新聞記者から社労士へ #12  何とか暮らしていければ

【連載】新聞記者から社労士へ。定年ドタバタ10年記
「貴君の大学採用の件、極めて困難な状況になりました」。新聞社を60歳で定年退職したら、当てにしていた再就職が白紙に。猛勉強の末に社会保険労務士資格を取得して開業してからの10年間で見えた社会の風景や苦悩を、元河北新報論説委員長の佐々木恒美さんが綴ります。(毎週水曜日更新)

現役時代と比べ収入は半減

定年退職後、社労士の資格取得や開業までの手続き等におおよそ2年半掛かり、63歳になる前に新しい仕事をスタートさせました。あまり頑張らず、ほどほどにしようという気持ちのせいもあって、社労士業の収入は確定申告をするのも恥ずかしいぐらい僅かです。年金と合わせ、収入は会社勤めのときと比べ半減してしまいました。

退職時、総務部門から公的年金や退職金を預けて年金で受け取る企業年金について説明を受け、理解していたつもりでしたが、2か月に1回振り込まれる年金の額を見ると、厳しい現実を突き付けられることになります。特に、想定外の出費などに充てていたボーナスが全くないのは痛いです。

振り返ると、退職し、28日毎にハローワークに通い、失業給付(150日)を受けていました。給付から次の給付までの間に、2回以上職探しをしたことを証明する失業認定申告書を提出し、名前を呼ばれるのを待ちます。長椅子で隣り合わせた30代半ばとみられる男性。「早く就職したいが、なかなか良いところが見つからなくて」。寒々とした風景です。

社労士として幾度か開催した退職者を対象にした年金セミナーでは、決まって同じ質問が出て来ます。
「40年も働いて退職後はもう少し楽に生活できると思っていたら、年金の少なさに驚いた」
「住宅ローンも残っており、子どもの学費も支払わなければならない」

長年働き退職した人の多くが、年金がもう少し増えないものかと思う一方、若い方々は高齢者ばかりが優遇され、将来の受給に不安を抱いていると聞きます。年金の最大の課題とされる老・若の年金保険料の納付額と年金受給額との「世代間格差」。安心できる年金制度とはいかなるものか、知恵を絞って論議し、制度構築を図ってほしいものです。

老後2000万円が足りない

覚えている方も多いと思いますが、2019年6月、金融庁が人生100年時代を見据えて資産形成を促す報告書をまとめました。老後生きていくのに「2000万円不足する」と、世上を騒がせた問題です。

男性が65歳以上、女性が60歳以上の夫婦で、年金収入だけでは生活費が月約5万円の赤字、20年生きる場合は1300万円、30年だと2000万円不足する。報告書は、金融庁らしく長期分散型の資産運用の重要性を説いた内容でしたが、参院選挙前とあって、所管大臣が国民に不安を与える恐れを危惧し正式な報告書としての受け取りを拒否しました。せっかくの国民的議論にふたをしてしまったのは残念です。

収入が国民年金のみで、ぎりぎりの生活を強いられる高齢者もおり、そうした人を社会全体でどう支えていくかがテーマに上ったはずです。アパートでの1人暮らしで、生活費を捻出するため、70歳を過ぎても日雇いなどで働き続けなければならない高齢者が少なからずおります。

60歳でほとんどが定年退職を迎えたわれわれ団塊の世代は、早期退職の道を選ぶ人が1割、60歳退職が4割、継続雇用は5割ぐらいだったと存じます。今、会社に、希望する全員を65歳まで雇用する義務が課せられており、65歳まで勤めることが一般的になっています。さらに会社に努力義務として70歳まで雇用する法律も成立しました。

長寿社会の下、ひと昔前と比べ、年齢は1割引いて釣り合いが取れるともいわれ、知識、技術、人脈を蓄え、今もって体力、気力ともに充実した方もいるでしょう。そんな人がさらに働くことができる機会を増やすのは、決して悪いことではないだろうと考えています。

ただし、個人差があります。継続して働くかどうかは、あくまで個人の意思、選択にゆだねられます。「皆、働いているのに、あの人だけ何もしていない」などと、同調圧力をかける社会風潮が生まれることは避けたいものです。特に日本はそうした傾向が強いようですから。その結果、65歳で支給開始されている年金の受給年齢が延ばされることにもなりかねません。公的年金を軸に生活設計を立てている方の人生を狂わせるようなことには賛成できません。

年を取るとあまりお金を使わなくなる

さて、家計についてはずっと女房任せ。収入が減ってぶつくさ言っておりましたが、段々そんな生活に慣れ、観念したのでしょうか。次第に愚痴はこぼさなくなりました。現役のときと比べ、付き合いなどが相当減り、出費が少なくなったせいかも知れません。

前身が新聞記者という職業柄、お酒はよく飲みました。仲間との打ち合わせ、打ち上げ、取材と銘打って。退職するとそうした機会が激減します。行く店も、最近は若い頃通ったような安いところに逆戻り。かえって座り心地がよく、落ち着くのです。

美味しいものを食べたいという気持ちは、年をとっても変わりませんが、それも値段との相談です。近くに、老舗のうなぎ屋さんがあり、お邪魔するのはハレの日など年に1~2回程度。

最も変わったのは、タクシーの利用をほとんどしなくなったことでしょうか。記者をしていたときは時間が惜しく、道端ですぐ手を挙げタクシーを拾っていました。今時間が存分にあり、急ぐ用事がありません。入社直前、車の免許を取り損ねて以来ずっとそのまま過ごしていますが、バスと地下鉄、JRで十分なのです。ゆっくり、窓の風景を見やりながら、目的地に向かいます。

書籍は仕事上ぜひ必要なものを除いて購入しなくなりました。以前に買い求め大切に取っておいた書籍は、転勤を重ね、段ボール箱に入れて物置に置きっ放し。とうとう置く場所がなくなり、ひもで結んでごみ収集に出す始末です。

読みたい本は、図書館に予約します。新刊は人気があってなかなか届きませんが、それ以外なら大体1週間で取り寄せてもらえます。

元々、物欲は薄い方だと思っています。今欲しいものを問われても、すぐには答えられません。40歳の時に購入した中古住宅を補修しながら住んでおり、質素ではありますが、何とか暮らしていけるのは幸運なことでしょう。お金はあればあるに越したことはないと思いますが、簡素な生活も捨てたものではありません。

【連載】新聞記者から社労士へ。定年ドタバタ10年記

第1章 生活者との出会いの中で
1. 再就職が駄目になり、悄然としました
2. DVD頼りに、40年ぶり2回目の自宅浪人をしました
3. 見事に皮算用は外れ、顧客開拓に苦戦しました

4. 世間の風は冷たいと感じました
5. 現場の処遇、改善したいですね
6. お金の交渉は最も苦手な分野でした
7. 和解してもらうとほっとしました
8. 悩み、苦しむ人が大勢いることを改めて知りました
9. 手続きは簡明、簡素にしてほしいですね
10. まずは働きがいのある職場環境
第2章 縛りがない日常の中で
1. 見たい 聞きたい 知りたい
2. 何とか暮らしていければ
3. 時を忘れて仲間と語らう

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