【加茂青砂の設計図】「過疎地のバス」で旅に出よう②

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

バス旅は続く

バスの座席は17席。それ以上乗った場合でも、吊り輪にすがって立つことはめったにない。途中の営業所でもう1台出してくれる。優しい路線なのだ。この日は途中で1人、2人と増えはしたが、7人以上になることはなかった。バスは乗り継ぎ停留所の「羽立(はだち)」に着いた。降りると、道路を挟んで向かい側の停留所前に移動、新しいスーパー行きのバスを待った。男鹿市内のバスは3つの会社が、路線を分けて運行している。今度乗るのは、別会社のバス、待ち時間は10分。公衆電話ボックスが隣接する停留所前に、95歳と73歳の男2人。手持無沙汰な表情で、リュックサックを背負って立っている。

七兵衛さんはきょうも、水平線に向かって何思う?

バスは、通過予定時間が来ても、来ない。5分、10分すぎても、まだ来ない。「どうしたんだろう」。不安が募ってくる。

来た。青いバスが来た? 目の前で停まり、運転手さんが降りてきた。さっきここへ連れてきてくれたKさん。終点まで行ってから、戻ってきたのだという。「今日、新しいスーパーには、行けないっすよ。その便は、土日祝日は全便休みっすよ」。すまなそうに話す。

あっ! 今日は日曜日! そうなのだ。Kさんが手にしている時刻表には、この路線の16便全部に、休みの印が付いている。Kさんは、わざわざそれを、伝えに来てくれたのだ。「ありがとう」

急きょタクシーに乗り換え。なぜ?

確認を怠った、私の責任である。全く気付いていなかった。謝るしかない。七兵衛さんは言った。「誰でも日曜日には出かけたくなるもんだ。おめのせいでねえ。謝るな。きょうは、うん、ドライブしたんだ、ドライブ」。Kさんが「どうします? あそこまで、タクシーなら2800円かなあ。呼びますか?」。バスを運行している会社は、タクシー会社でもある。ぶるんぶるん。2人同時に、首を横に振った。でもどうするか。帰りは午後2時5分、男鹿水族館発の「加茂線」を予約している。まだ5時間もある。「別のスーパーまでなら1000円です」。そのタクシーを降りると、七兵衛さんは、断っても500円玉を手渡してくれる。買い物が終わると、官庁街であり、かつては繁華街だった、今は人通りの少ない船川地区を散歩した。

七兵衛さんは定年まで、埼玉県内の大手運送会社の引っ越し部門に勤務していた。トラックの運転手である。東北自動車道、秋田自動車道がまだ開通していなかった時代に、11時間かけて男鹿まで、荷物を運んだこともあった。60歳代後半まで勤めた。退職後、妻の栄子さんと船外機付き漁船に乗って、磯場の漁をした。船は、妻の名前の1字を入れた栄丸。その栄子さんに先立たれてから、8年になる。「漁は2人だからできた。船も手離したんだ。もう海には出ていない。

煙突から煙がたなびく。加茂青砂地区でも、薪ストーブの家は少なくなった

JR男鹿駅前の観光施設を兼ねた「道の駅」に立ち寄った。地元の魚介類、野菜などの産地直売所がある。七兵衛さんの声は太くて大きい。コロナ対策のマスク越しでもよく通る。「シイタケは、いくら大きくたって、こんなに開いちゃ、おいしぐね」「ちょっとちょっと、みんなに聞こえるでば。値段の感想も言わなくていいからね」

七兵衛さんは集落の人気者である。「網戸が外れた」「畑のキウリに支柱が欲しい」などなど、やはりひとり暮らしのバサマたちが声をかけると、気軽にこたえてくれる。「ヘルプサイン」が出ると、腰に手製のケースに入れた鉈を下げ、ほかの道具類が乗った1輪車(ネコ車)を、ぐいっぐいっと。1歩1歩を確かめるように、海岸に面した通りを進む。

「腹減ったな。うまいもの食うべ」「○○は?」「だめだ。あの店、うまぐね」「結構1人で出歩いてるんだね」「あぁ、かあさんは秋田の病院に入院してたしなあ。パチンコも好きだった」「だった?」「コロナで行くの止めた。止めてしまうと、行きたい気も、起らなくなったよ」「成績は?」「そりゃあ、勝つことも負けることも。3,4万負けたり、10万もうけたりさ。勝った金はみんな、かあさんにやった。それより、うめ食い物、どっかねえか」

人気の居酒屋さんのランチタイムに入った。

初めて入った七兵衛さんは天ざる、私はとんかつ定食を注文した。同じく1000円。なぜか、お互いににんまりした。てんぷらのだし汁を口にし、「しっかりしている」。味付けにはうるさいようだ。「さっき、クリームシチューの素、買ってたよね」「あぁ、おれのうめぇぞ。今度食いに来い」

集落に帰ると、穏やかな海が待っていた。水平線までずっと、滑っていけそうな凪が広がっている。岩場で休んでいるウミネコが時折、クワーカッカッカと、素っ頓狂な大声を上げた。七兵衛さんの家から、薪ストーブの煙が昇る季節がやって来た。(つづく) 

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