【10 years after】誰もが原発を知り、語り合える冊子を作った吉川彰浩さん

【安藤歩美】元東京電力社員で、2011年の福島第一原発事故当時も福島第二原発で被災し、復旧作業にあたった吉川彰浩さん。あれから10年目を迎えた今年の春、原発事故や廃炉作業のことを誰もが知り、語り合えるような冊子を制作・発行しました。震災以来、原発について伝え続けてきた吉川さんが今も活動を続ける原動力は「この地域で、幸せに暮らしていきたいから」という強い思いなのだといいます。

原発のことを知る本、と聞くと身構えてしまう人も多いはず。でも、この冊子は30ページ。どのページにも可愛らしいイラストが描かれ、原発の歴史や事故のこと、廃炉作業の現状などが、専門用語のない分かりやすい言葉で説明されています。原発事故のことが気になる、知らなければいけない気がするけど、ニュースや本は難しくて読む気がしない—。そんな人でも手に取ることができる冊子になっています。

「一番意識したのは、中高生くらいの若い子たち。いま、原発事故や震災の伝承の機会が失われていて、大人は語れないし子供たちは教えてもらえない、という状況です。まずは若い子たちが読めるものを、と作りましたが、発行後は大人からの反響も大きかったのは嬉しい誤算でしたね」

「僕はこの地域で楽しく暮らし、幸せになりたい」

吉川さんは東京電力退社後、一般社団法人AFWを立ち上げ、一般の住民を対象に福島第一原発構内の視察に案内したり、廃炉作業の現状を説明しやすいよう福島第一原発のジオラマを制作したりするなど、幅広い活動を展開してきました。多くの人にとって「怖くて難しいもの」として遠ざけられてしまった原発のことを分かりやすく伝えることで、地域内外の人が原発の現状について知り、考え、対話する機会を生み出そうとしてきたのです。

さまざまな方法で「原発を伝える」取り組みを重ねてきた吉川さん。震災から9年が経ち、被災した地域の社会の雰囲気や感覚の変化も肌で感じる中で、原発についても新たな伝え方が必要だと思うようになったそうです。

「原発は今まで、安全管理やリスク論の中で語られてきました。それは原発事故当時や直後ならマストの情報だったけれど、じゃあ今TikTokに夢中の子供たちにそんな伝え方で原発の話が伝わるのか?と言えば、そうではないと思ったんです」

では、どうしたら伝わるのだろう?悩み抜いた末、吉川さんが行き着いた答えはシンプルでした。「僕は、この地域で楽しく暮らして、幸せになりたい」。

事故が起きた福島第一原発を抱くこの双葉郡で暮らす人々にとって、「この地域でこの先も幸せに暮らしていくためには、原発のことを知り、考えられる環境があることは不可欠と考えています」と、吉川さん。原発が出発点なのではなく、幸せな未来のために、この地域をどうしていきたいのか。原発の存在を地域全体のまちづくりという大きな視点の中に位置付け、地域のことを未来志向で語り合えるような冊子が必要だと考えるようになったのです。

「これからどんな双葉郡、福島県にしたいのか。そしてそこにいる私はどんな人間になりたいのか。それを突き止めていく先に、原発事故というパーツが欠けないように、空洞化しないように、複雑になっていたものが解きほぐされたらいいな、と」

書きすぎず、対話できる余白を残す

「本当は何百ページあっても足りない」専門的な内容。それを「なるべく書きすぎないように意識しました。書かないことで、きっと人は読み取ってくれる、語ってくれるんじゃないかなって。そして悲しみに誘導せずに、なるべく客観的に書くようにしました。思想の本にするのではなく、誰かが教科書のように使えることを目指しました」

そのねらい通りに、冊子には福島県以外の他県からも多く注文が入り、幅広い年代の人々が読んだ感想を送ってくれているといいます。

「今までにないような人たちが買ってくれています。社会問題に関心があります!という感じではなくて、普通のお母さんが中学生の娘と読みましたよ、と報告してくれたりして。冊子を読みながら自分の体験を語り聞かせたという話を聞くと、あえて書き切らなかったのがすごくよかったんだろうなと思いました。これをきっかけに調べてみたくなった、という声も嬉しかったですね」

冊子の最後のページは「廃炉後の未来に向けて」と題された章です。30〜40年かかるとされる廃炉作業。ニュースのように「国」「福島」「原発」が主語になっているのではなく、「自分」の人生の中でここで暮らす未来をどう作っていくのか。一人ひとりがそんなことを考えさせられるようなページになっています。吉川さんは「未来に向けたこれからの選択だけは自分たちができるし、それこそが重みのあること」だと語ります。冊子は、こんな言葉で締めくくられています。

“福島第一原発と地域のこれからは、バトンの渡し方を模索し続ける姿そのものです。誰もが次の世代へ渡すバトンを持っています。渡し方が見つからなく迷ってしまう時はきっとあります。そんな時にこの場所の歴史に触れてみて下さい。あなたにとっての大切な人生の学びが、見つかりますように”

冊子は一冊500円(税別・送料別)で、一般社団法人AFWの問い合わせ窓口から購入することができます。詳細は http://a-f-w.org/report/info/3754/

この日の取材は、2020年8月に福島県浪江町にオープンしたばかりの「道の駅なみえ」で行われました。施設内は多くの人で賑わい、福島県の桃やなみえ焼きそばなど、美味しそうな名産品やご当地グルメが並んでいました。地域が力強く前に進んでいく姿を見るのは、嬉しいものです。

一方で、9年半が経った今も未だ帰還困難区域のまま、時が止まったように復旧・復興が進んでいない地域もあります。吉川さんの親族のご実家も双葉町の特定復興再生拠点(日中の滞在は可能だが、居住はまだ許されていない)にあり、道路沿いの建物たちは痛み、崩れたまま手付かずの状態が残っています。

除染土を運ぶ大型トラックも行き交う

今月(2020年9月)20日には、双葉町に「東日本大震災・原子力災害伝承館」がオープンする予定です。周囲の景色からすると異様に感じるほど大規模で、とても綺麗に整備された施設です。

その「伝承館」からは、除染作業で発生した土や廃棄物を管理している中間貯蔵施設が見えます。放射性廃棄物はここで30年間(2015年の搬入開始から2045年の福島県外での最終処分まで)保管されます。県外で最終処分されることになっていますが、その場所はまだ決まっていません。

「地域が元気になっていくのはとても嬉しい。けど、まだまだこれからですね」。活気にあふれる「道の駅なみえ」のようすを眺めながら呟いた吉川さんのその言葉が、耳に残っています。

連載・10 years after】東日本大震災後、東北では震災の経験をきっかけに自分自身の生き方を見つめ直して進路を変えたり、新しい取り組みを始めたりした人が多くいらっしゃいます。そして10年目という時を経て、その思いや経験はいま、アート作品やプロジェクト、ビジネスなど多様な形で表現され、花開いてきています。震災後のこの地で何が芽生え、育ち、いま日本や世界にどんな影響を与えようとしているのか。全国に伝えたい東北の今を、東北の地から発信します。

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