「消滅可能性」は変えられる。東北へ、地方へ人を呼び戻す「里帰り応援プロジェクト」とは?

2050年までに744の市町村が「消滅可能性自治体」になる―とのニュースが先ごろ、全国を駆け巡った。東日本大震災からの復興も途上の東北ではその7割超が存続困難という。だが「流れは変えられる」と仙台の松橋隆広さん(60)は語る。「大企業から、都会から、中央から、地方へ」を掲げ、転職・婚活支援など「里帰り応援プロジェクト」に取り組む注目の経営者だ。東北の自治体と企業、金融機関が協働することで、「人財」とその家族を呼び戻す流れをつくれる―と新たな未来図を描く。(聴き手、写真:ローカルジャーナリスト 寺島英弥)

松橋さんは、人を求める企業と転職希望者をつなぐ人材紹介会社「HUREX(Human Resource Experts)」経営者。山一證券豊橋支店長からフジスタッフ(現ランスタッド)常務・仙台支店長・を経て、2003年に仙台で設立した東北最大の人材紹介会社だ。東京など全国の企業で活躍した多くの人材を地方企業にUターン、Iターンさせている(仙台本社と東京、名古屋、大阪、福岡の各支社。社員86人)

―「消滅可能性自治体」のニュース(4月24日発表)は大きく報じられましたが、どう受け止めるべきでしょう。地方ブロック別では東北が最多とされました。 

秋田県や青森県などは、ほとんどの市町村が消滅可能性自治体に該当している。まだ対策に手が付いていない、やりたいが予算の乏しい自治体が多いと感じる。福島県は震災・原発事故の後、人口が特に減ったが、「流出した人材を呼び戻そう」とヒューレックスが地元の金融機関と組んで「Uターン、Iターン」を増やす取り組みをし、成果を出してきた。「持続的に成長し、選ばれる街」に変わることは現実に可能だ。 

全国のUターン、Iターン希望者を、東北など地方の企業へつなごうと奮闘する、ヒューレックス社長の松橋隆広さん(左端)=仙台市青葉区のアエル17階の本社

消滅可能性都市/経済人らの「人口戦略会議」が国立社会保障・人口問題研究所の推計から20~30代の女性人口の減少率を市区町村で分析。10年前に発表した分析と比較し152減ったが、外国人の移住などが理由で、出生率低下と少子化、東京圏への地方からの流出という問題の潮流は変わらないとされた。新たに加わった99市町村には、大震災、原発事故の影響で対象外とされた福島県の33自治体が含まれた

―それが「里帰り応援プロジェクト」につながるのですか。どんな取り組みか、ご紹介ください。 

青森市出身の私自身もそうだったが、誰にも「いつか帰る日」が来る。 東京など「中央」から地方へ、大企業から地方企業に人材を戻し、明治以来続いた人の流れを逆に変えれば、大きなチャンスになる。ヒューレックスは東北をはじめ全国280の地方銀行、信用金庫、信用組合に提携関係を広げている。 

全国の地域で一番信頼ある求人情報を基に、転職の希望者を古里、新天地につなぐ。候補者のデータも、920万人分に上っている。企業社会でのあらゆる経験、スキル、ノウハウ、人脈を含めて持ち帰る人は、企業と現場の人々を新しいアイデアで成長させ、次の就職転職の希望者も増やす。誰もが貴重な「人財」だ。ものづくりやITなどの仕事を経験した人財の帰郷は、地域が一気に飛躍するチャンスになる。 

震災の後、古里の復興のために新しい人生を始めようと東北に帰る人が増えた。福島では、震災当時に流出した働き手の多くが戻ろうと考えており、そこで地元の東邦銀行を通じた求人情報が力を発揮してきた。 

―転職の希望者には、どんなサポートをしているのですか? 

一般の求人情報、企業情報はネットにあふれているが、今のデータと漠然とした評判、イメージしか見えない。希望者は手探りしているのが現実。私たちは、地域の金融機関からの詳細な情報とともに企業個々を訪問し、その過去、現在、将来性も分かる。社内に転職希望者自身のリ・スキリング(新たな知識、スキルの学び)を助ける「セカンドキャリアドクター」たちを擁しており、未来で活躍し輝く自分が見えてくるのをサポートする。希望者と企業経営者が共に「なりたい未来」の点と点をつなぎ、出会いのチャンスをつくり、マッチングさせるのが、私たちの仕事だ。 

一方で地方の企業は「2025年問題」と呼ばれる危機にも直面している。2025年に70歳以上の中小企業経営者、小規模事業主が全国で245万人を超え、半数以上が後継者不足に悩む。廃業の不安が現実になれば、650万人の雇用が失われる可能性があるとされる

―そうしたUターン希望者の受け皿となる地方の企業への支援も不可欠になりますね。 

後継者を探す、承継への中継ぎ役を探す、経営を支える番頭役を探す。とりわけ後継者の有無は、まさに身内の存亡、働く場と社員の将来に関わる。そこでも私たちは、地域の企業を一番よく理解している、そして経営者から相談を受ける地元の金融機関との提携を深めてきた。全国規模での「人財」の紹介とともに、永続的なバトンタッチのための手続き支援、資本業務提携支援、後継者不在時に受け継ぐ相手先を探す「M&A」(合併・買収)など、事業承継の支援をする会社「AOBA」も設立して、地方企業をトータルに支える態勢をつくってきた。 

後継者探しのきっかけも、創業後間もなく山形県内の銀行から寄せられた、「取引先の社長が病気になり、承継者がおらず困っている会社がある。適任者を紹介してもらえないか」との相談だった。後継者難の地方企業の支援は大切な仕事になり、「地方の中小企業の雇用を守れるのは金融機関と人材紹介会社」と言われるようになった。 

山一証券時代の1997年、自主廃業した同社の豊橋支店前で(後列左端が支店長の松橋さん)。仲間の多くが地方へ戻り、「人財」と「地方」をつなぐ仕事を自らの新たな使命と志す(提供写真)

―「里帰り応援プロジェクト」のもう一つの柱が、婚活サポートとうかがいました。松橋さんは、ヒューレックス傘下にAOBAとともに、結婚相手紹介サービスの会社「マリッジ」も設立、運営していますね。 

私たちは人と企業の未来をマッチングさせるノウハウと経験を生かし、「結婚」という人と人の縁結びも大切な仕事にしている。「承継者」をつくることは、企業経営者の息子さん、娘さんらに末永く跡を継ぐ家族をつくってもらうことでもある。Uターン、Iターンの希望者に、企業と地域を支える人財として家族と共に定住してもらうこと、地域の人々が良き配偶者と出会い、外へ流出することなく、子どもの代まで暮らしてもらうことでもある。それらを含めた三位一体の「里帰り支援」だ。 

マリッジでは、入会者に専任の婚活コンシェルジュを付け、きめ細かなカウンセリング、コミュニケーションや相手選びの指南、魅力を引き出すレッスンなどを行っており、「結婚しない、できない」子どもを持つ親向けのセミナーも催す。成婚率(1年以内の成婚数)は日本ブライダル連盟の1600社中で5年連続1位を続ける

「里帰り」が生むものは、地方企業の活性化だけではない。地域に新しい世帯が生まれることで、地元の金融機関に口座が開かれ、家庭の消費が生まれ、家や電化製品、子どもの服や教育用品が売れ、家族の成長とともに地域の経済も回っていく。 

「里帰り」が現実味を持つのは、Uターンする転職者の動きに加え、妻の古里に夫、家族が一緒に帰って来るIターンが増えていることからも言える。定年になって帰郷する人も多い。とりわけコロナ禍の後、そんな流れは一気に強まった。私もそうだったように、東京など都会に出た人たちは、いずれ帰ってくる。そう思えばいい。 

1年以内の成婚率が5年連続で全国1位となった「マリッジ」オフィス前に立つ松橋さん=仙台市青葉区のアエル17階

―東京に出ていき、しかし、東京での暮らし、仕事、未来に「限界」を感じている人も多いということですね。そこで地方の市町村にできることは何でしょう。 

例えば、地方の街で増えている空き家を、住宅として無償で提供してはどうか。そんな制度をつくれば、住まい探しを助けるとともに、空き家も地方にとって定住支援の資源になる。そして、高齢になっていく親世代を介護する力にもなる。子どもの給食費を卒業まで無償にした自治体も郡山市などがあり、やれることはたくさんある。地方の側が求めているように、国も積極的にお金を出すべきだ。 

5月14日、宮城県の村井嘉浩知事(全国知事会長)や福島県の内堀雅雄知事らは宮崎市での知事サミットで、地方への産業・雇用分散と新しい人の流れの創出、子ども医療費助成制度や学校給食費、幼児教育・保育の無償化、高校授業料の無償化など子育てに係る基幹的な経済的支援について、全国一律の制度化と支援基準の充実―などを国に求める緊急アピールを採択した

―円安と物価高の状況、国の旗振りもあり、大企業の間では賃上げの動きが目立ちます。地方に来たら年収が下がる、という課題もあるのでは? 

私は今、還暦を迎えたが、自分の中では50歳で年齢が進むのを止め、「人生折り返し」のスタートにした。セカンドキャリアを求めるということは、単に報酬だけでなく、新しい生き方を求め、それを見つける場所、世界に出会うこと。古里や新天地の自然であったり、歴史や文化、温もりある人と人の関係であったり、まちおこしへの参加であったり。地元の自治体、住民の側も、新しい人を受け入れる場をつくったり魅力を再発見したりし、どんどん情報を発信してほしい。交流人口を増やしていくことにもなる。 

―最後に、これからの東北の可能性について、どう見ておられますか? 

素晴らしいニュースが続いている。東北大が政府から「国際卓越研究大学」の候補に選ばれたという。シリコンバレーのような世界水準の研究開発の拠点が東北に生まれる期待が生まれた。優秀な学生と研究員、最先端の企業が国内外から集まるだろう。宮城県大衡村にはSBIホールディングスと台湾の世界的半導体メーカー「PSMC」が共同で大規模な工場を建設し、27年には稼働するという。既に地元で人材育成の動きが始まり、私たちにも求人の相談が寄せられている。東北の中でも「越県」(県境を越える)の大きな波及効果が生まれ、地元企業も活気づく。 

文部科学省は5月1日、世界最高水準の研究大学をつくるために政府が創設した10兆円規模の大学ファンドで、東北大を最初の支援対象候補に選んだと発表した。初めてとなる公募に東大、京大など全国10大学が手を挙げていた

東北学院大学は仙台の都心(同市五橋)に回帰し、目を見張るような新キャンパスが昨春に開設された。その効果で偏差値は大きく上がり、東北や全国からも若者が集うだろう。私も卒業生で東北学院大出身の経営者の会「地塩(ちのしお)会」の役員を務めているが、地元の学生と経済界のつながりも広がり、東北の未来を担う良い企業と経営者がたくさん育ってほしい。そんな希望が膨らんでいる。 

東北は東日本大震災を経験した。その復旧を通して災害に対する備えは全国どこよりも強まった。私たちが取り組む「里帰り応援プロジェクト」で多くの人を東北に呼び戻し、企業と地域を活気づけ、復興につなげたい。さらに一日も早く「消滅可能性自治体」を返上するよう全国の地方を応援していく。

*「ヒューレックス」のホームページ=会社情報|地方特化の転職エージェントならHUREX(ヒューレックス)

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