【連載】新聞記者から社労士へ。定年ドタバタ10年記
「貴君の大学採用の件、極めて困難な状況になりました」。新聞社を60歳で定年退職したら、当てにしていた再就職が白紙に。猛勉強の末に社会保険労務士資格を取得して開業してからの10年間で見えた社会の風景や苦悩を、元河北新報論説委員長の佐々木恒美さんが綴ります。(毎週水曜日更新)
度々変わる要件や様式
世の中、さまざまなルールがあって回っていることは分かっているつもりですが、あまりに細かい規則、規制が多いとうんざりします。社労士業をやってみて、事業所が役所に提出を義務付けられている届け出などがいかに多いか実感いたしました。毎年のように制度変更が加わり、要件、様式(フォーム)も度々変わり、いよいよ煩雑さは増していきます。
事業所から依頼されて、ある助成金の申請作業を行っていた際、フォームが前年度と比べ微妙に変わっていることに気付きました。保存していた名簿が使えなくなり、パソコンで新たに打ち直しをしなければなりませんでした。
「変えなくてもいいのに」。ぶつくさ言いながら作業をし、数が多かったものですからかなりの時間を費やしました。その上、新フォームでは、狭いスペースに振り仮名を振らなければならず、私のような古い人間にとっては、目をしょぼしょぼさせながら、きつい仕事になります。
フォームを変えるには、それなりの理由(変更理由ぐらいは明らかにしてほしいと思っています)があるのでしょうし、申請して公金をいただくわけですから、対処するしかありません。業務契約をしたからには事業所の目的を果たすのが社労士の仕事で、変更されたルールに従って作業を進めていきます。
政策の恩恵にあずかれない事業所も
一方、多くの事業所が助成金の申請などで、できれば他人に頼らず、自らの手で行いたい、と思っていても不思議ではありません。ところが、10人前後の事業所だとすれば、総務関係に割くことができる人員は大体1人、多くても2人です。
それどころか、事業主が現場の戦力として稼働する傍ら、資金繰りや営業、庶務など何役もこなしているケースも数多く見られるのです。フォームなどを何度も変更するとすれば、事業所は益々手を出しにくくなり、外部委託することが多くなります。その結果、費用も発生し、費用を捻出できない中小は政策の恩恵にあずかれないのでは、と懸念する次第です。
フォームの変更だけならまだしも、要件ががらりと変わってしまうケースも目にします。「ホームページを見て対処して下さい」と担当の役所。「どこに書いてあるのか、たどり着くまででも大変だ」と、高齢の事業主は言います。
「役所のリーフレットは分厚く難解な言葉が多い」
「申請の際の揃えなければならない書類が多すぎる」
「ちょっと見ただけで腰が引けてしまい、人手のない小規模事業所は諦めるかしかない」。
事業所回りをしてみると、こんな声が返って来、中小事業所が置かれている状況を目の当たりにしました。
有事のときはスピードを
特に、新型コロナウイルスの感染拡大など有事の際は、給付金、助成金支給の時期が事業所や従業員にとって死活問題になります。求められているのは、簡素な手続きと支給のスピード化です。
事業所がコロナ感染拡大の影響で不振に陥り、労働者に休業手当を支払い休ませる場合、その費用の全部または一部を政府が助成する雇用調整助成金。従業員の雇用維持を図るためですから、まずは民間を信用し、休業手当を支給したという最低限必要な資料だけを求め、正式な手続きは後でも構わないくらいの寛容さが必要だと思いました。
「緊急事態なのに、手続きが複雑で時間が掛かる」。窮状を訴える現場からの批判の声が高まり、結局は添付書類を削減したり、助成額を引き上げたり。誰も経験したことのない疫病とはいえ、ヨーロッパや米国の惨状を見るにつけ、危機意識が甘いと言われても仕方ありません。
売り上げなどが激減した中小事業主、個人事業主、フリーランスの事業の維持・継続を図るため、給付される持続化給付金も、2週間で支給の掛け声とは裏腹に、40~50日かかる例も見受けました。
申請手続きが面倒で、細かいところにこだわると、困っている方たちの救済がなされないということになりかねません。繰り返すようですが、有事は平時と違い、スピード化と柔軟性が求められています。
【連載】新聞記者から社労士へ。定年ドタバタ10年記
第1章 生活者との出会いの中で
1. 再就職が駄目になり、悄然としました
2. DVD頼りに、40年ぶり2回目の自宅浪人をしました
3. 見事に皮算用は外れ、顧客開拓に苦戦しました
4. 世間の風は冷たいと感じました
5. 現場の処遇、改善したいですね
6. お金の交渉は最も苦手な分野でした
7. 和解してもらうとほっとしました
8. 悩み、苦しむ人が大勢いることを改めて知りました
9.手続きは簡明、簡素にしてほしいですね
10. まずは働きがいのある職場環境
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