【続・仙台ジャズノート#5】ブラシを多用するジャズドラマー・佐藤栄寿さん

続・仙台ジャズノート】定禅寺ストリートジャズフェスティバルなど、独特のジャズ文化が花開いてきた仙台。東京でもニューヨークでもない、「仙台のジャズ」って何?
街の歴史や数多くの証言を手がかりに、地域に根付く音楽文化やコロナ禍での地域のミュージシャンたちの奮闘を描く、佐藤和文さんの連載です。(書籍化しました!

佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】拙著「仙台ジャズノート」の取材では、必要を強く感じるのについにお会いできなかったミュージシャンが数多くいます。特に「身近なジャズ」の現場では、さまざまな形で若い世代の相談に応じ、音楽活動を共有しているベテランたちの存在を忘れるわけにはいきません。ジャズドラマー佐藤栄寿さん(77)=宮城県大崎市在住=。ドラム歴60余年の長い経験を生かして若い世代のミュージシャンとの接点を持ち続けてきた一人です。

他の演奏者の音に耳を傾けながら演奏する佐藤栄寿さん(右端)

佐藤さんは大崎市でジャズバー「TOUSA(トーサ)」を経営しています。新型コロナの感染拡大のため客足が遠のく中、ジャズミュージシャンの練習やライブの場として店を提供しています。ピアノトリオ「The 3Gs」を編成し、ミュージシャンとして独自に活動しています。

「ジャズ音楽をやるならその人の人生が見えてくるような音楽であってほしい。何のためにジャズをやるのか、が重要です。技巧の面で言えば、今のうまい人は本当にうまい。運良く有名なミュージシャンと共演する機会があれば、それなりに自分でも満足し、箔もつくかもしれません。そのことを否定するわけではないのですが、果たしてそれが本当にジャズ音楽をやる目的になるんだろうか」

「ジャズは自分というものを磨き、磨き上げた自分を聴き手に伝えようとする音楽です。金銭的な満足や知名度を追い求めるあまり、ジャズという形式を使って自分を磨くことを忘れてはいないか。もちろん生活できなければ仕方がないのでアルバイトも時には必要だろうが、正直言って、そのために練習する時間がとれなくなるというのでは本末転倒です」

佐藤さんのこの言葉に近いニュアンスを筆者は1990年代初頭、30年前にも聞いています。佐藤さんは「花の館」という別の店を大崎市内で経営しており、ジャズライブの主催や若いミュージシャンのレッスンに力を入れていました。プロ志向の強い地元のアマチュアミュージシャンの相談相手になり、演奏の場を提供していました。海外での音楽修行を希望する若者にも心をくだいている様子でした。

佐藤さんが企画するライブの多くは東京時代の縁をたどるものでした。ロイ・ヘインズに師事したことで知られるジャズドラマー中村達也さんがパーカッショニストとしての大人な音楽空間を披露したのは「花の館」でした。ピアニスト、ビル・エバンスの伝説的なパートナーだったモダンジャズ系のベーシスト、エディ・ゴメスさんを筆者が2度目に聴いたのも、佐藤さんが特別に確保した会場でした。当時は気付かなかったことですが、東京から引き上げ、故郷に戻った佐藤さんは、自分自身のジャズドラマーとしての新たな目的を探している途中だったのではないかと、今なら思えます。

ここ数年の佐藤さんはスティックではなくブラシを多用している印象が強いように思います。ドラムのお演奏に用いるブラシは細いワイヤーやナイロンを束ねたような形状をしており、例えばボーカルジャズを小音量でサポートするのによく使います。ピアノトリオなど小編成でも、抑制的な場面の切れ味のいいブラシは聴きどころ満載です。ドラムのヘッド(皮を張った打面)をブラシでこすることで、「シャー」あるいは「サー」という独特の効果を狙うのですが、佐藤さんの最近のプレイは曲による使い分け以外に何か事情がありそうです。その理由については実際に佐藤さんの演奏を聴いて確かめてください。

「僕には伝えるべきものは何もない」。佐藤さんが時折、口にする言葉です。謙遜にも聞こえますが、おそらくそうではありません。佐藤さんにとってドラムの役割は、自分をひたすら「無」の状態にしておいて、メロディーや即興演奏を受け持つ共演者のプレイを自在に引き出すことにあるのでしょう。ドラムという楽器は音量が高く、派手なので、そのサウンドをコントロールしながら音楽のレベルにまで高めるには相当の腕を要します。激しく派手なドラムソロもいいものですが、逆の意味で自分を無の状態にし、他の演奏者とのインタープレイ(相互作用)に徹するためにブラシは必須です。ジャズ好きのみなさんにおススメしたいポイントの一つです。

ジャズバー「TOUSA」でインタビューに応じる佐藤栄寿さん=2022年2月1日=

「場合によってはリハーサルを何度も重ねることもありだと思います。でもジャズという音楽は、演奏者が出会って、自分のやりたいことをぶつけ合う。それがうまくいくかどうかが命です。仮に自分のせいで演奏がうまくいかなかったら、それは僕が悪いだけのこと。同じ場所には二度と呼ばれないと覚悟するしかありません。ジャズとはそういうものです」

海の向こうではマイルス・デイビスがモダンジャズの名盤「KIND OF BLUE」を録音した1959年。佐藤さんは中学3年の夏休み、歌手になる夢を抱いて上京。運良くジャズ喫茶のボーイの仕事にありついたものの、当時、歌手はバンドの連中に一段、低く見られていじめられるなど、いい環境とは思えませんでした。「何とか3年で見通しをつけたい」と考えていた佐藤さんは歌手の道を早々と断念。自分の楽器さえあれば教えてくれる店(ナイトクラブ)があるという話に飛びつく形で、まるで考えもしなかったドラマーの道を歩むことになりました。月3千円の収入しかなかった佐藤さんは3万円を実姉から借り、やっとのことで古いドラムセットを手に入れました。「ダンモ(モダンジャズ)」志向の強いサックス奏者に手取り足取り教えてもらったのが始まりだったそうです。

「自動車なんか使える時代じゃなかったからドラムセットを自分でかついで電車で運びました。ドラムをたたいたことなどないのに、このチャンスを逃したらおしまいだと本気で思っていました」。そう振り返りながら店内を見渡す佐藤さん。ジャズ表現を磨く場づくりを多くのミュージシャンと共有しながら暮らしの手立ても自分で何とか確保する。佐藤さんが思い描いた図面は、もともと楽な道ではなかったし、最近、コロナ野郎のため一層厳しさを増しているところです。

この連載が本になりました!】定禅寺ストリートジャズフェスティバルなど、独特のジャズ文化が花開いてきた杜の都・仙台。東京でもニューヨークでもない、「仙台のジャズ」って何?仙台の街の歴史や数多くのミュージシャンの証言を手がかりに、地域に根付く音楽文化を紐解く意欲作です!下記画像リンクから詳細をご覧下さい。

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