【第32回東京国際映画祭(2)】不透明な2020年以後|「アジアの未来部門」石坂健治ディレクターに聞く

映画評論家・字幕翻訳家の齋藤敦子さんによる、2019年の第32回東京国際映画祭レポート。齋藤さんが「アジアの未来部門」石坂健治ディレクターに、今年のアジア映画の印象についてインタビューしました。<後編>

新人らしからぬ韓国の2作品

――それから韓国。

石坂:韓国はピュアなラブストーリーとクライムサスペンスなんですけど、2本とも新人らしからぬ映画で、演出が成熟しています。

――両方ともデビュー作?

石坂:そうです。パク・チョル監督の『エウォル~風にのせて』は、恋人を亡くした傷心の女性が済州島の事故の現場に住み着いたところに、昔の共通の友人がやってきて、死んだ彼の面影の中で、新しい恋が芽生えるかどうかというような、プラトニックなラブストーリーです。キム・ハラ監督の『失われた殺人の記憶』というのはどこかで聞いたような題名ですが、その通りの映画なんです。いきなり警察がやってきて、奥さんが殺されたと言われ、前夜の記憶がなくて、でも手には血がついている、というところからチェースが始まる。

――韓国も応募ですか?

石坂:応募です。韓国は直前の釜山映画祭で自国の映画のプレミアをやってしまうし、日本で公開するものは映画祭を通らずに公開というパターンが多いので、なかなか取ってくるのが大変なんですけど、応募は他にもあったんですが、この2本に決めました。

――いつもより応募が少ないとかはありませんでしたか。昨今のとげとげしい日韓情勢を反映して。

石坂:もともと少ないんです、韓国は。

――『モーテル・アカシア』のフィリピン、スロベニア、マレーシア、シンガポール、台湾、タイというのは、なぜこんなにたくさん国が乗ってるんですか。

石坂:今年の特徴で、東南アジアが多国籍で結構お金をかけてSFとかホラーを作るようになってきた1つの象徴みたいな映画です。ホラー映画ですが、設定は『シャイニング』で、物語は『エイリアン』みたいな、隔絶された場所で化け物と戦う映画です。ブラッドリー・リュウ監督もマレーシアからフィリピンに移り住んだ人です。奥さんがビアンカという若い女性プロデューサーで、ラヴ・ディアスまでプロデュースしているバリバリの凄腕です。夫婦で映画を作っているんですが、フィリピン映画という感じはなく、世界配給を視野に入れている映画で、そういう意味では新しい傾向です。

――今年の審査員は?

石坂:ヴエネツィア映画祭のプログラマー、エレナ・ポラッキさん、タイの女性監督のピムパカー・トーウィラさんと中村義洋監督です。

――この方たちの趣味が全然わかりませんね(笑)

石坂:ピムパカーさんは4年前にグランプリを獲った『孤島の葬列』の監督です。

――彼女は知的なアート系という感じですが、最近は『孤島の葬列』のような映画がありませんね。選ばなくなったんですか、それともなくなった?

石坂:今年はなかったです。短編では結構あったんです、南のタイに入っていって、イスラム地域を探るみたいなドキュメンタリーとか。タイは軍事政権で、なかなか撮りにくいってことがあります。『十年』のタイ版も相当大変だったと聞いてるし、アピチャッポンも外に出てしまいました。

――続いて、今年の<クロスカット・アジア>ですが。

石坂:今年はファンタで、ジャンル映画を集めてみました。9プログラム10本です。とにかくアジアはファンタ王国なんで。

――お化けがいっぱいいますからね。

石坂:1つの傾向としては、女性の幽霊というか、女性が化けてでる設定だったのが、大分変わってきているというので、ちょっと新しいものも入れて確認しようかと。

ギネス級のホラー女優リリア・カンタペイ

――全部新作なんですか?

石坂:1本だけ、『リリア・カンタペイ、神出鬼没』という作品が2011年です。このリリア・カンタペイというおばあちゃんがギネス級のホラー女優で、といってもお化けや魔女の役でちょっと出てくるだけの永遠の端役というか脇役で、出てる本数だけものすごいという人です。このおばあちゃんが初めて映画賞にノミネートされたという設定のフェイク・ドキュメンタリーで、フィリピンのホラー業界の裏側が見えてくる。

――フィリピンにもホラー業界というのがあるんですね。

石坂:あるんです。定番のお化けも定番の女優さんもいる。撮っているのはアントワネット・ハダオネという女性監督です。

――可愛いらしい女性ですね。なかなかこういう映画って、映画祭には出てこないですね。

石坂:そうなんです。そういうアジアのホラー周辺の人に聞くと、“中田秀夫は神だ”とか言うんです(笑)

――みんな『リング』を見てる。

石坂:“うちの映画祭に中田を呼んでくれ”といつも言われるんですが、中田さんは忙しくてなかなか行けない。『リリア・カンタペイ』は内幕ものですが、あとは本格ホラーもあるし、近未来ディストピアもあるし、バラエティ豊かです。

――クロスカットはいつまで続くんですか?

石坂:来年のオリンピックイヤーが一応最終回です。

――その後は?

石坂:まったく不透明です。続けたいけど、スポンサードの問題がありますから。来年<国際交流基金アジアセンターpresentsクロスカット・アジア>がいったん区切りになって、その後がどうなるか。クロスカットは東南アジア限定の企画だったし、東南アジアが盛り上がっているときにうまく合った企画だったと思います。10年代で言えば、アピチャッポンとかラヴ・ディアスが三大映画祭で最高賞を獲ったり、メンドーサが出てきたりと、いいときだったので、20年代のアジア映画の紹介の仕方というのは、先立つものを含めて、再来年以降の課題ですね。

――30年代を目指して20年代のクロスカットを作らなければいけないわけですからね。見えないですね、私には。見えてたらすみません(笑)

石坂:東南アジアを積極的にというのは国の方針としてもあったし、うまく映画の盛り上がりと合致したからよかったけど、そのレベルの話にもなるんじゃないですかね。アジアならアジアとどういう関係を作っていくか。2020年のオリンピックイヤーに、映画祭だけじゃなく、いろんなものの区切りが来ますね。

――その後、日本の経済は真っ逆さまという噂もありますしね(笑)映画祭もどうなるかわかりませんよね。どうですか?

石坂:本当にそうです。

「小さな国の小さな映画」を大事に

――暗い話になったので、明るい話にしたいですね。何かありませんか?こういう監督がまた映画を撮っている、みたいな。<アジアの未来>で賞を獲った監督のその後はいかがですか。

石坂:配給がつくかどうかが受賞結果とあまり関係ないということはありますね。ウィグルもまだ配給がついてない。見た人はみんな素晴らしいというんだけど、映画祭で評判になってもペイできるかというあたりで。でも、ヤスミン・アフマドだって、やっと今頃日本公開ですからね。

日本はまだミニシアター的な文化が残っていて、みんなプサンに映画を出すけど、それは韓国で配給しようとは思ってなくて、世界中の人が見に来るからという発想があるからです。東京国際映画祭はその点、日本で公開できるという可能性を期待してくれているようです。特にアジアの人たちは。

――実績がある?

石坂:小さな映画館がまだ日本の各地にあるからです。それは大事にしないとな、と思っています。

――それで<アジアの未来>のテイストがちょっと娯楽映画寄りになっているわけですか?

石坂:そこはあんまり結びつけたことはないです。ただ、プログラマーの役割として、1本でも公開になると嬉しいという気持ちがある。

――心の底に“これは公開されるかも”という基準がある?

石坂:プログラマーの評価として、すごくとんがった映画を揃えるみたいなのもあるだろうけど、私はどちらかというと1本でも公開されて欲しいなと思っています。

――なるほど。で、悩みはなかなか公開されないこと。

石坂:それは映画の問題とミニシアター文化が風前の灯火みたいな面とがあります。ソフトとハードの両面で問題がありますが、でも、まだアドバンテージはあると思っています。小さな国の小さな映画みたいなものも、日本ではちゃんと見てくれる人がいる、みたいな。

――そういう期待を持って、みんな<アジアの未来>に映画を出してくれる、と。ちょっと明るくなったところで、本日はありがとうございました。

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