【今に息づく伊達文化を訪ねて】②石州流清水派宗家

【連載】今に息づく伊達文化を訪ねて
百万都市・仙台の礎を築いた伊達政宗。その政宗によって発展した文化が2016年4月、「政宗が育んだ“伊達”な文化」として、文化庁の日本遺産に認定された。そこには、伊達家の伝統文化を土台に、絢爛豪華な桃山文化を取り入れた斬新さ、海外文化に触発された国際性などが挙げられている。2017年は政宗の生誕450年。注目を集める伊達文化だが、伊達家に伝わる文化芸術はもちろん、それだけでなく伊達家が統治した「藩政時代」に始まる多様な文化は現代に脈々と生き続けている。私たちの身近に息づく伊達文化を求めて、その現場を訪ねてみた。【平間真太郎=仙台市】

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 伊達文化を色濃く伝える茶道の流儀がある。石州流清水派だ。江戸時代、将軍家を始め、全国の諸大名の茶道(大名茶)として広まった石州流。清水派は仙台藩の茶道として確立され、全国各藩に弟子を持つなど、仙台だけにとどまらない広がりを見せた。そんな石州流清水派が現代に受け継がれていると聞き、訪ねてみた。

仙台の中心部で脈々と受け継がれている「大名の茶道」

 仙台市営地下鉄南北線の五橋駅を降りて徒歩2分ほど、旧仙台市立病院の跡地に接する若林区清水小路に石州流清水派の稽古場がある。

訪いを入れると、宗家の十一世大泉道鑑さんが迎えてくれた。それなりの年数を新聞記者として費やして来たから、たいていの人と相対しても緊張などしないのだが、今回ばかりは相手が違う。なにせ、仙台藩主の茶道指南役を務めてきた流儀の宗家なのだ。

こちらの緊張を察したのか、「どうぞ足を崩して、楽にしてください」と勧めてくれた。穏やかな語り口に、取材も自然体になる。

仙台駅前や一番町に通じる幹線道路がすぐ近くを走っているのに、建物の中は別世界のような静けさだ。茶に集中し、心尽くしの一杯を献じる、そんな稽古の場に最適な環境だ。

お弟子さんについて尋ねると、年齢層は30~80代と幅広いという。石州流清水派は大名が嗜む茶道(大名茶)として歴史を重ねてきた。江戸期にあっては、主に「男の世界」のものだったと言えるだろう。しかし、現在では女性のお弟子さんの割合が多いという。性別の垣根を越えた文化として、現代にふさわしい形で続いているのだ。

仙台市内の稽古場で稽古する人。すぐ近くを幹線道路が通っているとは思えないほどの静かな環境の中で稽古が行われている(平間真太郎撮影)

伊達家とともに歩み、確立されていった石州流清水派

 室町期に村田珠光によって侘び茶が創始され、千利休によって大成された茶の湯。その後、古田織部や小堀遠州などに大名茶として受け継がれていった。

石州流の祖は、大和国小泉(現在の奈良県大和郡山市小泉)1万3千石の主(あるじ)だった片桐石見守貞昌(石州)だ。四代将軍徳川家綱の茶道師範を務め、将軍家の茶道の規格として知られる「石州流三百箇條」を著した。こうして石州流は「大名茶」として全国に広まってゆく。

石州流清水派の源流に位置づけられるのは、伊達政宗が仙台藩の初代茶道頭として京から招いた一世清水道閑だ。古田織部の高弟だった一世道閑。文化や教養の中心地である京から名のある茶人を招くあたりに、文化人・伊達政宗の最先端への眼力がうかがえる。

一世道閑の後を受けた二世清水動閑のときに、石州流が仙台藩の茶道となる基盤がつくられた。二世動閑は、二代藩主忠宗の命で片桐石州のもとで13年間の修業を積んだ後、茶道頭となった。二世動閑は「石州流三百箇條」を解説した「清水動閑註解石州流三百箇條」と「動閑茶道書」を著している。

四代藩主綱村の時代に、三世清水道竿によって石州流清水派が仙台藩の茶道として確立される。門弟の中で最も傑出していた馬場道斎が、綱村から三世道竿に任じられた。綱村は茶道への造詣が深く、文化・教養に熱心な数寄大名として知られた。現在に至る石州流清水派の形成に大きな役割を果たした一人が綱村と言えるだろう。

三世道竿は「道竿拾躰」という心得書を著したほか、有備館庭園など複数の庭園の作庭にも携わったと言われている。三世道竿は二世動閑の著書にある理念を土台に、創意工夫を凝らして芸術性を一層高めたとされている。ここに至って石州流清水派は全国各藩に弟子を持つほどの広がりを見せた。

侘び茶の真髄、大名茶の伝統をよく伝える

 石州流清水派の特徴は、侘び茶の真髄を伝えているところにある。

実際に稽古の様子を見学させてもらったが、弟子と1対1で行われる稽古は、簡素な中に清冽さや雅を感じさせる。それは一つひとつの所作にも表れている。例えばお辞儀をするときには膝の横に拳を付ける。べったりと手のひらを畳に付けるようなことはしない。また、亭主は正客に対して体を斜め向きに構える。これは、手前が正客から最も優美に見える角度なのだという。

お辞儀の際には膝の横に拳を付ける。石州流清水派の特徴の一つだ(平間真太郎撮影)

茶を飲むときには茶碗の正面から飲む。石州流清水派が大名茶であることを思い知らされる瞬間とも言えるだろう。茶碗が最も美しく見える正面から飲むのは、客である大名が存分に味わうためだ。薄茶を重視するのも特徴のひとつ。三世道竿の「道竿拾躰」にも「手前ハ薄茶ガ専也(もっぱらなり)。是ヲ真ノ茶ト云」とある。侘び茶の考え方が反映されているのだ。

こうした特徴からくっきりと浮かび上がるのは、大名茶としての伝統だ。

「弟子の方々は、先人たちが培ってきた貴重な伊達文化の継承者なんですよ」と語る十一世大泉道鑑さん。母である十世大泉道鑑さんは、10年がかりで二世動閑の註解書を活字化し、出版した。同時に仙台藩の茶道の歴史もまとめた。石州流三百箇條に基づき、その本質を現代に伝えようと代々尽力している。約400年前に仙台の地で花開いた茶道が、伊達文化とは何かを雄弁に物語っている。

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