【加茂青砂の設計図】「また春がめぐってくる時間」が作る世界

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

【土井敏秀(もの書き)】秋田県・男鹿半島西海岸にある、加茂青砂集落で11月、ささやかな開墾が2ヵ所で進められた。「開墾できる耕作放棄地 あります」の誘いに乗ってくれた人たちが、作業に当たった。農園経営齊藤洋晃さん(能代市二ツ井町)と佐々木友哉さん(秋田県藤里町)の2人が講師を務める「境界なき土起こし団」(14人)と、秋田県立大学アグリビジネス学科地域ビジネス革新プロジェクトの酒井徹准教授、同大1年新堂秀さんの2人組。来年の本格的な取り組みを前に、それぞれに違う場所で、地道な一歩を進めた。「土起こし団」は、海辺で拾い集めた貝殻を砕いて、土壌の改良剤を準備した。県立大学の2人は、長さ5,6㍍の畝を3本立て、ニンニクの種を植え付けた。

どちらも取り組むのは、大型の農業機械を使わない、手で草を刈り、鍬をふるう農業である。耕作放棄地がかつては、段々畑だった加茂青砂集落の里山は、「耕作適地」なのである。AI機能が付いた鍬で畑を耕す、なんて発想とも縁がない、そうなのだ。今の集落のありようが、江戸時代後期(1850年代)と変わっていないことは、秋田県・船越村の村役人、鈴木平十郎が著した「絹篩」(きぬぶるい、男鹿半島各村の村勢要覧)掲載の加茂青砂集落の絵図と重ねると一目瞭然。日本海に面した湾に沿う形で、同じように家々が建ち並んでいる。里山ごとに、幾つもの段々畑が広がっている。

雨天の屋内作業は、貝殻を砕き土壌改良剤を手作りすることだった

ということは、農作業の形態も、あまり変わっていないことにならないか。「土起こし団」のメンバーの一人、郷土史家の夏井興一さん(85)=男鹿市金川=は、「昔、子供のころ、よく海岸に打ち寄せられた海藻を拾いに行かされたもんです。畑の肥料にするからって。こうやって、貝殻を砕いてやるってことは知りませんでした。当時に戻って、教えてやりたいぐらいです」と話す。こんなふうに知恵の交換が、江戸時代にさかのぼっても、スムーズに行われるに違いない。変わらないのはこの約170年間、その必要がなかったからである。もっと時代をさかのぼれるかもしれない。何と幸運な豊かさだろう。基本がしっかりしている。悩まなくていい。

時間の進み方には、人が赤ん坊から大人になって老いるまでの「積み重なって前に進んでいく時間」と、「また春が確実にやってくる」ように、季節がめぐる「回りながら繰り返す時間」があるのではないか。ここ加茂青砂集落は、暮らし方の基本を変えずに来たので、「回る時間」が濃いらしい。時代が違う見知らぬ同士でも、会話が成り立つ関係になるはずである。耕作放棄地を開墾することは、新しい生き方ではない。かつての生き方が「復活」する、と考えた方がすっきり納得できる。

元加茂青砂小学校裏手の耕作放棄地に3本の畝を立て、ニンニクの種を植え付け。ささやかだけれど、確実な一歩。

いつの時代も、同じ里山を仰ぎ、同じ海の前にたたずむ。子供たちは同じ秘密めいた場所に、冒険心を躍らせていただろう。100年後はどうか? 100年あれば、過去と未来を行き来できる環境になっていそうだ、と夢想する。すると「物語」が勝手に飛び込んできた。タイムマシンの物語が。間もなく開館する「かもあおさ笑楽校附属図書館」が、「時間旅行の空港」になるらしい。心の準備もできていないのにあらら、もう、タイムマシンの存在を証明する人たちがやって来た。開館前の図書館に降り立った。

小学生かな?5人の子供たちが一枚の地図を囲んで、なにやら相談している。薄い膜にさえぎられ、すぐそばには行けないが、会話はできる。「ねえ、君たち。何見てるの?それ、ムラの地図じゃない、加茂青砂の」。初めてのはずなのに、互いに驚かない。質問に答えるように、ひとりの女の子が説明した。「地図は、向こうから持って来たんだけど、この時代に近づいてきたら、おじいさんとおばあさん2人の顔の絵が出てきたの。私たちを歓迎しているみたいに笑顔だよ。なぜかなあ?なんか手掛かりがないか、こっちの図書館を探さないと。一緒に探して」

すぐに分かった。「この本『加茂青砂の歩き方』の『十王堂』のページに写真が載ってるよ」子供たちが『ギャー』と悲鳴を上げた。だよな、2人とも怖すぎる。閻魔大王(えんまだいおう)と奪衣婆(だつえば)。「もちろん、何をする人たちか、人間かどうかも分かんないけど、今教えるよ。そうか、この2人は、君たちに何かを伝えたいのかもしれないな」

別の男の子が、ゆっくりした口調で続けた。

「でも、おじいさん、だあれ?」
「この図書館を作っている人」

最初の女の子が身を乗り出す。「ふーん。だったらまず、自己紹介しなくちゃね。私は、かっちゃん。それで私たちは2089年生まれの『かもあおさ笑楽校』の5年生、11歳です」

「初めまして。みんなは僕を、もっさんと呼びます。もっさ、もっさって走るからかなあ」
「こんにちは。私はあーしゃんだよ」
「僕はおっくんです。よろしくお願いします」
「私は、トランペット好きだから、自分で名乗ってるの、サッチモって」
「ありがとう。私のことは『じいちゃん』でいいよ。かっちゃん、話を続けてください」

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