【連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。
【土井敏秀】「元慶の乱・私記」も終盤に差し掛かった。
寛平三年(八九一)九月十一日。二つの太政官符が出される。元慶の乱の十二年後のことである。『外国の百姓みだりに京戸に入るを禁制すべき事(前略)年来外国の百姓或いは小吏に賄(まいな)いて京畿の貫し(注 戸籍に記載されること)、或いは戸頭に賄いて氏姓を冒す。(中略)法に依りて科に處す。曽て寛宥せず。畿外の百姓が賄賂作戦で、畿内に戸籍を持ったり、氏姓を得たりするのを禁制したのである
田牧久穂「元慶の乱・私記」(無明舎、1992)
太政官と言えば、律令制国家の最高官庁ではないか。太政官符は、その太政官が管轄下の官庁に伝えた正式な公文書、命令である。従わなくちゃいけないでしょう。それが「曽て寛宥せず」、つまりは「一度だって許さない」だからね、厳しさこの上なし。その対象が「外国の百姓」。ボーっとした頭になっていたからだろうか。どうして、この表現を使うのだろう?外国の百姓?どこの国を指すのか、意味が分からなくなってしまった。
哲学者内山節が「大和朝廷の国は狭い」と言っていたことを、ここでまた思い出した。日本の地図だからといって、北海道から沖縄までの列島地図を思い描く習い性を、早く払しょくしないといけない。律令国家の時代は違う。大和、山城、摂津、河内、和泉の畿内だけが「国」であり「畿内五国」なのだ。難波宮、平城宮、平安宮と呼ばれた「都」周辺に限られたのである。畿外は「外国」となる。
―蝦夷のプライドを保っている人はいいさ。でもさあ、大和朝廷にすり寄る人間がいたって仕方ないだろ。生き延びるための方便。家族、一族を養わないといけない。プライドも見栄もあったもんじゃない。必死にひれ伏した。うまくやるためには賄賂だって贈る。地元に帰って、たまには「みやこびと」を見せびらかすくらい、いいじゃないか。虚勢って分かってるよ。もう元には戻れない。なのに、取るだけ取っておいて禁止だと。どうすりゃいいんだ―
こんな人、あの時代も絶対いたよね。今もいるはずだけど。「お前はお国の役に立つやつだ」なんておだてられて。(生きるって大変)と愚痴りながらも、へらへらしちゃってさ。それがだよ、太政官符で「お前は国の外の存在だ」と、レッテルを貼られ、戸籍はもらえずじまい。(何のために仲間を裏切ったのか)と、一生後悔するかもしれない。切ないなあ。
田牧はこう読み解く。
『外国の百姓』とは、俘囚身分を脱したいとする東北の富豪、豪族層であると見て間違いない。出自にある種の箔らしきものを偽造してまでも、賤民から逃れ出たいのである。(中略)蔑視され、差別を受けて来た東北の住民にとってみれば、身分からの脱却は、それなりに切実な願望であったろう
田牧久穂「元慶の乱・私記」(無明舎、1992)
朝廷側についたにもかかわらず、存在を認められなかった人間もいたのだなあ。立ち止まって、感慨にふけってしまった。
エッセイ:毎日が女子会
隣家のひとり暮らしのおばあさん宅から、毎日のように元気な声のおしゃべりと、笑い声が聞こえてくる。
もちろん、聞き耳を立てているわけではありません‼なのだが、裏の畑で作業をしていると、楽しい雰囲気が、あっけらかんと伝わってくる。お茶やコーヒーを飲みながら、数人のおばあさんの「女子会」が繰り広げられているのだ。
何軒か回り持ちで、午前か午後の2、3時間、杖をついて、シルバーカーを押して、集まっている。もうみなさん、8、90歳台。結婚を機に、ほかの集落から加茂青砂に来た人がほとんど。同じ苦労をしてきたからだろうか、思い出話は尽きない。「体に痛いところが出てきても、みんな口だけは達者。政治、経済とかテーマを決めて話をするのさ。ほんとさあ、きゃはははっ」
はい。お元気でなによりです。
一年の節目の行事では、みんな軍手をして草刈りカマを手に、集まる。
春秋のお彼岸、お盆、日本海中部地震(1983年5月26日)が起こった日前には、各家々の位牌を納めている十王堂、津波で亡くなった子供たちの慰霊碑周辺の草取りが「恒例ボランティア」である。閉校した小学校でイベントが開かれると聞けば、学校周りの清掃に足を運ぶ。ジュースでも飲んで、一息つく。ここでも、おしゃべりの種は尽きない。
ひとり暮らしのおばあさんがある時、問わず語りに話してくれた。「みんなで集まって話をすれば、時間が早く過ぎる。後は、夕ご飯食べて寝るだけ。きょうも無事に終わる、と安心できる」
そうなんだよね。だれもが、寂しさとたたかっている。「女子会」を毎日のように開くことで、「ここの集落は、孤独死とは無縁なの」と、笑顔になれるんだ。
またひとつ、教えられた。
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