逆境から立ち上がる女川町の移動式ラーメン店「あらどっこい」の挑戦

【福地裕明】12月1日、まもなく正午になろうとする頃、白いキッチンカーが女川町内唯一のスーパーマーケット「おんまえや」の駐車場にやってきた。まるでそこにあることが当たり前のように、車から降りてきた男性が椅子やテーブルを並べ始め、おもむろに仕込みをはじめた。

彼は遠藤憲恒(のりつね)さん(37)。移動式ラーメン店「あらどっこい」の店主として、女川町内を中心に出没してはラーメンを振る舞っている。なぜ、女川でラーメン店を、しかも移動販売スタイルで行うことにしたのか。その思いを取材した。

町民たちの会話の輪が生まれる移動式ラーメン店

取材当日、「あらどっこい」の周りには、須田善明・女川町長をはじめ常連客がちらほらやってきては、美味しそうにラーメンを頬張っていた。そこに、ほっこりとした会話の輪が生まれ、いつの間にか遠藤さんもその輪の中に加わっていた。

「お客さんとの話に夢中になり過ぎて、お金をもらい忘れたり、注文を忘れたりすることがあるんです」と遠藤さんは人懐こく笑う。この空間の心地良さに惹かれて筆者も時折、足を運んではラーメンをいただき、話の輪に混ぜてもらっている。

「あらどっこい」がオープンしたのは2019年7月1日。軽トラックを改造した車両が、遠藤さんの移動式店舗だ。前述のスーパー「おんまえや」のほか、平日は女川駅そばのトレーラーハウス型宿泊施設「エルファロ」や、シーパルピア女川の一番海寄りの「女川町観光協会」前などで昼と夜の2回営業している。SNSで一週間の営業予定(時間帯や場所)を紹介すると、これを頼りに常連客や観光客が訪れるようになっている。「あらどっこい」のウリは、移動式であることと、スープを飲み干せるということだと遠藤さんは言う。

取材当日は、須田町長やオナガワエフエムのパーソナリティなど常連客が次々に訪れ、ラーメンを頬張りながら談笑していた

「復興」による心理的な距離を縮める架け橋に

移動式にこだわったのは、女川町の復興にも関係している。女川町にはJR女川駅前を中心に「シーパルピア女川」という商業施設を核に復興が進み、多くの観光客が訪れるようになった。その一方で、従来から女川に暮らす人びと(とりわけ、離島や半島部にお住まいの方々)の中には、「かつての風情がなくなった」などと、いまだに商業施設を訪れたことのない方も少なからずいると聞く。

ラーメン屋を始める前は女川町の臨時職員だった遠藤さんは、こうした心理的な距離を縮める「架け橋」になろうと、自ら客のもとを訪れ美味しいものを振る舞う移動スタイルの飲食業を始めることにした。スープの調合の手間やスープの冷めやすさを考えれば、移動販売にはラーメンは不向きであることを承知の上でラーメンを選択した。

「女川や石巻で、自分の『口に合う』ラーメン店がなかった。ならば、『自分が作ればいいじゃないか』と思った」と遠藤さんは動機について話してくれた。震災前に女川にあった「ホームラン」というラーメン屋を理想像に、さんまの煮干しやあさりの出汁をベースに、素材にこだわり、「奥深く繊細で優しい」飲み干せるスープを目指した。

美味しいスープの元となるさんまの煮干し(写真提供:遠藤憲恒さん)

3年間で200軒以上を食べ歩き、独学でこだわりの味を追求

そんな遠藤さんは、修行ではなく、独学で味を追求した。修行のほうが、早く開業できることも分かっていた。自ら起業するとなれば、全責任を自分が背負うことになることも。最終的にそれらを天秤にかけた上で「自分の味」を求めるスタイルを選んだ。

「始めはまず、『ガラって何?』『ゲンコツって?』というところから」と当時を振り返る遠藤さん。満足できる味を求め、ひたすら3年間、200軒以上のラーメン屋を食べ歩き、店主に話を聞き回った。さすがに「秘伝の味」は教えてくれる人はいなかったが、「(200人中)30人」は煮干の取り方や醤油の選び方などを話してくれた。こうして聞き出した情報を整理し、話の内容をつなぎ合わせることで、肝となる部分をおぼろげに理解できたそうだ。

こだわりのスープづくりに向けた醤油や油、出汁などの調合はまさに「試行錯誤の繰り返し」だったそうで、「口で言うのは簡単だけど、数え切れないほどスープを作りましたよ」と遠藤さんは笑う。だからこそ、人から教わった味ではない「足繁く通って得た、こだわりの味」と自信を持って言えるのだろう。

メニューは基本、醤油(写真)、塩、背脂、油そばの4種類。その日の状況に応じて、つけ麺などのバリエーションが加わる

こうして独自のスタイルを作り上げ、少しずつ実績を積み重ねてきたところに、新型コロナウイルスが「待った」をかける形となった。売上が期待されていた週末のイベントはほとんどが中止。浜の集落への移動販売も、お年寄りが多いということで控え、スーパーや宿泊施設前などでの営業に固定化することを余儀なくされた。

まさかの新型コロナ感染。そして、カミングアウト

そんな遠藤さんに、まさかの「試練」が襲った。腎臓の病気で通院していた遠藤さん。腎機能が回復したにもかかわらず、気怠さが抜けず37度以上の発熱もあったことから臨時休業して自宅で寝ていることにした。それが10月10日頃のこと。

症状が改善されず、「もしや?」と思い、自費で新型コロナウイルスのPCR検査を受けたところ10月13日に陽性と判定された。遠藤さんは直ちに、ツイッターで感染の事実をカミングアウト。休業前の2日間(10月8、9日)の来店客に対し、濃厚接触の疑いがあること、速やかに検査を受けてもらうことを伝えるためでもあった。

その後も、定期的に自身の病状を詳らかに公表した。「正しい情報を発信して迷惑をかけたくなかっただけ」と話す遠藤さん。病床で常に考えていたのは、支えてくれる常連客の存在だった。幸いなことに家族や呼びかけに応えてくれた常連客など約20名全員が「陰性」であることが判明し、遠藤さんは胸を撫で下ろした。

感染経路は結果として特定できなかったそうだが、想定していた以上に、ありもしない噂が出回ったことに驚いたという。「入院中の時期でさえ、北海道にいることになってましたからね。できることなら(北海道に)行きたかったですよ」と自嘲気味に話す遠藤さん、心ない噂にへこたれそうになったが、そういった声はひたすら無視した。そうすることができたのは、SNSを通じて寄せられた1000件近いお見舞いや激励のメッセージの存在だった。

約10日間の入院生活を経て、10月24日に退院。自宅での療養中は、「柄にもなく」外出を自粛した。熱は下がったものの、呼吸時に苦しくなる症状に悩まされた。味覚に対する違和感もあり、当初は11月上旬からの営業再開を予定していたが、大事をとって下旬に延期した。

「あらどっこい」の営業風景

営業再開日となった11月25日には、待ちに待ったとばかりに、常連客が次々に顔を出した。当日、足を運べなかった人たちも翌日以降、「こだわりの味」を求めに足を運んだ。再開2週目には早くも、用意した麺が全てなくなる日が続くほどの盛況ぶりだ。「この人たちを裏切ったら、一生気持ちよく商売できないと思った。家族や常連客の支えがなければ廃業していた」と遠藤さん。正直に商売してきたことで、言葉では言い表せないほどの信頼関係を紡いできたことに気づかされたという。

そんな営業再開して間もないある夜のこと。「あった!」「やった!」と、関東圏から来たと思しき夫婦が近づいてきたという。どうしたのかと聞いてみたら「去年の今頃に食べた味が忘れられなくて、今回も締めに食べようと、諦め半分で同じ場所に探しに来たよ」と訪れてくれたとのこと。「自分にとっては当たり前の日常が、お客さまにとっては特別な一日」という「あらどっこい」のモットーをそのまま表現したような予期せぬエピソードに、遠藤さんは「泣きたくなるぐらい嬉しかったですね」と振り返る。

これからも正直に、コツコツとラーメンを作り続けるだけ

営業を再開しても「これからも正直に、地道に作り続けるだけ」と遠藤さんはブレていない。常連客の顔を思い浮かべながら、コツコツと正直にラーメンを作っては、彼らとのお喋りを楽しむつもりだ。

「あらどっこい」店主の遠藤憲恒さん。女川や石巻が元気になるよう、今はまず、コツコツとラーメンを作り続けている

多くの人々に「『あらどっこい』のラーメンは美味い!」と言ってもらえることが当面の目標だという遠藤さんだが、このままの業態で続けようとは思っていないという。店舗を構えることや、石巻や仙台など女川以外での出店も中長期的には視野に入れている。

と言いながらも、遠藤さんには、それ以上に女川へのこだわりが強いように感じられた。そもそも移動式にこだわり半島部にまで足を運ぶという営業スタイルは、採算性を考えればビジネスモデルとして成立するはずもない。新たな魅力を創り続けているものの人口が減少傾向である女川町で店を構えるよりも、もっと潜在客が多い都市部で勝負した方が売上も見込めただろう。実際に起業前には、親しい知人からも採算性の観点から「別の場所で」と諭されたこともあった。

それでも女川にこだわったのは、「経営者としては失格かもしれない」が、「ひとりの女川人として、何らかの復興に関わりたかった」という遠藤さんの人としての矜持だった。結果してそれが、常連客というリピーターを生み、SNSなどの口コミで観光客を引き寄せることに繋がったと言えるだろう。「この流れを大事にしたい」と遠藤さんは気を引き締める。コツコツと、正直な経営を続けることで「その先」が見えてくるのかもしれない。

逆境から、気合いを入れて立ち上がる掛け声に

取材の最後に、気になっていた「あらどっこい」という店名の由来について聞いてみた。お年寄りが気合いを入れて立ち上がるための(筆者も時折口にする)フレーズが語源だろうと想像するのは容易いが、「あらどっこいしょ」でも「どっこいしょ」でもなく、「あらどっこい」としたのはなぜなのか。

意外に答えは単純だった。「単なる字余りです。事業計画のプレゼン用に、パワポに『あらどっこいしょ』と入力しようとしたら、『しょ』が行送りされちゃって…。格好悪かったから2文字削除しました」と。しかも、「『しょ』がないほうが、インパクトありません?」と言うから憎めない。

もともと、名前で勝負しようと思っていなかった遠藤さんは、客に屋号を決めてもらうことも考えていたそうだ。でも、それでは開業しても店名がないことになる。そこで、震災から立ち上がろうとしているけど、気合いを入れなければ立ち上がれないほど大変だという状況もひっくるめて、「あら、どっこいしょ」を選んだそうだ。「領収証出してもらうときは恥ずかしいけど、名前覚えてもらえますからね」と茶目っ気たっぷりに遠藤さんは笑った。

今まさに、コロナ禍という逆境から立ち上がるためには、かなりの「気合い」が必要になるだろう。そういった意味で「あらどっこい」には、遠藤さん自身がもう一度立ち上がるためのエールも込められているのかもしれない。

【移動販売ラーメン あらどっこい】
定休日は月曜。平日の営業時間帯は昼が主に11:30~13:30、夜は主に18:30~21:30。土日は石巻圏域で開催されるイベントに出店することも。営業予定や場所はTwitterFacebookで都度告知している。

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