【加茂青砂の設計図】4番目の船「喜代丸」③集落の長として

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

土井敏秀】その日の光景はなぜか、私の頭の中でモノクロームの映像として残っている。

2011年(平成23年)5月、強風の海でマス釣り中の船外機付き漁船が転覆、乗っていた加茂青砂集落の漁師が行方不明になった。双眼鏡で事故を目撃した仲間の知らせで、住民はすぐさま、捜索に乗り出した。現場は岩場が入り組んだ沿岸。海の底の地図をイメージできないと、その岩場と衝突する危険がある。海上保安部の船は、離れた海上で見守るしかなかった。

釣り人を沖の岩場に送迎する「渡船」は、「捜索船」に早変わりした。船の舳先に、繁喜さんが立っている。両腕をまっすぐに立て、前方とその右、左方向に向かって、手を振り下ろす。後ろの操舵室に、船が進むべき方角を指示した。海の中の岩場を避けながら、行方不明の現場に向かう。

船には7、8人も乗り組んでいたか。両手を後ろに組み、四方八方に目を凝らしている。「捜索船」の周りには、数隻の船外機付漁船が並走している。ウエットスーツに身を包んだ、ダイバー数人が乗った船も、使命感を背負っている。船は荒い波をかき分け、進んでいる。船の上で立ったままの漁師たちは、よろめきもしない。私一人だけが立っていられず、甲板を転がっている。クラシックコンサートで物音を立てる、礼儀知らずみたいで恥ずかしかった。「危ないから、中(操舵室)さ入ってろ」と、注意までされてしまった。

穏やかな加茂港の港内に、滑るように帰ってきた繁喜さんの「喜代丸」

「現場」に着いた。船のエンジン音、波をかき分ける騒がしさが収まった。静寂に包まれ始めた。だからだろうか。その光景は、モノクロームに広がっていた。海も空も灰色の濃淡だけの筆遣い。大小それぞれの船だけが、点景のように白く上下している。

乗り組んだ漁師たちは、思い思いに、空き缶に巻き付けた釣り糸を、深く暗い海に投げ入れた。糸の先には重りと十数本の釣り針がついている。重りが底に着いたのを確かめては、巻き上げる。また下ろし、引き上げる。その動作を繰り返す。針に手掛かりとなるものが、引っかかるのを願っている。誰とはなしに、声を張り上げた。「シンタロー、帰ってこーい」。行方不明者の名前を呼んだ。いつの間にか、合唱となり、濃い海に響き渡った。釣り針に手掛かりを託すという、余りにもさもない行為は、みんなの、たった一つの祈りが込められた厳粛な儀式だった。

加茂青砂集落の町内会長である繁喜さんは、その「儀式の長」だが、特に大声で命令を下すわけではなかった。阿吽の呼吸というか、暗黙の了解なのか。誰もが当たり前に自分の役割を心得ていた。これが信頼関係というものなのだ、というお手本を目の前で見せてもらった。いるべき場所に立ち、手を差し出す。海での遭難は、いつ自分に起こっても、不思議はない。人に迷惑をかけることはあり得る。迷惑をかけられるのを厭わない―お互い様の暮らしなのだ。

手掛かりもつかめず港に戻ると、船に乗れなかったお年寄りや、ムラの女性が総出で、迎えてくれた。モノクロームに色が点いた。秋田県北の漁師が、漁師希望者を前に、尋ねたことがある。「漁師に一番大切なのは、何ですか?」。誰も思いつかなかった答えは、「生きて帰ってくる」だった。

加茂青砂集落の海岸清掃は、まだ夜が明けないうちから始めるのが定着している

繁喜会長は、ほかの場面でもよく動く。男鹿市は年に2回、集落内の一斉清掃を呼び掛けているが、加茂青砂は開始時間が午前5時と他地区より1時間も早い。繁喜さんはその2時間も前から準備に当たっている。いつも先頭に立って「つべこべ言う暇があったら、自分でさっさと体を使った方が速い」人なのだ。集落そのものが「時間を守らない」習慣が根付いている。開始時間の5時に行くと、作業がほとんど終わっていた、ということが何度もあった。繁喜さんはこの意味でも、集落を代表している。「明日があるなんて、分がんねで。今日できることは、今日やっておがねば」

毎年、「恒例行事」となっている「赤い羽根共同募金」なども、繁喜さんは領収書を携えて、一軒一軒を回って寄付金を集める。集落の要望事項を行政側に伝え、対策を講じるよう求めてもいる。

閉校した加茂青砂小学校を会場に開いた、体験教室「かもあおさ笑楽校」で、繁喜さんは、ピンクの法被まで着せられて「学校長」を務めた

「責任があるからな。やるべきことはきちんとやらないと。それでももう、年も年だし、バトンタッチして引退する時期だ。『この人なら』と、後継者にしたい人何人かに打診しているが、誰も引き受けるとは言わない。だから、役所に言っているんだ。『会長の後継者がいないので、この集落の維持は、行政に引き受けてもらうしかない』と」

集落がなくなるかもしれない、という危惧を隠さない。(つづく)

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