【加茂青砂の設計図】一番目の船「幸勝丸」大友幸雄さんの物語②後で分かった大変さ

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、99人が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

「いつも眠かった。時間なんか関係ねえんだ、夜中の1時、2時にたたき起こされ、暗い中、母船から川崎船に乗り移る。10人分の飯が入った箱型のおひつ、みそ汁が入った鍋、それにたくわん1本も、10人でたった1本な、を渡されてな。漁場につくまで、立ったままで飯を食うんだが、海が荒れれば、海水が丼に降ってくる。それでも、食わなくちゃなんねえからな。ひでえもんだったよ」

「蟹工船」は1929年(昭和4年)に出た小説(小林多喜二著)で、その残酷な労働の実態が、広く知られるようになったものの、小林は不敬罪で逮捕され拷問の挙句、獄中死した。太平洋戦争後、2度映画化されたほか、舞台、漫画などさまざまなジャンルの作品が発表された。小説の出だしは「おい地獄さ行(え)ぐんだで!」である。

幸雄さんと玲子さんは、結婚式の後、自宅前で親族一同と一緒に記念写真に納まった

幸雄さんが乗ったのは、太平洋戦争後である。「きつい仕事だったが、おっかねえとは思わなかった。1年で辞める人もいたが、やめることは考えなかった」という。船員の組合ができ、操業時間をめぐってストライキを起こしたり、母船が新しい大型船に変わったりして、蟹工船をめぐる環境は、よくはなっていった。母船には16人部屋だが、居住スペースも設けられた。その前は、ハッチ(甲板と船倉の出入り口)の周りを取り囲むようにしてマットを敷く。「母船での作業員、川崎船の漁師たち、みんながそこで、毛布かぶって寝ていた。数百人が一緒に4カ所のハッチの周りに寝るんだ。窮屈だし、いつ起こされるか分からない。作業着のままのやつもいたな」。そんなスタートだったので、大きな変わりようだった。就業時間は午前4時から午後5時ぐらいと規則正しくなった。部屋は2つのベッドごとに仕切られた。

そのベッドをテーブル代わりにして、夕食をとった。18リットル入り焼酎(アルコール度数25)の甕を、1航海1人あたり3、4個積んでいる。家からはウイスキーを送ってもらうようになった。

「晩酌はそれのストレート。つまみにタラバガニの刺身を作っておくんだ。脚の太いとこ1、2本取って後は捨てるのよ。真水でさっと洗うんだが、洗いすぎると身は花が開いたみたいになる。花開いだのはだめだって、これも捨てた。20ぐらい用意して、飲んだもんだ。麦飯はなんぼでも食えた。仲積船(資材や食料を運んで、母港と往復する船)ができるまでは、野菜が足りなくてな。毎日太い注射でブドウ糖を打っていた。船には助手1人付けたドクターがいた。ずっと船の上だから、病気やノイローゼになるやつも出た。死ねば、遺体を日の丸で巻いて、海に降ろした。水葬だよ」

給料はすべて会社から実家に送金されたから、いくらもらっていたかは分からなかった。それでもほかの魚種に比べて高かった、という。母船では缶詰を作る。1箱24缶入りで、千箱できると「千箱祝い」と称して、2合の酒と餅5個(あんこ2、きなこ3)がふるまわれた。

「祝いだからって、休日にはならない。網から外すカニからは体液というか、つゆが出て、着ているカッパがドロドロになって、ガバガバと固まってしまってな。ずるい船頭になると自分だけ先にさっさと洗って、仕事切り上げたりしてた。風呂はあったよ。後で海水を真水にする機械ができたが、初めのころは海水の風呂よ。洗面器に1杯だけ真水をもらって顔を洗うんだ」

北洋だけでなく、加茂青砂沖の漁でも刺し手を使う

身分は大手水産会社の社員。幸雄さんが乗り組んでいた蟹工船は、200海里の問題(各国が、自国だけ水産物を水揚げできる水域を200海里=約370km内と決め、外国船を締め出した国際的なルール。1977年=昭和52年)などで、1979年(昭和54年)に操業をやめた。幸雄さんは43歳だった。社員として継続雇用となり、定年は50歳である。その間7年は、北洋でスケソウダラを底引き網で漁獲し、かまぼこの原料にするミール船団に4年、カニかご漁で3年働いた。

ミール船団に移って、気づいたことがあった。

「なんて楽な仕事なのか。まるで、遊んでるみてえだ」。蟹工船での仕事が、どれほどきつかったのかを、自分の体を通して、後から知らされた。

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