新聞記者から社労士へ #14 時代に置かれていくのを感じつつ

【連載】新聞記者から社労士へ。定年ドタバタ10年記
「貴君の大学採用の件、極めて困難な状況になりました」。新聞社を60歳で定年退職したら、当てにしていた再就職が白紙に。猛勉強の末に社会保険労務士資格を取得して開業してからの10年間で見えた社会の風景や苦悩を、元河北新報論説委員長の佐々木恒美さんが綴ります。(毎週水曜日更新)

豊齢チェックリスト

3、4年前だったと思いますが、仙台市から「豊齢力チェックリスト」なる質問票が郵送され、少し戸惑ったことがあります。

「バスや電車で1人外出していますか」
「椅子に座った状態から何もつかまらずに立ち上がっていますか」
「半年前と比べて固いものが食べにくくなりましたか」
「口の渇きが気になりますか」
「周りの人から『いつも同じことを聞く』」などといわれますか」
「わけもなく疲れた感じがしませんか」

暮らし、運動、栄養、心のことなどの25項目について「はい」「いいえ」で答え、点数化し介護予防の取り組みなどに役立てるのが目的のようです。

別のある年、健康診断を受診せずにいると、「何日までに、ぜひ受診してください」と区役所からの電話。定期的に掛かり付けのお医者さんに診てもらっており、パスしようかとも思いましたが、眼底検査もあって受診することに。会社を退職、組合健保の任意継続被保険者として2年が経過し、国民健康保険に移った後、行政が健康を気遣ってくれます。定期健診のほかに、胃、大腸、肺のがん検診など。

さらに、70歳から申請によってバスや地下鉄に1割負担で乗車できる敬老乗車証が交付され、65歳時には市の動物園、博物館、文学館などの入園・入館料が無料、半額になる「豊齢カード」も送られて参ります。

健康寿命を延ばす健診や、社会との交流を活発化させ、心身の衰退を防止するための交通費補助など、いずれも有難い措置なのですが、一方で65歳、70歳の高齢者ということを改めて意識させられるのも確かです。

パソコン処理の速さを競う

現実問題として、仕事や日常の中で年齢のハンディを感じることが度々あります。「社会を見てやろう、挑戦してみよう」という気があって、一度民間会社の1年契約の年金電話相談員に応募しました。試験会場を訪ねると、集まっていたのは、20~30代とみられる若い方々。テストの一部は、あらかじめ数ページにわたって記載された文章を、時間内にパソコンでどのくらい打てるか、スピードを競うものでした。

「カタカタ、カタカタ」。皆猛烈に進みます。当方はとてもついていけません。打てたのは、他の人の半分ぐらい。その後面談ではいろいろ質問を受けましたが、期限までに通知は来ず、不採用でした。

社会保険労務士会や公的機関の労働・年金相談員の募集などでも、3度応募し1回採用、2回不採用となる「1勝2敗」のパターン。不採用についての免疫力はついていたものの、パソコンのスピード処理を競わされたのは初めてです。アナログ人間の当方ではとても太刀打ちできません。

日常の中でも変化があります。例えば趣味の旅行。「え。自分でやるの」。首都圏のビジネスホテルに宿泊した際の手続きは、自動チェックイン機、精算機で。名前が確認されると、装置の指示に従って進み、カードキイと部屋のナンバーが書かれたペーパーが出て来るシステムです。どぎまぎしていると、カウンターから人が飛んで来て教えてくれました。

ある海外空港の入国審査は、全てが専用端末機。パスポートをかざしたり、カメラに向かって顔写真の撮影があったり。英語もできず、なかなかうまく行きません。次の時間に遅れるのではないかとヒヤヒヤ。

新型コロナウイルスの感染拡大を機に、外国と比べ給付金の申請手続きや、学校の授業、会社の勤務形態など社会全般のデジタル化が遅れていると指摘されており、変化は一層進んでいくことでしょう。

失敗経験を生かせないか

人と会い、相手の目を見て話し、その表情や息遣いなどを確かめろと教えられてきた世代としては、困惑しますが、相手がコロナとあっては致し方ありません。時代に置かれていくのを感じつつ、「ならうよりなれよ」という言葉もありますから、焦らず慣れていくほかありません。

齢を取ると負の側面が増して来ますが、敢えてプラス面を上げるとすれば、長い人生、失敗を繰り返しており、その経験を通して、物事を多角的に見られるようになることでしょうか。例えば問題が起きたとき、背景を想像したり、相手の立場に立って理解を深めたり。それが少しは力になって解決の糸口につながれば、などと思います。

今、気に掛かるのは、我々の時代とは比べものにならないほどの社会のギスギス感です。神経をすり減らして働く現場。部署に与えられるきついノルマの達成に向け余裕を失くす管理職。好景気が続いた割に恩恵が乏しかった中小企業。これに、コロナによる企業業績の悪化でたくさんの人が解雇されています。

これまでいろいろな人にお世話になった分、今度は何かお役に立てることはないだろうか。そんな思いを抱きながら、働く方々の相談に備えています。

【連載】新聞記者から社労士へ。定年ドタバタ10年記

第1章 生活者との出会いの中で
1. 再就職が駄目になり、悄然としました
2. DVD頼りに、40年ぶり2回目の自宅浪人をしました
3. 見事に皮算用は外れ、顧客開拓に苦戦しました

4. 世間の風は冷たいと感じました
5. 現場の処遇、改善したいですね
6. お金の交渉は最も苦手な分野でした
7. 和解してもらうとほっとしました
8. 悩み、苦しむ人が大勢いることを改めて知りました
9. 手続きは簡明、簡素にしてほしいですね
10. まずは働きがいのある職場環境
第2章 縛りがない日常の中で
1. 見たい 聞きたい 知りたい
2. 何とか暮らしていければ
3. 時を忘れて仲間と語らう
4. めげずに

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