社会のアイデンティティ問う「マグ」/第68回ベルリン国際映画祭報告(3)

【齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)】戦火に追われ、あるいは貧窮から逃れるために、ブローカーに大金を払ってまでヨーロッパを目指す難民たち。彼らの求める“エルドラド(黄金郷)”はどんなに素晴らしいところなのか?ヨーロッパの監督の作品には、どこかにその答えが見え隠れしていました。




 最もショッキングだったのは、スウェーデンのアクセル・ペッテション、モンス・モンソン共同監督の『リアル・エステート(不動産)』でした。スペインのリゾートで優雅に暮らしていた68歳の女性ノエットが、父親が死んで遺産相続のためにストックホルムに戻ってきます。その遺産とはストックホルムの中心部にあるマンション1棟。しかし管理を託したはずの義弟とその息子は何もせず、建物は荒れ果て、住人は不法滞在の移民ばかりで、追い出すことが出来ない。怒り心頭のノエットは次第に過激になっていく、というもの。不法移民に占拠された建物とはもちろんヨーロッパのこと。遺産という特権を持つ者の、持たざる者に対する不寛容とエゴイズムがこれほどグロテスクに描かれた作品はありませんでした。

 ノルウェーのエリック・ポッペ監督の『ウトヤ島、7月22日』は、2011年7月22日にウトヤ島で起こった銃乱射事件の映画化。完全武装した極右のテロリストによって、島でキャンプしていた青少年69人が殺されたノルウェー史上最大の悲劇を、被害者の少女の視点で描いたもので、銃声に追われ、逃げまどう72分間を1カットで(もちろんデジタル処理によって1カットに見えるように)撮った問題作でした。姿の見えないテロリストの不気味さもさることながら、この悲劇を“作品”として追体験することの罪悪感を強く感じました。




 私が好きだったのはポーランドのマウゴジャタ・シュモフスカ監督の『マグ』。ドイツとの国境に近いポーランドの片田舎を舞台に、世界最大のキリスト像の建築現場で働きながら、ガールフレンドや仲間たちと気ままな生活を送っていたヤツェックが、建築現場の足場から落ちて重傷を負い、顔面移植手術を受けて、元のアイデンティティと共にすべてを失ってしまうというもの。シュモフスカ監督と共同で脚本を担当した撮影監督のミハウ・エングラートの作り出す、焦点をわざとぼかした不思議な色調の映像、どこを向けばいいのか分からないキリスト像(リオデジャネイロのキリスト像をモデルにしたもので、実在するそうです)とアイデンティティを喪失した主人公にポーランドの現在を皮肉った、面白い映画でした。アイデンティティを喪失し、見るべき方向を見失った社会とは、ポーランドのみならず、世界中のどこにでも存在するはずです。

 写真は「マグ」の記者会見の模様。左から2人目が主演の​マテウシュ・コシチュシェキェヴィチさん、マウゴジャタ・シュモフスカ監督、右端が撮影監督のミハウ・エングラートさんです。





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