亡き妻と娘の名誉を取り戻したい 「いじめ自死」の真実を訴える父親の5年 

寺島英弥(ローカルジャーナリスト)】 2018(平成30)年11月に仙台市泉区・寺岡小の2年生の女子児童と母親が自宅で自死した。事件は過去のものではない。残された父親は真実の追求を訴え続けている。娘さんは「いじめに遭い、悩んでいる」と半年前から訴え、両親が学校へ解決への相談を重ねたが、求めた対応はなかった。最愛の家族を失った父親は支援者の助けに力を得、市教委の調査(第三者委員会)に期待を託したが、「なぜ、2人は亡くなったのか。いじめが原因ではないか」との問いに答えぬまま、再調査の要望も5月、郡和子同市長に拒まれた。落胆は大きいが「決して諦めない」「妻と娘の名誉を取り戻すことが生きる目的」。そう語る父親に、5年越しで続く今の思いを聴いた。 

理不尽ないじめへの疑問と葛藤 

訪ねた自宅の前にアジサイの株が緑色の花を広げる。「花の色が白から変わる。妻が植えました」。玄関には淡いピンク、青、緑、クリームの小さなジャンパーが掛けられ、傍らにアジサイなどの手作りのドライフラワー。娘さんと奥さんの形見が迎えてくれた。 

自死した娘さんのジャンパー、母親手作りのドライフラワーが、生前のままにある家の玄関

通されたのは娘さんの「ピアノの部屋」。3歳で習い始め、今も輝きを失わぬピアノを上手に弾いたという。周りの壁には百枚もの写真。どれにも在りし日の娘さん、奥さんの笑顔があり、いかに愛情を込めて写したものかが、かけがえのない歳月とともに伝わる。 

正面の壁に2人の遺影があり、その下に花々やピンクの器類のある小さな仏壇。傍らに金襴に包まれた遺骨が並ぶ。父親は今も愛する家族と一緒に毎日を暮らしている。 「おはよう、行ってきます、ただいま、の言葉や、2人に関わる報告は欠かさずしています」 

居間で見せてもらったのは白い厚いファイル。「妻がパソコンに書いた娘の毎日の記録、学校とのやり取りの経過です」。プリントされた1枚1枚から、手書きのメモも加えた2人の肉声が聞こえてくる。多くは娘さんを苦しめた理不尽ないじめへの疑問と葛藤だ。 

いじめに悩む娘を見守った母親の日録に肉筆で残されたメモ

〈質問したい。なぜ-。やられた方は覚えている。やった方は覚えてない。覚えてないは やっていない事にはならない。1つずつ確認していくしかない〉 

〈体調はここ2日位ほど良いよう。ただ眠れない。怖い夢を見る。今は常に〇ちゃんのことが頭に浮かんでいる。「引っ越ししてほしい」「いじめられていた事」「私にしかできないと、仕かえしされている」〉 

〈家でもますます体調が悪化していて、心配している。明らかに精神的なものと思われる〉 

〈私が代弁して、事実を明らかにしたいという気持ちはまっとうなもの。ただ、子どもの世界はどうなのか?〉 

〈昨日の夕方に、「自分が変な感じ」「モヤモヤ、クラクラ」が交互に繰り返してくる。時には両方同時に来る時もある。と言っていました〉  

〈夜寝る前、〇ちゃんと関わらないようにしようと思っても、学校同じ、クラス同じ、近所で、関わらなくちゃならないのは事実。なので、これからどうしようと思い「モヤモヤ」がどんどん大きくなり眠れない。家出したいくらい、悲しい(〇ちゃんの家が近くにあるから、家出したい)〉 

〈モヤモヤを出してみて、と言っても、「言葉が詰まって出せない」と」〉〈「槍が、胸に刺さったように痛い」〉 

一変した家族の日々、学校への不信 

娘さんは、勉強ができて1年生で皆勤。書道でも賞をもらい、プールや新体操の教室、英語塾に通った。が、「いじめを受けている」と両親に告白したのが2年の5月17日。一緒に登校していた女児2人から、置いていかれる、仲間外れにされる、家来のように扱われる、暴力を振るわれそうになる-などの行為が数カ月間続いたという。担任が「仲直りの会」を持ち、ひと月は一緒に通ったが、また「いじめられ、学校に行きたくない」。また担任に相談すると、娘さんが「あなたにも問題がある」と言われ、6月25日から登校できなくなった。この経過はただの記憶でなく、母親が残した前述の詳細な日録による。 

母親が相手の保護者に伝えたいと相談したら、今度は学校の対応を待つよう止められた。校長から「最善の方法での対応を任せて」と言われ期待を託したが、待っても行動を起こしてくれず、相手方への働き掛けや話し合いの場づくりを何度も先延ばしされ、母親が見てもらおうとした話し合いの質問リストを無断で相手方に渡してさえいたという。 

娘さんは7月から口内炎、めまい、腹痛、頭痛に苦しみ通院した。真実を明らかにしてもらえない、相手から謝罪がないことへのストレスだった、と母親は記した。仲直りの会も、何も言わぬまま担任から手を引っ張られ、握手させられた-と娘さんが打ち明けた。 

「新体操やプール、英語に通えなくなり、大好きなピアノも弾かなくなった。私たち家族は、馬と触れ合うといいと聞いて乗馬クラブを訪ね、(親戚のいる)北海道や地元の他校の見学にも行った。でも、娘は友だちと離れることを望まなかった」と父親は取材に語った。両親は市教委、宮城県教委の窓口にも相談したが、頼みの学校が『こちらから要求するまで動かない。最初に子どもたちに聞き取りをきちんとして指導していれば、すぐに終わっていたのに、なぜここまでかかっているのか?日を追うごとに娘の状況は悪化している』。8月5日、通院先の薬の処方が最後になった日録に、父親はこう追記した。 

そして11月29日、父親が仕事から帰った午後6時過ぎ。灯りもない家で、妻と娘さんが亡くなっていた。その時のことは「今も話したくない」と取材に語った。「家族は皆、元気がなく、娘の頭痛と腹痛、不眠は続いていたが、予感させるものはなかった。妻は娘のそばで悩み、苦しみを共にし、解決へ光が見えぬまま、あまりに重く長い半年間だった」。 

「いじめと死」の調査を拒んだ市 

葬儀から四十九日の法要が過ぎるまで何も考えられず、家にこもっていたという。そんな中、「いじめはなかった」との話が他校にも広まっていると耳にし、「無理心中」と伝えた報道もあり、「妻と娘の名誉を傷つけられた」と深く憤った。裁判を起こそうと考えたころ、「応援をしてくれる人がいる」と身内から教えられた。その人に夜、電話をしてみると、すぐ翌朝に飛んできてくれた。仙台の自死遺族、田中幸子さん(74)だった。 

田中さんは、警察官のわが子を自死で亡くし、それを機に17年前、集いの場も公的ケアもなかった遺族が支え合う「藍の会」を立ちあげた。24時間の電話相談や各地の当事者の支援、自死予防の活動を通して社団法人「全国自死遺族連絡会」を結成、代表理事を務める。仙台や東北で相次ぐ学校のいじめ自死の問題に取り組み、遺族たちを助けてきた。 

父親は19年1月、田中さんの勧めで「第三者委員会」設置を仙台市に要望した。11年に起きた滋賀県・大津中のいじめ自殺事件で学校の対応が問題となったことから、国のいじめ防止対策推進法制定とともに、客観的な原因調査の場として各地で設けられてきた。 

市の第三者委(市いじめ問題専門委員会)は同年3月に初会合を開き、答申は22年12月。3年9カ月を費やし「いじめ重大事態の判断が妥当」としただけで、父親が求めた「死との因果関係」、つまり「娘と妻はなぜ死なねばならなかったか」に触れるのを避けた。父親が知りたかった、相手方の児童と保護者に学校(と市教委)がどう対応したのか、そして学校の責任も。それがうやむにされたと感じ、代理人を務める田中さんと共に市教委に再調査を要望した。が、5月25日、郡市長は「必要ない」と記者会見で明言し、同月末に面会した父親らにも「議論は尽くされた。判断は変わらない」と再度拒んだ。  

第三者委は50回を超える非公開の会合で答申をまとめた。が、答申後の3月、父親が市教委から提供を受けた1000ページを超える報告書(市長、教育長に提出)の写しには、学校作成の提出資料に多くの疑義が見つかったという。 

第三者委員会の報告書の写しをめくる父親。出欠日数にも学校提出資料には日録と食い違いが多い

〈「しにたいよ・しにたいよ わるいことしかないよ・・いじめられてなにもいいことないよ しにたいよ しにたいよ しにたいよ」〉 

娘さんが書いた手紙の文章だ。学校はこれについて第三者委に、〈夏休みの宿題が終わっていないので、母がやるように強くいったところ、当外児童は家を出て行ってしまった〉という出来事の後、部屋にこもってメモを書いた-との説明資料を作って提出した。 

だが、父親は「娘は小学生対象の模擬試験で県内トップクラスの成績。宿題も帰宅すると、あっという間にできた。手紙を書いたのは夏休みの宿題を仕上げた後だった」と事実を指摘、学校提出のものは「虚偽記載」と断じた。ほかにも、父親の提出資料(事実経過を記述)に対し、後から学校側が自己弁護したような「虚偽記載と思われる内容」が報告書に頻出。それらの点を父親は公表し、「第三者委は再調査をすべきだ」と訴えている。 

議会や市民に広がった支援 

なぜ、市はかたくなに「いじめと死の因果関係」の再調査を拒み、遺族に冷酷なのか―。市議会や市民、地元メディアからも市の姿勢をそう疑問視する意見が相次いでいる。 

「遺族の思いにどう向き合うか。信頼関係を築きながら再調査を進めてほしい」(猪又隆広市議)、「(第三者委に)公平性があるようには見えなかった 」(村岡貴子市議)=4月27日の子育て環境充実調査特別委員会=。「多くの市民が疑問に思い、私もショックを受けた」と6月2日の本会議一般質問で竹中栄雄市議。「児童が『死にたい』と語った時点で重大事態。娘と妻を亡くした遺族がいじめと死の因果関係を知りたいのは当たり前。いじめられた側をなぜ冷酷に追い詰めるのか」と、市長に謝罪と再調査を求めた。 

市民団体「リレーションシップ・みやぎ」は先月、事件の経緯と問題の所在を、第三者委などの生の資料で展示する企画展を市民活動支援センターで催した。田中さんら支援者も市役所前などで父親の訴えを伝えるチラシ配布と街頭署名活動を行い、賛同する署名12893通を市に提出した。河北新報も5月26日、『いじめ再調査せず』『判断おざなり』との見出しで第三者委の在り方を批判し、遺族が求める再調査を市長に促す記事を載せた。 

田中さんという、遺族に寄り添う支援者との出会いが「暗闇の中の光だった。妻と娘が引き合わせてくれた。一人では何もできなかった」と父親は言う。あれから5年近い歳月が経ったが、「妻と娘を死なせたことに、誰も何の責任も問われていない。事実を隠して何を守ろうとするのか。なぜ被害者の側だけが苦しめられるのか」。また取材する報道の関係者にも、「『無理心中』の言葉はすごく嫌だった。『心中』の文字も使わないでほしいとのが本心。いつまでも家族を傷つけ、問題も責任も塗りこめてしまう。『自死』でいけないのか」。 

インタビューをさせてもらった居間の柱には長い紙の物差しがある。2014年12月23日から節目ごとに刻まれた娘さんの身長の伸びが、2018年8月1日を最後に止まっていた。「それから成長した娘を想像はできない。妻も娘もあの日のまま、私と生きている。2人の名誉を取り戻すことが、私の生きる目的。どんなことがあっても、私は諦めない」 

生前の娘さんの成長を刻んだ身長計。後方の「ピアノの部屋」に小さな仏壇と2人の遺骨箱が並ぶ

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