解体前の商家の蔵から文化財を救出。福島県相馬市で「そうま歴史資料保存ネットワーク」が本格始動

寺島英弥(ローカルジャーナリスト)】東日本大震災やその後の水害、地震の被災家屋の解体工事が相次ぐ相馬市で、市民有志が結成した「そうま歴史資料保存ネットワーク」(代表・鈴木龍郎さん、日本画家)が本格的な活動をスタートさせた。4月23日には地元高校生らも参加し、解体前の蔵から救出した資料類のうち手紙、写真などを、専門家の手ほどきを受けて整理した。市内で解体予定の家屋は千戸余りといい、文化財救出の相談も増える。ネットワークは活動と成果の報告会を催し、市民の参加を広げたいという。 

失われる城下町の歴史景観  

そうま歴史資料保存ネットワーク(昨年11月22日の『相次ぐ地震、失われる城下町の文化財を救え』 https://tohoku360.com/souma-bunkazai/ 参照)が現在、歴史資料の救出を急いでいるのが、同市大町にある野崎家の蔵。明治、大正期に地元の銀行家、地主、県会議員であった野崎亀喜=1923(大正12)年、59歳で死去=が当主だった商家で、城下町時代からの目抜き通りに築地塀と重厚な門、町家づくりの店と広い屋敷を構えていた。一家はその後東京に移り、長年空き家の状態だった。 

東日本大震災の後に屋敷が解体された野崎家。蔵も解体予定だ=2023年3月30日、相馬市(撮影も筆者)

ネットワークの幹事で福島県民俗学会長の岩崎真幸さん(71)が2010年に調査し、「城下町の歴史景観を残す貴重な文化財」と利活用を市に提言したが、実現しないまま東日本大震災で被災。13年に家屋は解体された。残った蔵も一昨年と昨年の震度6強の地震で被災、解体が決まり、収蔵物救出がネットワークに託された。 

蔵からの運び出しは3月上旬、鈴木さんらメンバーと、活動を支援する阿部浩一福島大教授=ふくしま歴史資料保存ネットワーク代表=と学生たちが行い、家具や古い蔵書や帳簿、紙の資料類、陶磁器などを2日掛かりで運び出し、保管した。 

野崎家の蔵から古い収蔵品を運び出した救出活動=2023年3月4日(武内義明さん撮影)

段ボール20箱分の資料を整理  

段ボール箱で20個分もの救出資料類の整理は4月23日が1回目。活動会場になった相馬高校の若駒会館に、メンバーと同高生らボランティアが十数人集った。阿部教授と、同じく被災地での資料救出の経験豊かな斎藤善之東北学院大教授=宮城歴史資料保全ネットワーク理事長=が指南役で参加し、作業の手順を手ほどきした。 

古い紙類を前に、それが1枚ものか束か、綴じられたものか、カビや虫食いはないか―を確かめ、次に刷毛でほこりを払い、記録用の番号を記した封筒(中性紙)を用意しながら、デジタルカメラで番号とともに撮影し、最後に封筒に納める。これが資料救出後の最初の整理作業で、まずは全資料のデータを蓄えた後、内容を読み取り分類し、目録を作成する。阿部さん、斎藤さんが活動現場で培ってきた方法だ。津波や水害の被災資料だと、水分や泥、カビなどを除去する手間も加わる。 

救出資料の整理をする参加者。デジタルカメラで写真を保存する=2023年4月23日、相馬高校・若駒会館(撮影も筆者)

作業は、参加者が写真と手紙など文書類の二つの版(ライン)をつくり、この日に整理できたのが段ボール箱にして約半箱分という。先はまだ長いが、大事なのは継続的に人が集うことと、参加者の習熟だと斎藤さんは話す。「宮城のネットワークでは、大震災の津波被災地で各地から百数十万点の救出資料が託された。それでも10年掛かりで、6、7割の処理を終わり、地元にお返しすることができた」 

古里と日本の歴史がリンク 

作業は単調に思えるが、興味を引く発見があり、楽しみになる。文書班の高校生からは「たくさんの手紙のやり取りがあり、お金の話題が目立つ」との声が上がった。相手の差出人が地元以外の東京など広い地域にわたり、「ネットも携帯電話もない時代、それが地方の実業家の情報網だったのだろう」と、メンバーの相馬高講師、武内義明さん(65)は高校生たちと語り合った。中には前月の晴雨表が色鉛筆で克明に記された葉書もあり、田畑の大地主でもあった当主の関心が推察できた。 

古い手紙類のほこりを払う高校生=2023年4月23日、相馬高校・若駒会館(撮影も筆者)

写真班が取り組んだ古いモノクロ写真には、写っている人の名や場所の裏書きなど、その状況や当主との関係性が不明なものばかり。戦前の映画スターが入ったスナップがあったり、東京の大学助教授が家族にいたり、生活のレベルは伺えた。 

岩崎さんが目を止めたのは、相馬高校の前身、旧制相馬中学の野球部員がグラウンドで整列した写真。裏書の中に「三年 鈴木安蔵 スコアラー」とあった。現在の南相馬市生まれの憲法学者で、1945年12月、現在の日本国憲法に生かされた「憲法草案要綱」の起草者になった人だと、岩崎さんは高校生に教えた。写真からは鈴木安蔵と野崎家との関係は不明だが、蔵に眠っていた資料は母校の先輩と日本史もリンクさせる宝の山でもある。若い世代に参加してもらう意味もはかり知れない。 

救出資料から、日本国憲法の草案を起草した鈴木安蔵の旧制相馬中学時代の写真=指先の学生服、メガネの姿が安蔵(撮影も筆者)

活動へ新たな参加者たち 

「きょうの活動を担任の先生から教えられ、興味をもって参加しました」と、同高3年の吉田里紗さん(17)。同級生ら5人で熱心に取り組んだ。「古い手紙とか、初めて見るのも触るのも初めてで面白い。郷土の歴史をもっと知りたい」 

初めて参加した人に、神奈川県に住む茂木友美子さん(53)もいる。実家が相馬市の浜にあり、12年前の津波で被災したが修理することができ、今も帰ってきているという。「結婚を機に仕事をやめた後、学びたかった歴史を通信制の大学で勉強し、東京国立博物館でガイドもしました。震災後の浜もそうですが、相馬に帰る度、街で失われていくものが多すぎて…。少しでも役に立ちたいと思い、これからも参加します」 

福島第一原発事故の被災地の文化財救出にも携わった阿部さんは、「救出すべきものがあっても、それを受け入れて、作業を担ってくれる人の組織がなければ困難。そうした人のネットワークが相馬にできたからこそ、この活動ができる。一緒に作業をすることで、私たちの知識や方法を地元にお伝えしたい」と期待する。 

ネットワーク代表の鈴木さんは「この活動がなぜ必要か、成果とともに報告する会も催したい。城下町の文化が危機にある現状と、私たちのネットワークの存在を市民と行政に知ってもらい、一人でも多く仲間を広げたい」と話す。 

【そうま歴史資料保存ネットワークの連絡先は事務局(相馬商工会議所内)0244-36-3172】   

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