【第32回東京国際映画祭(4)】『夏の夜の騎士』に作品賞 アジアの未来部門

映画評論家・字幕翻訳家の齋藤敦子さんによる、2019年の第32回東京国際映画祭のレポート最終回です。

 11月5日午後、授賞式が行われ、各賞が発表になりました。

アジアの未来部門は、ヨウ・シン監督の『夏の夜の騎士』(中国)が作品賞に、レザ・ジャマリ監督の『死神の来ない村』(イラン)が国際交流基金アジアセンター特別賞に選ばれました。去年は『はじめての別れ』という素晴らしい作品がありましたが、今年は全体的に小粒で、抜きん出ていいと思える作品はありませんでした。

 『夏の夜の騎士』は、1997年の夏、祖父母の家に預けられた少年を主人公に、祖母の自転車を盗んだ犯人を捜しだそうとするストーリーに同じ家に住む従兄の少年と父親の関係などが、重層的に描かれています。石坂ディレクターによれば“初期の侯孝賢を思わせる”ということでしたが、特に目立った欠点はないものの、優等生的すぎて、侯孝賢作品のような魅力は感じませんでした。

 賞には絡みませんでしたが、香港のウォン・シンファン監督の『ファストフード店の住人たち』を面白く見ました。24時間営業のハンバーガーショップを舞台に、かつて投資コンサルタントとして一世を風靡したものの、今は零落した男(アーロン・クォック)を中心に、彼に思いを寄せるカラオケ・バーの歌手(ミリアム・ヨン)、家出少年、義母の借金を返し続けるシングル・マザー、亡くなった妻を待ち続ける老人など、それぞれ訳ありの人々を描いた群像劇です。今は民主化デモの報道に隠れて見えにくい香港社会ですが、ここでも格差社会が拡大し、底辺の人々が暮らしにくくなっていること、それでも街角に冷蔵庫のフードバングが備えられていたり、食事を無料で提供する人たちがいたり、人情に厚い香港の人たちの姿が見えてきました。大スターのアーロン・クォックが、新人監督の低予算映画にあえて出演したのも、彼自身が今の香港社会に危機感を持っているからではないでしょうか。

 韓国映画は、風光明媚な済州島を舞台に、ライブハウスの閉店がきっかけで、親友の恋人に会いにきた男と島の人たちとの交流を描いた『エウォル~風にのせて』と、前夜の記憶をなくした男が別居した妻の殺人容疑をかけられる『失われた殺人の記憶』の2本で、両方とも新人とは思えない、そつのない出来でした。

『エウォル』は、歯がゆいほど何も起こらないプラトニック“恋愛”映画でしたが、音響が素晴らしく、ポストプロダクションにこれだけの手間がかけられる韓国映画をうらやましく思いました。また、『失われた殺人の記憶』の方は、妻の殺人容疑をかけられた男が、少しずつ記憶を思い出しながら、疑いを晴らしてエンディングになるのか思いきや、途中からギャンブル依存症という隠れたテーマが現れ、意外な結末になるのにはびっくりしました。イランの『50人の宣誓』も“意外な結末”に驚かされた作品で、映画は予断を持って見てはならない、最後まで見なければ何が起こるか分からない、という教訓を再確認しました。

コンペティション作品「マニャニータ」のポール・ソリアーノ監督とベラ・パティーリャさん。原案と共同脚本をラヴ・ディアスが担当、劇中歌もディアスが歌っている面白い作品でした。
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