【連載:陸前高田 h.イマジン物語】東日本大震災で店舗が流出し、2020年に復活した岩手県陸前高田市のジャズ喫茶「h.イマジン」。ジャズの調べとコーヒーの香りに誘われて、店内には今日も地域の人々が集います。小さなジャズ喫茶を舞台に繰り広げられる物語を、ローカルジャーナリストの寺島英弥さんが描きます。

横浜から届けられた支援

寺島英弥】被災地での難儀を覚悟で車を運転し、「ちぐさ会」の新村繭子さん(43)が陸前高田に着いたのは2011年の5月12日だった。訪ねた相手は市立一中体育館の避難所にいた「h.イマジン」店主、当時69歳の冨山勝敏さん。同行した会の仲間、気賀沢芙美子さんから義援金やジャズのレコード、ポータブルプレーヤーなどを手渡し、「連帯」の思いを込めた応援を申し出た。

初対面の冨山さんの印象を、新村さんは「きっと落ち込んでいると思い、どう接しようかと身構えて行ったけれど、冨山さんは『ウエルカム!』みたいに笑顔で、こちらの心を軽くしてくれた」。

「初代のお店が火事に遭い、新しい店も津波で流され、大変な経験をされて、私は泣いてしまったのに、逆に冨山さんから『人生、ケセラセラですよ』と励まされた」

新村さんらは、横浜のちぐさ会の代表としてやって来た。「ちぐさ」とは横浜市中区野毛町で1933(昭和8)年に創業した日本最古のジャズ喫茶。秋吉敏子、渡辺貞夫、日野皓正らジャズの大演奏家を育てた伝説的な店主、吉田衛さんが1994年に81歳で他界した後、再開発のあおりで2007年に惜しまれつつ閉店した。ちぐさ会は吉田さんを敬愛する長年の常連客やジャズ関係者らが結成。店の遺産であるレコード、音響装置、備品などを管理していた野毛地区街づくり会、有志の実行委員会と2010年秋、伝説の店を実寸大でビル内に復元したイベント、米国の秋吉さんを招いたスペシャルトークなどを催し、老舗再興を模索していた。

老舗ジャズ喫茶の再興を模索

ちぐさ会で、冨山さんへの支援が盛り上がったきっかけは、やはり4月1日の河北新報社会面に載った連載「ふんばる」の記事「レコード1枚 夢残す 心癒し集える場必ず」だった=連載9回「ある日、全国から届いた応援」参照=。「記事が転載された神奈川新聞を会の仲間たちが読み、こんな未曽有の大災害の被災地で、小さなジャズ喫茶を復活させようと頑張る人がいる。俺たちは何をやっているんだ?と、強烈な刺激をもらった」。中心だった藤澤智晴さん(75)=「野毛 村田家」店主、当時「野毛地区街づくり会」事務局長=は語る。

JR桜木町駅西口にある野毛町は、戦後の焼け跡のヤミ市から立ち上がり、夜の風情ある飲食店街として知られてきた。一方で最近まで再開発絡みの地上げが界隈で横行し、古い街や人のにぎわいが失われていく時代の波の象徴が、ちぐさの閉店だった。坪(3.3平方メートル)当たり約1700万円という狂気のような地上げで立ち退きを迫られたという。

「ちぐさの跡地はマンションに変わったが、地価はつるべ落としで下落し、やくざ者たちが街を歩くようになった。昔からの野毛を守ってきた私たちの意地もプライドも消えてしまいかねない危機だった」と藤澤さん。経営する村田家も、戦前からの歴史ある料理店だ。

「新たなにぎわいを生み出したい。ちぐさの復活の夢をそこに重ね、私たちは議論していた」。看板類も含め、ちぐさの遺産の品々は保管されていたが、具体的な店舗の確保、ジャズ喫茶の経営、先立つ資金など、素人集団には難題が多く、目標の時期も見えなかった。

「そんなところに東日本大震災が起きた。そして、冨山さんの記事を読んだ。津波で壊滅した状況の町で『再起』の言葉を、よくぞ宣言するものだ。ジャズ喫茶への愛は常人ではない、と衝撃を受けた。ちぐさ会の仲間たちと冨山さん応援を決め、5月にチャリティーバザーを催し、そのお金とレコード30枚を、街づくり会メンバーでもある新村さんに託し、陸前高田に行ってもらったんだ」

店の跡に響いた復活応援のレコード

新村さんは現地で出会った冨山さんに案内され、津波で流されたh.イマジンの跡を訪ねた時の体験をこう回想した。

「報道では被災地の様子を知っていたつもりだった。でも、砂ぼこりだらけの空気感とか、津波の跡に漂う臭いとか、目や耳以外から飛び込んでくる感覚にショックを受けた」

そして、店の跡にポータブルプレーヤーを運び、ジョン・コルトレーンやビル・エバンスなどのレコードを流した。h.イマジンの復活応援でもあった。「砂ぼこりがレコード盤にくっついたけれど、音楽が消えてしまった町で、冨山さんにジャズをプレゼントできた」

冨山さんは、この突然の成り行きに驚いたという。「東京にいたころ、ジャズ喫茶通いをしたわけでなく、ちぐさのことは知らずにいた。でも、横浜からはるか遠い三陸の被災地まで、熱い思いを届けに来てくれる人たちがいることに、『すごいなあ』と強烈な思いがした。その出会いの縁が、それから続いてゆくなんて想像もしなかった」(次回に続く)

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