【安藤歩美】南部鉄器の産地として知られる岩手県奥州市水沢地区で6月30日、小さな老舗が閉店した。昼は喫茶店、夜はスナックとして半世紀もの間営業した「チロル」は、地域の南部鉄器職人たちが集う憩いの場でもあった。
職人たちが日々交流する「チロル」の閉店は、南部鉄器の文化や歴史の継承にも影響を及ぼしかねない。そんな危機感から、店の存続に立ち上がった人がいる。奥州市地域おこし協力隊の太田和美さんは高齢の店主からチロルを引き継ぎ、南部鉄器の魅力を発信するスナック喫茶を開店することを決意した。クラウドファンディングで支援の募集を始めた太田さんに、挑戦への思いを聞いた。
南部鉄器文化を守るために「集う場所」が必要
仙台市出身の太田さんは、2023年6月に奥州市地域おこし協力隊に就任。就任前は宮城県石巻市を拠点に特産品のホヤをモチーフにした被り物「HOYAPAI」を制作するなど、美術家・パフォーマーとして活躍してきた。
奥州市に赴任後は、南部鉄器で白湯を振る舞う「鉄瓶婆(てつびんばば)」として市内各地に登場し、南部鉄器の魅力を新しい切り口でアピール。高齢化が進む南部鉄器職人の後継者育成をはかるなど、地域活性化のための幅広い事業に取り組んでいる。
スナック喫茶「チロル」が閉店することを太田さんが知ったのは、地域おこし協力隊の就任から一カ月後のこと。初めて訪れたチロルで、店主から翌年に閉店する計画を聞いた。創業以来、50年間多くの南部鉄器職人たちが集ってきた店だと知っていただけに、その閉店を危惧したという。
「ものを作る・表現する人間として私自身も感じてきたのは、ものを作る場所だけがあればいいのではなく、地域の環境がものづくりを大きく左右するということです。気軽に飲みに行けたり、仲間と話し合ったりできる場所が地域にあるのはとても大切なこと。それがなくなることに危機感を覚えました」
店を畳む話を聞いた太田さんは、その場で「私がやります」と手を挙げていたという。「あまり大ごとに捉えず、自然と。周りにいたお客さんたちは驚いていましたが、ママは『お店の灯りを消さずにすむなら』という感じでした。地域で受け入れてくれる人、残してほしいという人がいて、できる環境があるのだから、頑張ろうという気持ちでした」
地域の期待も日に日に膨らんでいき、太田さんは引き継いだ「チロル」を2024年秋に新しい店としてオープンすることに。急ピッチで開店準備を進めている太田さんは、地域に愛されてきたチロルの定番料理を覚えるために日々特訓中だという。
南部鉄器の魅力を発信するスナック喫茶を開店へ
太田さんが2024年秋のオープンを目指しているのが、南部鉄器を味わい、南部鉄器の魅力を感じられるスナック喫茶「鐵喫茶a-hūṃ」(てつきっさ・あうん)だ。
「チロルを事業承継しつつ、お店として大きく二つの柱を考えています。一つは、地域のコミュニティを守ること。まちに気軽に集える場所がないのは地域としても危機的な状況で、コミュニティが破綻することにも繋がりかねません。そこをしっかり守りたいと思っています。もう一つは、多様な人が来店できること。地元だけでなく観光客や、これまで来店しづらかった若い世代など、多世代が集える場所にしたいと思っています。そのきっかけになるように、南部鉄器を使った料理、ドリンクの提供や、南部鉄器のレンタルなども始めたいと考えています」
太田さんはお店の改装費用に充てる200万円を集めるべく、7月28日までクラウドファンディングに挑戦中。リターン品は支援金額に応じて、南部鉄器の使い方講座から、水沢の名産品、「スナック喫茶チロルのママから引き継いだホルモン(もつ煮)」、「南部鉄器+鉄器職人とのオンライン飲み会」など、幅広く地域を楽しめる内容となっている。
「南部鉄器の伝統と『チロル』が支えてきた環境、ママが半世紀かけて守ってきたものを大切にしながら、より多世代の方々、地域の方々が南部鉄器に触れて交流できる場を生み出したいです。南部鉄器を通した職人さんとの交流の機会もつくっていきたいと思っています」
詳細・クラウドファンディングへの参加は下記リンクから。
奥州水沢ー南部鉄器と半世紀歩んだスナック喫茶を承継し次の時代へ残しますー
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