲み水や食べものが不足している。子どもの病院や幼稚園も、もはや安全ではない。この原稿を書きながら、南部の街マリウポリの劇場がロシア軍に爆撃されたニュースを知った。そこに、子どもや女性ら1000人以上が避難していたという。
建物は破壊され、犠牲者の数はまだ不明だ。注目してほしいのは、劇場の庭に「子ども」の(注・ロシア語)文字が、空から見えるように白く大きく描かれていたことだ。が、助けにはならなかった。子どもと女性の死亡率は毎日のように上がっている。これ以上、あるいは最後には、何人が犠牲にされるのか。「自由な国になる」という当たり前の望みのために、どれほどの代償を、ウクライナは払わねばならないのだろう?
すべての文明世界に対する戦争
プーチン氏がウクライナを嫌っている、というのは明白だ。ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)に加盟する意思を持つとの政治的理由だけでなく、私たち国民が、ロシア国民よりも豊かな暮らしを不埒にも望んでいる、それが許せない、という感情的理由からだ。8年間の国内の紛争と、ロシアのクリミア半島併合という苦難にも関らず、ウクライナは経済成長を続けてきた。EU(ヨーロッパ連合)もウクライナに国境を開き、もはやビザを要求されることもない。ウクライナの国民は言論・表現の自由を持ち、あらゆる面でロシアの国民よりも幸福であったと思う。それこそが、プーチン氏が戦争を始めた理由なのだ。
さらに言えば、ウクライナは国内にいかなる危機もなく、改革も汚職との闘いも実践して成果を上げ、EUへの加盟に向かっていた。先の道のりはまだ長いが、トンネルの終わりの光が見えてきていた。それこそが、プーチン氏が攻撃したいものだった。それゆえに、これは戦争なのだ。ウクライナに対してのみならず、すべての文明世界に対する戦争だ。プーチン氏を止めなくてはならない理由である。
読者の皆さんには、身近な、できるところからウクライナを支援していただけたら幸いだ。
◇アンドリー・バルタシェフ(Andriy Bartashev)
1974年生まれ、ウクライナ・ハルキフ出身。同国で、Kharkiv Radio“Simon”、media-group “Objectiv”、“Region”Broadcasting Company、“1+1 Media TSN”のリポーター、エディター。渡米し、現在フリージャーナリスト、“Domivka Ukrainian Diaspora Radio”(ニューヨークのウクライナ語放送局)ボランティア・エディター。
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